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ちろりーぬ
164
なーさん。です
200
放っておけない
汗と、泥の匂いが咲茉を包む。筋肉のついた逞しい腕に抱えられて移動しているのを感じる。
頭が痛い。脈に合わせてズキズキ痛む。全身が熱い。服に覆われていなかった部分が灼けるようにヒリヒリ痛む。
「結城。結城……。しっかりしろ…!」
頭の上から、耳馴染みのある低い声が聞こえる。
『……ぅ………』
割れるように痛む頭を働かせて、咲茉は重い瞼をこじ開けた。
『…ぁ、かみたにくん……』
口の中がカラカラに乾いているせいで思うように喋れない。
「大丈夫か?いま保健室連れてくから」
『……う…ん……』
頭痛が限界で、咲茉はまた目を閉じてしまった。
抱えている咲茉の身体が熱い。かなり熱を持っている。ぼんやりとこちらを見上げて自分の名前を呼ぶ彼女は、普段より舌っ足らずに感じた。
やっと保健室に着いた。養護教諭に簡単に事情を説明し、咲茉をベッドに寝かせる。
「ありがとうね、狼谷くん。服を脱がせるから、一旦カーテン閉めさせてね 」
「はい」
養護教諭が保冷剤をいくつも抱え、咲茉のベッドサイドに向かい、カーテンを閉める。
シャッ
少しして、養護教諭がカーテンを開けて出てきた。
「幸い、救急車を呼ぶ程ではなさそう。対応が早かったおかげね。私はちょっと職員室に行ってくるわ。あなたは練習に戻っても大丈夫よ」
「はい」
そうは言われたものの。結城はどうなっただろうか。何か飲ませてやったがいいか。このまま退室したら保健室に1人残してしまう。何かあったらいけないし、養護教諭が戻ってくるまでは自分がいてやったがいいんじゃないか。
『…かみたにくん……』
「!」
自分を呼ぶ声が聞こえたので、隼はとりあえず咲茉が休んでいるベッドの近くに行き、カーテン越しに話し掛けてみる。
「…結城。大丈夫か?」
『うん。だいじょうぶ。カーテン開けていいよ』
「分かった。開けるぞ」
静かにカーテンを捲ると、ベッドに横たわった咲茉と目が合った。先程のぼんやりした様子はない。
『狼谷くんが運んでくれたんだよね。ごめんね、重かったよね…』
「体重とか気にしてる暇はねえよ」
『そっか。よかったあ…』
ふにゃりと咲茉が笑った。それを見て、少しだけ安心する隼。
「具合は?」
『さっきより大分いいよ。頭痛いのも気持ち悪いのも』
「そうか。よかった」
『ただね……』
「どうした?」
困ったように笑う咲茉。
『このタオルケットの下、全身を保冷剤で固められて動けないし、すんごく冷たい…』
「それは仕方ねえだろ。とにかく冷やさねえと」
『そうだよね』
隼はベッドの脇に、ストローの刺さった経口補水液のペットボトル置かれているのに気付いた。
「これ飲むか?」
『うん』
咲茉の口元にペットボトルを持って行ってやる。
ちゅうぅぅ……
こくん、こくん…
『…ありがとう。美味しい』
「…これめちゃくちゃ不味いぞ。美味いって感じるのは具合が悪いからだ」
『そうなんだ』
「まだ飲むか?」
『ううん。もう平気』
ベッド脇に経口補水液を戻す。
『……あ、私、楽器どうしたっけ…』
「吹部の奴に持ってってもらった」
『そっか。よかった。落っことしたりしてなかったかな…』
「いや、しっかり握ってたし楽器庇うように倒れてたぞ。意識失ってたのに。プロ根性って奴だな」
『そうなの?よかった…』
心配そうな表情から一転、安心したように笑う。
『…ごめんね、部活中だったのに』
「いや、いい。気にするな。それより無理しちゃだめじゃねえか」
『日陰に移動したら休ませてくださいって言おうと思ってたんだけど、なんか急に目の前が真っ暗になっちゃって』
「そうか……。とりあえずちゃんと休んどけよ」
『うん』
ガラガラ
「あら、狼谷くん。まだいてくれたのね。結城さん、具合はどう?」
『大分いいです。冷たいくらい』
「それはしょうがないわ。顔色もよくなったわね。今日はこのままここで休んでなさいね。顧問の先生には言っておくから」
『…はい……』
「狼谷くんも、もう戻って大丈夫よ。ありがとう」
「はい」
軽く一礼して保健室を出る。ドアを閉めるその直前、後ろを振り返ると、咲茉が小さく手を振っていた。
野球部の練習が終わったので、隼は夕方、保育ルームに向かった。
「あ、隼〜」
「狼谷!結城さん、倒れたんだって?大丈夫だったのか?」
兎田は面白いネタを見つけたと言いたげな表情で、竜一は心配そうな顔で話し掛けてきた。
「大丈夫だとよ。…てかなんでお前ら、結城が倒れたこと知ってんだ」
「隼がエマちゃん運んでるのが見えたんだよ。しかもお姫様抱っこで」
「結城さん、他の人と同じように完全防備してたけどやっぱり目立つからさ。遠目に見ても狼谷と結城さんって分かったよ」
「…そうかよ」
べつに恥ずかしいことでも何でもないが、何となくバツが悪くて隼はぶっきらぼうに短く返事をした。
「で、エマちゃん抱っこしてどうだった?軽かった?重かった?」
「兎田さん……」
「アホか。んなもん気にしてる暇ねえだろが」
「まあ、そっか。それだけ彼女の救護に必死だったってことだもんね〜」
「…………」
兎田がニヤニヤと笑みを浮かべる。年下をからかって面白がっているらしい。彼の言葉を肯定しても否定しても、更にしつこく絡んできそうだ。
「知らね」
面倒になって、隼はそれだけ言うとさっさと室内に入り、子どもたちを両脇に1人ずつ抱えてスクワットを始めた。
保健室のベッドに寝かされ、全身を保冷剤で固められた咲茉は身動きが取れないまま、何もすることがないのでいつの間にか眠っていたようだ。養護教諭に起こされ、時計を見ると夏休み中の下校時間が迫っていた。
「具合はどう?ぐっすり寝てたわね。すっきりした?」
『はい。大分元気になりました。』
「吹部の子たちが荷物を持ってきてくれてるわよ。そこに置いてるから」
『ありがとうございます』
全身を冷やす為に服を脱がされていたので、タオルケットを捲った自分は下着姿になっていた。部員が持ってきてくれた荷物の中から制服を取り出して着替え、ついでにボディシートで身体を拭く。そして脱がされたジャージや部活着を軽く畳んで鞄に入れた。
挨拶をして、保健室を後にした咲茉。靴を履き替える為、昇降口に向かう。
「結城」
『あ、狼谷くん』
「具合、どうだ?」
『うん、もう大分元気だよ。日焼けしたとこが痛いくらい』
「そうか。ならよかった」
見ると咲茉の顔色はかなりよくなっていた。目もぱっちり開いている。ただ、本人が言ったように赤く日焼けしたところが痛々しい。
「帰るぞ。送って行く」
『えっ、そんな、いいよ。1人で帰れる』
「今日ぶっ倒れた奴を1人で帰らせるわけにはいかねえだろ」
『でも申し訳ないよ。鷹くんも疲れちゃうだろうし』
どうやら咲茉は、隼が自分を家まで送り届けてくれることで小さい鷹を余計に疲れさせてしまうのではないかと心配しているようだ。
「鷹は今日ババーと買い物して帰るんだとよ。だから気にしなくていい」
『…そっか。ありがとう』
並んで歩く。蜩の鳴く声が聞こえる。
『…もう夏休み終わっちゃうね』
「ああ」
『体育祭終わったら少しゆっくりできるから、また保育ルームに行けると思う』
「そうか。ガキ共も喜ぶだろ。兎田と鹿島も」
『そうだといいな。文化祭は保育ルームのみんなも何かするんでしょ?兎田さんが頑張って衣装作ってくれてるみたい』
「あー。なんかジュース運ぶくらいだろ。まともに運べるの奇凛くらいだろうけどな」
『ふふふ。零しちゃっても運ぶ間に飲んじゃっても大目に見てくださいって注意書きしないとね』
「確かにな」
咲茉が笑う。髪と同じ色の長い睫毛が揺れる。
咲茉の家は学園からさほど遠くないので、話をしながらだとすぐに着いてしまった。
「じゃあな。ちゃんと休めよ」
『うん。わざわざ送ってくれてありがとう』
軽く手を上げて背を向ける。
『……狼谷くん!』
「?」
再度咲茉のほうを振り返ると、じっとこちらを見つめてくる彼女。
「!……どうした?」
『今日はほんとにありがとう。真っ先に私のこと保健室に運んでくれて、先生が戻ってくるまで傍にいてくれて、気に掛けてくれて、家まで送ってくれて。すごく…、すごく嬉しかった』
「…っ……。それならよかった」
これ以上咲茉の顔を見るとまた心臓が大暴れしそうだ。隼は「またな」と短く言って、くるりと向きを変え、帰路に着いた。
つづく
コメント
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ああ、第5話読み終わりました……!もう、隼くんの優しさがじんわり沁みましたね。倒れた咲茉ちゃんを姫抱きで運んで、保健室でもずっと気にかけて、最後は家まで送るなんて…「放っておけない」ってタイトル、まさにその通りだなって思いました。 特に私が好きだったのは、咲茉ちゃんが「すごく嬉しかった」って伝えるシーン。ああいう、普段は言えない気持ちをぽろっとこぼす瞬間が、すごく胸に響きました。隼くんが照れくさそうに「またな」って背を向けるところも、二人の距離が少し縮まった感じがしてほっこりしました。続き、すごく気になります!