テラーノベル
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欧州サプライチェーンの物流危機を乗り越えて正式に入籍し、私が晴れて『神崎琴音』となってから最初の週末。
私たち夫婦は今、高度一万メートルの空の上にいた。
「……蒼さん。これ、本当に飛行機の中なんですか? どこかの高級ホテルのスイートルームの間違いじゃなくて……?」
私はふかふかのカシミヤブランケットに包まれながら、周囲を見回して目を丸くした。
羽田空港のVIP専用ターミナルから乗り込んだ神崎ホールディングス所有の大型プライベートジェット。その機内は、一般的な旅客座席など一つもなく、革張りのくつろぎソファが並ぶリビングスペースに、本格的な調理ギャレー、さらにはキングサイズのベッドが据えられた独立寝室まで完備されていたのだ。
窓の外には見渡す限りの白い雲海が広がり、機内には心地よいクラシック音楽と、ほのかなベルガモットのアロマが漂っている。
「間違いではない。東京からモルディブまで直行で約十時間のフライトだ。通常の旅客機の乾燥した空気と気圧変化に君を晒せば、自律神経と肌の水分量が乱れるからな」
向かいのソファでタブレットを操作していた蒼さんが、オフ用の白いリネンシャツ姿で涼やかに微笑んだ。普段の隙のないスリーピーススーツ姿も素敵だが、第一ボタンを外した柔らかなシャツ姿は、新婚旅行ならではの甘い色気を醸し出している。
「この機内は、与圧を地上とほぼ変わらない水準に維持し、湿度も常時五十五パーセントに保たせている。……ほら、離陸後の気圧変動で交感神経が少し緊張しているな。まずはこれを飲め」
蒼さんが私の隣へ移動してきて、私の肩を自分の胸元へと引き寄せた。そして保温カップに入った温かいエルダーフラワーとカモミールのハーブティーを、私の唇へ少しずつ傾けて飲ませてくれる。
私の左手薬指にはプラチナの結婚指輪が輝き、そのすぐ手首側には特注の黒いスマートウォッチがぴたりと巻かれている。新婚旅行の空の上でも、彼の二十四時間体制の健康管理は一秒たりとも休まることがない。
「ありがとうございます、蒼さん。お花のいい香りで、胸の奥までほっとします……。でも、本当に一週間も会社を空けて大丈夫だったんですか? それに、モルディブのリゾートなら他の観光客の方もたくさんいらっしゃいますよね?」
「心配するな。重要な決裁は衛星回線で朝のうちに片付けたし、緊急時以外は連絡してくるなと副社長たちに厳命してある。それに、今回のハネムーンのために、モルディブの環礁に浮かぶプライベートアイランドを一島丸ごと貸し切ってある」
「い、一島丸ごと貸し切り……ですか?」
「ああ。さらに、島内のリゾートスタッフも全員、ボートで十分離れた隣の管理島へ待機させ、俺が食材の搬入や清掃を命じた時以外は一切近づかないよう手配した」
「えええっ!? す、スタッフさんまで隣の島に!? じゃあ、島には本当に私たち二人きりなんですか!?」
「当然だ。せっかくのハネムーンで、俺以外の男の視界に君の素肌や水着姿が一ミリでも入るなど、俺の健康管理上、断じて許容できるわけがないだろう」
至極まじめな顔でとんでもない独占欲を宣言する夫に、私のスマートウォッチが『ブブッ』と心拍数上昇の音を鳴らした。
さらに機内食の時間になると、蒼さんはギャレーに立ち、機内に持ち込ませていた一番出汁と有機野菜を使って、気圧変化でも消化に負担のかからない『鯛と蕪の薬膳豆乳スープリゾット』を手作りして一口ずつ食べさせてくれたのだった。
◆
プライベートジェットから水上飛行機へと乗り継ぎ、私たちが降り立ったのは、文字通りこの世の楽園と呼ぶにふさわしい絶海の孤島だった。
見渡す限り三百六十度に広がる、透き通ったエメラルドグリーンのラグーンと真っ白な珊瑚の砂浜。海の上に張り出すように建てられた巨大な水上ヴィラは、ガラス張りの床から色鮮やかな熱帯魚が泳ぐ姿が見え、ウッドデッキの先には海と空に溶け込むインフィニティプールが煌めいていた。
「わぁぁ……っ! すごい、海が宝石みたいに透き通ってます! 風も暖かくて、お花の甘い香りがします……!」
冬の東京から一気に常夏の楽園へとやってきた解放感に、私がガラス戸の向こうを見つめて歓声を上げると、背後から蒼さんが二つの衣装ケースを手にして歩み寄ってきた。
「気に入ったなら何よりだ。まずは長旅のむくみを取るためにプールで軽く水浴びをするぞ。……これに着替えなさい、琴音」
「はいっ! ……って、ええええっ!?」
蒼さんが箱から取り出した水着を見た瞬間、私の顔は沸騰したように真っ赤に染まった。
それは、艶やかな漆黒の生地にゴールドの華奢な金具があしらわれた、驚くほど布面積の少ないホルターネックのビキニだったのだ。
「あ、あの、蒼さんっ! これ、いくらなんでも布が少なすぎます! こんな大胆な水着、とても着られません……っ!」
「何を言っている。この島には俺と君しかいないんだぞ。それに、せっかく南国の太陽の下でビタミンDを合成するのに、余計な布地で不自然な日焼け跡を作るわけにはいかないだろう。……それとも、一人で紐を結べないから俺に着せてほしいのか?」
「じ、自分で着られますから待っててくださいっ!!」
私は慌ててバスルームへ逃げ込み、鏡の前で耳まで真っ赤にしながら黒いビキニを身につけた。
ここ数ヶ月、蒼さんの徹底した栄養管理と手料理で胃袋から満たされ続けたおかげで、かつて過労で痩せぎすだった私の身体は、自分でも驚くほど白く艶やかなハリを取り戻し、ウエストからヒップにかけてのラインも女性らしい柔らかな丸みを帯びていた。その分、漆黒のビキニとのコントラストが鮮烈すぎて、鏡の中の自分を直視できないほど恥ずかしかった。
(で、でも……せっかく蒼さんが選んでくれたんだし、二人きりなんだから……!)
私は勇気を振り絞ってバスルームの扉を開け、自分の胸元と腰を両腕で隠すようにして、おずおずとプールサイドへ足を踏み出した。
「……蒼、さん。着替えましたけど……」
プールサイドのデイベッドで待っていた蒼さんが、ゆっくりと顔を上げた。
サングラスの奥の琥珀色の瞳が、私のつま先から太腿、くびれた腰、そして黒のビキニに包まれた胸元へと熱く這い上がる。ただ見つめられているだけなのに、直接素肌を撫で回されているような錯覚に陥り、スマートウォッチの心拍数が一気に百十二へと跳ね上がった。
「……完璧だ。俺の手料理で仕上げた通りの、最高の曲線美だな。やはり他の誰にも見せないで正解だった。もしこんな姿を他人の目に晒していたら、俺はその男の目を潰していたところだ」
蒼さんは低く掠れた声で呟くと、デイベッドに敷かれた白いバスタオルの上をぽんぽんと叩いた。
「プールに入る前に、ここへ来てうつ伏せになりなさい。赤道直下の紫外線量は東京の五倍以上だ。俺が特別に調合させたオーガニックのUVカットクリームで、一ミリの隙間もなくコーティングしてやる」
「えっ、あ、日焼け止めなら自分で塗れますよ……!」
「却下だ。背中の肩甲骨の間や腰のくびれなど、君一人では絶対に塗り残しが出る。君の白い肌に一箇所でも紫外線による軽度熱傷――日焼けを作らせるわけにはいかない。ほら、大人しく寝転がれ」
有無を言わさずデイベッドに寝かされた私の背中に、ひんやりとしたクリームと、蒼さんの大きく熱い手のひらが重ねられた。
「ひゃんっ……!」
ホワイトローズとシアバターが香る滑らかなクリームが、蒼さんの長い指先によって首筋から肩甲骨、背骨のくぼみ、そしてビキニの紐のすぐ際まで、驚くほど丁寧かつ執拗に塗り込められていく。
単なる日焼け止めのはずなのに、彼の掌が私の曲線をゆっくりと撫で上げるたびに甘い電流のような震えが走り、私はクッションに顔を埋めて声を殺すのに必死だった。
「……心拍数が百二十八まで上がっているぞ、琴音。まだ日焼け止めを塗っているだけなんだがな」
「だ、だって蒼さんの塗り方が、その……っ、腰とか太腿の内側まで丁寧すぎるからです……っ!」
「紫外線は水面からも反射するからな。抜かりなく塗るのが夫の義務だ。……ほら、次は仰向けになれ」
表も裏も、文字通り鎖骨のくぼみから胸元の谷間、太腿の付け根に至るまでたっぷりと三十分かけてUVケアを施された頃には、私はプールに入る前から全身がとろとろに火照ってしまっていた。
◆
その後、エメラルドグリーンのインフィニティプールに二人で入ったものの、私の足がギリギリつかない深さであることを理由に、私は結局ずっと蒼さんの逞しい腕の中に抱っこされたまま水中を漂うことになった。
「はぁ、はぁ……蒼さん、日差しが暖かくて、少し喉が渇きました……」
「南国の風で不感蒸泄が増えているからな。プールサイドに特製ドリンクを用意してある」
プールの縁に腰掛けた蒼さんは、サイドテーブルの保冷グラスを手に取った。完熟マンゴーとパッションフルーツに、ビタミンCと天然の電解質をブレンドした黄金色のコールドプレスジュースだ。
しかし、私がグラスを受け取ろうと手を伸ばした瞬間、蒼さんはそれを自分自身の口に含み、そのまま私の顎を掬い上げて唇を重ねてきた。
「んんっ!? ふ、ぁ……蒼さ……っ」
ひんやりと冷たくて濃厚なトロピカルフルーツの甘酸っぱさが、蒼さんの熱い舌と一緒に私の口の中へと注ぎ込まれていく。
一口飲むだけでは終わらず、唇の端からこぼれそうになった雫まで彼の舌先で丁寧に舐め取られ、最後にぷはっと唇が離れた時には、私のスマートウォッチが『ブブブッ!』と限界突破の振動を鳴らしていた。
「……よし、水分とビタミンの補給完了だ。そのままデイベッドで俺の特製ランチを食べたら、午後は涼しい天蓋ベッドでシエスタ――お昼寝の時間にするぞ」
お姫様抱っこでプールから引き上げられ、グリルされたばかりの伊勢海老の香草焼きと南国フルーツのサラダを一口ずつ「あーん」で食べさせられた私は、波の音と蒼さんの腕の温もりに包まれながら、甘すぎる午後の微睡みへと落ちていったのだった。
コメント
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わあ……もう、この第17話、甘すぎて胸がきゅんきゅんしちゃいました🤍 プライベートジェットの徹底した環境管理から始まって、モルディブの貸し切り島で二人きりって、もう完全に“蒼さんの檻”ですね。日焼け止めを一粒の隙もなく塗るところとか、ジュースの口移し補給とか……心拍数が異常に跳ね上がる琴音さんの気持ち、すごくわかります。蒼さんの執着が優しくて重くて、読んでて背中がぞくぞくしました。最高です、kirisuさん!
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