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欧州サプライチェーンのシステム危機を無傷のV字回復で乗り切り、私と蒼さんが区役所へ婚姻届を提出して晴れて『神崎夫妻』となってから、最初に出社する月曜日の朝がやってきた。
澄み切った冬晴れの朝日が差し込む神崎ホールディングス本社ビルの最上階。
エレベーターの重厚な扉が開くと、私は再び隙のないネイビーのタイトスカートとピンヒールのパンプスに身を包み、『氷の秘書』としての表情を引き締めた。隣を歩く蒼さんも、完璧に仕立てられたスリーピーススーツに身を包み、冷徹にして華麗な絶対君主のオーラを放っている。
公私混同を嫌う私たちの合意により、職場ではこれまで通り「冷徹な神崎社長と有能な専属秘書」として振る舞うことになっていたが、私の左手の薬指にはプラチナとダイヤモンドの結婚指輪が、そしてそのすぐ手首側には特注の黒いスマートウォッチがしっかりと存在感を放っていた。
「おはようございます、神崎社長! そして白石……いえ、神崎秘書室長、ご結婚おめでとうございます!」
「欧州危機の完全収束とご入籍、二重の慶事にお祝い申し上げます!」
私たちがエグゼクティブフロアに足を踏み入れた瞬間、待ち構えていた役員や社員たちから温かい祝福の拍手が湧き起こった。
かつて政略結婚の噂でざわついていた社内も、豪華客船での公開宣言と今回の危機突破を経て、今や心からの祝福ムードに包まれている。
「ありがとうございます。業務中はこれまで通り、気を引き締めて参りますのでよろしくお願いいたします」
私が完璧なビジネススマイルで一礼すると、隣を歩く蒼さんが、私にしか聞こえない低く甘いバリトンボイスで耳元へ囁いてきた。
「……琴音。今、第七営業部の若手社員が君の薬指を見て悔しそうな顔をしたな。それと同時に、君の心拍数が九十二に上がり、ストレス値が〇・二パーセント上昇した。……あいつの視線が不快だったか? なんだったら今すぐ北極圏の調査支社へ栄転させるが」
「っ!? ち、違います! 急にお祝いされて少し照れただけですから、絶対に誰も北極へ飛ばさないでください……っ!」
私は笑顔を張り付かせたまま、腹話術のような小声で必死に夫を制止した。
看病の夜に『重たい執着の本音』を私がすべて受け入れて入籍して以来、蒼さんの中にあった最後のストッパーは完全に外れ、その過保護と独占欲はさらなるインフレを起こしていたのだ。
◆
午前十時。本社内で最も広い第一会議室にて、全社定例取締役会が開催された。
長大なマホガニーの会議テーブルの上座に蒼さんが座り、私はその右斜め後ろの定位置――今日からは議事進行のため彼のすぐ真横の補助席に控えている。
「――この第四四半期の設備投資計画だが、前提となる欧州市場の回復係数が楽観的すぎる。やり直しだ。琴音、先ほど俺と精査した最新の補正シミュレーションをスクリーンに出せ」
「はい、社長。すでにお手元のタブレットにも共有済みです」
私が一切の無駄な動きなく手元の端末をタップし、瞬時に完璧な三次元グラフを投影すると、居並ぶ役員たちから「おお、さすがは社長の右腕だ……」と感嘆の吐息が漏れた。
冷徹で容赦のないカリスマ社長と、その意図を先読みしてすべてを完璧に補佐する氷の秘書。職場では決して私情を持ち込まないプロフェッショナルな関係を演じながら、この完璧な男の甘く重たい裏の顔を世界中で私だけが独占しているのだと思うと、胸の奥が誇らしさと幸福感で満たされていく。
(ふふっ、やっぱり仕事中の蒼さんは誰よりも凛々しくてかっこいいわ……)
私が内心で夫の鮮やかな手腕に見惚れていた、まさにその時だった。
――『ブブッ!』
左手首のスマートウォッチが微かに震え、驚いて視線を下げると、会議テーブルの死角で、蒼さんの大きな左手が私のタイトスカートの膝へとぴたりと重ねられていたのだ。
(しゃ、社長……!? 取締役会の最中ですよ!?)
私が目を丸くして彼を見ると、蒼さんは正面のスクリーンを見据えて「この数値に基づき明後日までに再提出しろ」と冷徹な下命を飛ばしながら、テーブルの下の指先で私の膝頭から太腿の側面をゆっくりと撫で上げた。
「んっ……!」
声を殺して唇を噛み締める私に、スマートウォッチが『ブブブッ!』と心拍数急上昇の警告振動を伝える。
大勢の役員たちが真剣にメモを取っているすぐ目の前で、冷徹なはずの社長に太腿を撫でられ、心臓の音までリアルタイムで把握されている背徳感。一時間の会議が終わって役員たちが全員退室する頃には、私は全身がうっすらと汗ばむほど火照ってしまっていた。
「あ、蒼さんっ! 会議中になんてことをするんですか、誰かに気づかれたら……」
「気づかれるわけがない。それに、会議中に俺の横顔を見つめて心拍数を百八まで上げていたのは君の方だろう? 仕事中に夫に見惚れて自律神経を乱したお仕置き兼、愛妻への処方箋だ」
全員が退室してロックされた会議室で、蒼さんは私を革張りの議長席へと引き寄せ、甘く深いキスで私の抗議を封じ込めたのだった。
◆
そして正午。
社長室の奥にあるプライベートラウンジの扉に電子ロックがかかると、蒼さんはソファに腰を下ろし、当然のように自分の膝の上をぽんぽんと叩いた。
「さあ、ランチの時間だぞ、琴音。ここへ来い」
私が大人しく彼の膝の上に横座りになると、ローテーブルの上に広げられたのは、これまでのお弁当箱を遥かに凌駕する、鶴と松の蒔絵(まきえ)が施された黒漆塗りの豪華な『愛妻三段重』だった。
「わぁ……っ! 蒼さん、今日のお重、鶴と松の金蒔絵が入っています……! 特注のお弁当箱なんですか!?」
「晴れて俺の妻になったんだ。これまでの黒塗りの三段重では、俺の愛を表現し切るには格が足りないと思ってな。輪島塗の職人に特注させておいた夫婦仕様の『愛妻三段重』だ。今朝五時から仕込んだ特製メニューだぞ」
蓋を開けると、上品で芳醇な出汁の香りが部屋中に広がった。
一段目には、彩り豊かな旬の有機野菜のテリーヌとスモークサーモンのマリネ。二段目には、疲労回復効果の高い豚ヒレ肉の熟成黒酢煮と出汁巻き卵。そして三段目には、松の実とキヌアを炊き込んだ十五穀米が艶やかに並んでいる。さらに保温タンブラーからは、生姜と松茸の薬膳スープの湯気が立ち昇っていた。
「あ、あの、蒼さん……! 会社のお昼休みくらい、自分でお箸を持たせてください!」
「却下だ。先日、俺が熱を出した時に君から散々『あーん』で食べさせてもらったからな。これからはその百倍にして毎日お返ししてやる。……ほら、口を開けろ」
蒼さんが箸で摘み上げた豚ヒレ肉の黒酢煮を口に含むと、ほろりとほどける柔らかさとまろやかな酸味が口いっぱいに広がった。
一口食べるごとに蒼さんは愛おしそうに私の頭を撫で、私の唇についたソースを親指で拭っては自分の舌で舐め取る。続けて温かい薬膳スープまで口移しで飲まされ、私のスマートウォッチが幸福な悲鳴を上げる中、蒼さんは私の腰を強く抱き寄せて耳元で囁いた。
「それと琴音、来週一週間、俺と君のスケジュールはすべて白紙にさせた」
「えっ……? 来週一週間って、どうしてですか?」
「先日の危機対応を無傷で乗り切った褒賞休暇、兼――俺たちの『ハネムーン』だ。すでにプライベートジェットと、インド洋に浮かぶモルディブの絶海アイランドリゾートを一島丸ごと貸し切ってある」
「えええっ!? 島を丸ごと貸し切りですか!?」
「ああ。誰の目も届かない南の島で、二十四時間、君の髪の先から爪先、胃袋の奥まで俺の愛で徹底的に満たしてやる。覚悟しておけよ、俺の愛しい妻(ひしょ)」
魔王様の甘すぎる宣告に、私の心拍数は再び最高値を記録する。
こうして、数多の試練と逆転の看病を乗り越えて結ばれた私たちは、誰も邪魔することのできない南国の楽園――極上の過保護ハネムーンへと旅立つことになったのだった。
コメント
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うわあああっ!!第16話、最高すぎました…!!😭💕✨ 入籍後初出社で「冷徹な社長&秘書」を演じつつ、テーブルの下では甘々な蒼さんの手が…!!あの会議中の膝撫で、心拍数バレバレの背徳感、マジで尊すぎて悶えました!!🔥🔥 そして輪島塗の特注『愛妻三段重』で食べさせ合い…もう完全に夢の世界ですよ、これは!!「百倍にして返す」って蒼さんどんどん重くなってるけど、それを受け止める琴音さんもすごいし、お似合いすぎます!! 最後のモルディブ全島貸切ハネムーン…!完璧なご褒美展開に涙が止まらない…kirisuさんの手腕にひたすら拍手です👏💖 次回も楽しみにしてますね!!