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同じ頃、聖女マリア=フロウベルの周囲でも変化が訪れようとしていた。それは夕陽に照らされた『ラドン平原』にある小さな森で行われた密談に端を発する。

森の開けた広場で西洋鎧が一体佇んでいた。彼は魔族であるデュラハンの一体で、名をゼピスと言う。マリアが付けた名前であり、本人の誉れであった。

そこへ人を大きく裏回る巨大な体躯を持つ猛禽類が降り立つ。魔物のグリフィンである。

だがその個体は他のグリフィンと違った。降り立ったグリフィンの身体が光に包まれ、光が収まるとそこには茶色の髪を短く切り揃えた隻眼の美青年が現れたのである。

茶色を主体とした騎士のような衣服を纏った彼はそのままゼピスへと駆け寄る。

「デュラハン!デュラハン!大変だ!」

「落ち着け、友よ。それに我には魔王様……お嬢様より賜ったゼピスと言う名がある。無論、貴公にもな?ダンバート」

ダンバートと呼ばれた青年は、恥ずかしそうに頭を掻く。

「ああ、そうだった。いや、慣れないなぁ名前なんてさ」

「お嬢様より賜ったのだ。慣れる慣れないの話ではない。それで、如何した?」

「ああ、そうだ。何日か前から配下達を使ってシェルドハーフェンの街を偵察してるのは知ってるよな?」

「無論だ。お嬢様直々に下された大変栄誉ある任務である。些かの手違いも許されんぞ?」

「そりゃ分かってるよ。だから念入りに俺自身も偵察してたんだ。そしたら、街から少しは慣れた場所に小さな町を見付けてな。確か、『黄昏』とか呼ばれてる町だ」

「承知している」

「そこに居たんだよ!『勇者』が!」

その言葉にゼピスも動揺した。

「何だと!?確かなのか!」

「ああ!念のため俺も偵察してみたんだが、あの忌々しい魔力は間違いなく『勇者』だ!」

「ううむ……魔王様が千年の時を経て現世に再臨されたのだ。『勇者』が再臨しても不思議ではない……忌々しいものだな」

「今ならただの小娘だ。仕留めるか?」

「……いや、お嬢様は無益な殺生を好まぬ。臣である我らが勝手な真似をするわけにはいかん」

「そんな悠長な!」

「そう言って独断専行し、魔王様を失った千年前の過ちを再び繰り返すつもりか?ダンバート」

「うぐっ!それを言われたら……あんな奴等と一緒にされちゃ困るなぁ」

「この件は私からお嬢様にお伝えする。他にはないか?」

「まだあるぜ!その『黄昏』のど真ん中にバカみたいにデカい木があったんだ!配下達は気付いてなかったけど、ありゃ間違いなく|世界樹《ユグドラシル》だぜ!」

再び驚愕するゼピス。

「『世界樹』だと!?あの願いを叶える代わりに魂を食らう悪魔の木か!」

「その通り!でも変なんだよな。何度か世界樹は見てきたけど、どれも飼い主から生命力を奪ってたんだ。少しずつな。けど『黄昏』にある世界樹は、『勇者』のガキの願いを叶えるためにあるみたいな……生命力を奪っていないんだよ」

「そんなことがあり得るのか?」

「俺はそんな事例知らないなぁ」

「ううむ、『勇者』に『世界樹』か。そんなものが一ヶ所に集まる……『黄昏』なる町と『勇者』の少女の動向を監視せよ」

「そりゃ監視するけど、それだけか?」

「万が一お嬢様の災いとなるならば、排除することを進言するつもりだ」

「そりゃあ良い。その時は俺が丸飲みにしてやるから安心してくれ」

「貴公の力量は理解しているつもりだ、友よ。とは言うものの、今は静観する他あるまい。お嬢様も多忙な身だ」

「護衛、あの蒼光騎士団とか言う人間達に任せて良いのか?」

「ラインハルト殿は人間には惜しいくらいの器量を持ち合わせている。心配は無用だ。それに、我らが陰ながらお守りしているのだ。不足はあるまい」

「アンタがそう言うなら俺は口を挟まないさ。また何か分かったらすぐに知らせる」

「うむ、頼むぞ。他の仲間達も続々と集まっている。魔王様の悲願はお嬢様が成就してくださる。我らは陰ながらお守りし、その時を静かに待とう」

マリアに付き従う魔族や魔物達がシャーリィの存在に気付き、警戒を始めた頃。

マリアは一番街の拠点を軸として賛同者達や蒼光騎士団と弱者救済の活動に身を投じていた。

「食料はその日の分だけ配給せよ。決して余分に持たせてはならんぞ」

臨時に設営された配給所には困窮者が群がり、そんな彼らにパンが施されていた。そんな最中、責任者らしき神父が皆に指示を飛ばしていた。

「何故です?」

「うむ、初日に数日分配給したら争いに発展したのだ。それに、それを高値で売り払う者も出る始末。悲惨な結末を招くだけだからな」

事実配給所では最初の数日間トラブルが頻発し、蒼光騎士団が度々鎮圧に投入されるほどの騒ぎとなった。

今では身分証明と配給券の交付で少しだけトラブルは減少したが、まだまだ諍いは多い。

「ここの人間にモラルを期待するな。聖女様でさえ諦めかけているのだからな」

暗黒街と称されるだけあって住民のモラルも低く、それ故にトラブルが絶えず弱者救済活動は困難を極めている。

そのマリアは拠点として提供された教会で怪我人の手当てに追われていた。彼女は自身の魔法を惜しみ無く使い治癒魔法を施して怪我人を治療していたが、それでも怪我人は増える一方であった。

「聖女様、こちらを。少しは気が休まります」

休息していたマリアの下へラインハルトが近寄り、紅茶を差し出した。

「ありがとう、ラインハルト。……ふぅ」

紅茶を一口飲み、その香りと優しい味に疲れが癒されため息を漏らすマリア。

「お疲れのご様子、少し休まれては如何でしょうか?」

そんな彼女を見てラインハルトは気遣う言葉を掛ける。

「そうもいかないわ。医療品にも限りはあるし、大怪我だと私の治癒魔法でしか治せないから。でも、ここ数日で患者が一気に増えたのは気になるわね」

「それについてなのですが、良くない話を耳にしました」

「何かしら?」

「怪我をしてもここで治療を受けられると気付いた幾つかの組織が抗争を激化させたのだとか」

ラインハルトの言葉を聞いてマリアは驚愕する。

「なによそれ!?確かに銃創や切られたり刺されたりしたような怪我人が増えたとは思ってたけど、まさかそんな理由が!?」

「残念ながら」

「そんな……私の存在が、争いを激化させたの……?」

部屋にマリアの悲しげな声が漏れる。

「その様なことはございません。聖女様は正しい行いをなさっておられます。問題なのは卑しくもそれを利用する者達の存在です。どうか、我らにご命令を。聖女様の正道を阻む者達を排除してご覧にいれます」

膝を付き、胸に手を当てマリアを見上げるラインハルト。

「ありがとう、ラインハルト。でも、それはダメよ。力で排除するのは最後の手段。私はこの活動で救われる人が居ると信じてる。例えそれが悪人でもね。だから、対話をしてみるわ」

「はっ」

明らかに無謀な決意ではあっだ、ラインハルトはただマリアの命に従った。その結果何が起きようと、彼は、彼ら蒼光騎士団はマリアさえ無事ならば後はどうなろうと関心を払うことないのだから。

暗黒街のお嬢様~全てを失った伯爵令嬢は復讐を果たすため裏社会で最強の組織を作り上げる~

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