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人工呼吸器の規則音が、静かに部屋を満たしている。
シュー……
シュー……
モニターがわずかに反応する。
指が、動く。
飛彩が立ち上がる。
永夢のまぶたが、ゆっくり震える。
ゆっくり、開く。
焦点が定まらないまま、周りを見る。
飛彩を見つける。
安心したように、ほんの少しだけ目が細まる。
喉には挿管チューブ。
言葉は出せない。
それでも、唇が動く。
必死に何かを伝えようとする。
モニターの波形がわずかに上がる。
飛彩が即座に低く言う。
「喋るな」
短い命令。
「今は無理だ。呼吸に集中しろ」
永夢は首を小さく振る。
目が、強く訴えている。
どうしても、言いたい。
喉が震える。
チューブがわずかに動く。
飛彩の眉が寄る。
「やめろ」
だが永夢はやめない。
苦しそうに、涙がにじむ。
声にならない声。
飛彩は一瞬だけ視線を落とす。
葛藤。
数秒。
そして決断する。
「……分かった」
呼吸状態を確認。
自発呼吸、弱いがある。
血圧、安定。
「抜管する」
手早く処置。
チューブがゆっくり引き抜かれる。
「っ……ゲホッ、ゲホッ……!」
永夢が苦しそうに咳き込む。
すぐ酸素マスクに切り替える。
「無理をするな」
声は低いが、近い。
「は……っ、は……っ」
「……っ、はぁ……」
永夢は何度か浅く呼吸を整える。
喉は傷ついている。
声は出ないはずだ。
それでも。
唇が、震える。
「……ひい……ろ……さん……」
空気が擦れる音みたいな声。
飛彩は顔をしかめる。
「喋るなと言った」
それでも永夢は止めない。
息を吸う。
胸が痛む。
涙が一粒こぼれる。
そして、途切れ途切れに。
「……ありが、と……ご、ざい…ます……」
声はほとんど消えそうだ。
「……た、すけ…て……くれ、て……」
「…ゆっくり呼吸しろ、これ以上話すな」
低く言う。
だが、次の言葉が少し遅れる。
喉が詰まりかける。
それを押し殺して。
「……当然だ」
永夢は、安心したように微笑む。
飛彩の近くにいこうと身体を起こそうとする
「……っ」
モニターの波形が揺れる。
ピッ、ピッ、ピピッ――
永夢のまぶたが震える。
酸素マスクの内側で、呼吸が乱れる。
ひゅっ――
ひゅ、っ……
吸えていない。
胸が浅く速く上下する。
マスクの中で、かすかな曇りが広がっては消える。
「永夢」
飛彩が即座に身体を支える。
背中に手を差し入れ、ゆっくりと上体を起こす。
「急に動くな」
永夢の肩が細かく震える。
「は、っ……は……っ……」
喉の奥で空気が擦れる音。
肺がうまく膨らまない。
ヒュウ、と細い吸気音。
モニターが速まる。
ピッ、ピッ、ピッ、ピッ――
「呼吸を整えろ。俺の声を聞け」
飛彩の手が背中を支える。
もう一方の手が酸素マスクをしっかり固定する。
「ゆっくり吸って……止めるな。吐け」
永夢の指が飛彩の白衣を掴む。
ぎゅ、と弱く。
「……っ、ぁ……」
痛みで眉が歪む。
胸がひきつる。
「大丈夫だ。俺がいる」
低い声。
背中をゆっくりと撫でる。
「吸え。……そうだ。今度はゆっくり吐け」
ひゅ――
……はぁ……っ
少しだけ、リズムが戻る。
モニターの音が落ち着き始める。
ピッ……ピッ……
永夢の肩の震えが、わずかに収まる。
飛彩は支えたまま、額を近づける。
「無理をするな」
手は、離さない。
安心する。
目が閉じそうになる。
飛彩がすぐに言う。
「寝るな。意識を保て」
永夢がかすかに頷く。
飛彩はマスク越しに呼吸を確認する。
呼吸は落ち着いたようだ。
そして、本当に小さく。
誰にも聞こえない声で。
「……良かった」
カチャ。
ドアが開く。
「大先生――」
軽い声。
だが、途中で止まる。
貴利矢の視線が、ベッドへ向く。
永夢と目が合う。
一瞬。
空気が止まる。
「……おい」
飛彩。
それから、貴利矢。
永夢がほんの少し、笑う。
弱い。
でも、生きている笑み。
貴利矢の肩から力が抜ける。
「……ったく」
声が掠れる。
「マジで心臓止まるかと思ったぞ、こっちが」
永夢は返事の代わりに目を細める。
酸素マスクがふわりと曇る。
「……っ」
喋ろうとする。
飛彩が即座に遮る。
「話すな。酸素消費が増える」
貴利矢が小さく笑う。
「大先生こわ」
永夢がかすかに息を吸う。
「……き…りや、さ、ん……」
「喋るなと言ってるだろ」
飛彩の声が低い。
酸素マスクを軽く押さえ、呼吸を安定させる。
「肺はまだ完全に戻っていない。無駄に空気を使うな」
貴利矢が肩をすくめる。
「はいはい。じゃあ自分が喋るわ」
永夢の視線が貴利矢へ。
「エム、今な」
一拍、わざとらしく間を置く。
「大先生、ずっとここにいる」
「余計なことを言うな」
即答。
貴利矢はニヤッとする。
「ろくに寝てねぇんだぜ? あんたの手、握ったまんまで」
飛彩の眉が動く。
永夢の指が、ほんの少しだけ強く握る。
「……ほ…んと、です、か……」
「だから喋るな」
でも、声は少しだけ柔らかい。
貴利矢が永夢を見る。
「次無茶したら、自分が先に殴るからな」
永夢が小さく笑う。
ひゅ……っ
呼吸が少し乱れる。
飛彩が背中を支える。
「だから刺激するなと言っている」
「はいはい」
でも貴利矢の声は、完全に安心している。
「……戻ってきてよかったな、永夢」
今度は軽くない。
本音。