『トラゾー』
「んー?」
通話でだらだらと雑談をしていた。
どうでもいいような話なのにぺいんとと話すのは気が楽で、楽しくて心地いい。
変に気を遣わなくていいし、ノリも似てるからホントに話していてホッとできる。
『今度さぁ、どっか旅行行かねー?』
「えぇ?お前旅行好きだな。俺は別にいいけど、しにがみさんとかクロノアさんの都合もあるじゃんか」
日常組でよくいろんなとこ行くからその話なのかと思ってこの場にいない2人の名前を出す。
『いや、そうじゃなくて』
「うん?」
『俺と、お前で』
俺と、お前で?
「…え、2人でってこと?」
『そうそう』
画面の向こうでどんな顔をしてるのかは分からないけれど、弾む声は楽しそうだ。
『それともトラゾーは俺と2人はダメな感じ?』
「いや、全然ダメじゃねぇし。ぺいんととならめっちゃ楽しそうだけど」
『じゃ決まりな!また詳しいこと決まったら連絡するわ!』
「へ、は?あ、ちょっ…」
さっさと通話を切ってしまったぺいんとに呆れながらも胸の内が擽ったいような。
そんな感情に自然と口元が緩んでいた。
ぺいんとといる時は自然体でいれる。
無理する必要もなく、ありのままで接することができる。
「……好きだなぁ」
この距離感が心地良くももどかしい。
そういう関係になりたいわけじゃないし、今のままでも充分だ。
2人で過ごせるというその時間がとても大切で貴重で。
心の隅に大事にしまう宝物のようで。
それでも、少しだけでいい。
意識してくれたらいいな、とか欲張りで自己中でワガママに思う俺もいた。
「………なんてな?」
こうして一緒にいれることだけでも幸せなんだから、と俺は自分のほっぺを軽く叩いた。
───────────────────
あれから何日か経って、ぺいんとから旅行の件で連絡が来た。
『〜〜…つーわけだから』
「ん、分かった」
明日から2泊3日でとある避暑地に行くことになった。
まぁ、確かに今年の夏は暑いし涼めるようなところには行きたいと思っていたところだったし。
ちょうどいい。
『寝坊すんなよ』
「いや、それお前な」
『寝坊なんかしねぇよ。めっちゃ楽しみにしてんだから』
「遠足前の小学生みたいなことすんなよ?寝れんくなるとか」
『なんねーよ、絶対』
行けたら行くわ、くらい信用ない。
「じゃあ、ぺいんとが寝坊したら俺の言うこと一個聞いてよ」
『お?いいぜ。その代わりトラゾーが寝坊したらそれ、俺が使わせてもらうからな』
「俺は寝坊なんてしませんー」
『俺もしませんー』
「『………』」
沈黙の後、同じタイミングで吹き出す。
「『ふはっ』」
『ははっんじゃ、明日な』
「おう。じゃあ明日」
そこで通話を切ろうとしたらぺいんとが、あっと声を出した。
「?、どした」
『うんにゃ。なんでもねぇ』
「そう?じゃ、明日な」
『トラゾー無理せんと寝坊してもいいぜ?』
「いやぺいんともな?」
キリがなくなりそうで、それじゃあと通話を切り明日の準備を始める。
自分で言った遠足前の小学生のように気分は高揚していた。
純粋に楽しみなことと、少しだけ不純な意味で嬉しいと思っているから。
「うーん、…寝坊するかもな」
準備している物たちを見ながら、冴えた目と頭に呟いた。
……有言実行の男。
見事に寝坊しました。
指定された集合場所に行くと、俺に気付いたぺいんとはにんまりと悪い顔で笑っていた。
「ほら言ったやん。トラゾー寝坊するって」
「うぐ…返す言葉もありません…。ぺいんとの言うことなんでも一つ聞きます…」
悔しい。
寝坊したぺいんとに旅行中のもんの中で一つめっちゃ高い何かを奢ってもらおうと思ったのに。
「よし、言質とったからな」
ぺいんとはちゃっかりスマホで録音した音声を俺に聴かせる。
「ちゃっかりしてんな。…男に二言はありません…」
「よっしゃ。…なに言ってやろっかなー♪」
楽しそうでなによりだ。
…そんな顔を見てるのも好きだから別にいいけど。
太陽の日差しに照らされてぺいんとの明るい髪色がキラキラしている。
「(補正かかってるから余計に見えるのか。…てか、キラキラって少女漫画か!!)」
1人コントを内心でして苦笑いした。
「ほら行くぜー」
さりげなく手を引かれて、びっくりして心臓が飛び出るとこだった。
「子供じゃねぇって!」
「お寝坊トラちゃんは寝坊しなかった俺に着いて来てくださーい」
「トラちゃん言うな!」
そこはムカついたから、かるーく肩パンしてやった。
─────────────────
避暑地に着いて驚いた。
「涼しすぎねぇ?」
「全然違ぇんだな」
纏わりつくような暑い空気感なんて一切ない。
吹き抜ける風も涼しく、全くの別世界へ来たようだった。
「ぺいんと、ありがとう。俺のことを誘ってくれて」
「いいって。俺もトラゾーと来たかったし」
無邪気に笑うぺいんとに笑い返す。
「先にホテル行って荷物置いてこよーぜ」
「ん」
今回は全部ぺいんとが計画を立てて、何から何まで予約とかしてくれてたみたいだった。
「動物のふれあい園みたいなとこあるからそこ行こうぜ」
「へぇ、マジで何から何まで調べてくれてたんだな」
「そりゃトラゾーの喜ぶ顔見たかったからな」
「ぅえ」
「ほら行くぞ!」
また手を引っ張られてふれあい園に向かうバスに乗り込んだ。
「わぁ、うさぎ可愛いな」
ぴょこぴょこと跳ねる姿や、ふわふわの毛並みを触ったりして心が和む。
「ほら、両手に収まっちゃう。めちゃくちゃ可愛いなぁ」
子うさぎは俺の手の中に収まるくらいの小ささで、癒される。
「うさぎを可愛いって言ってるトラゾーが可愛い」
「は…⁈」
手元のうさぎじゃなくて俺をじっと見ながらぺいんとは言った。
「ば、バッカ!そう言うの俺に言うの間違ってるだろ」
「え?間違ってねぇけど。俺ホントのことしか言わねぇもん」
「えぇ…?」
頭を暑さでやられたのか。
「なんか失礼なこと考えてね?」
「え?ベツニ?カンガエテナイヨ」
じっと見てくるぺいんとに片言で返す。
イヤ、ホントニカンガエテナイモン。
手の中でモゾモゾと動くうさぎを、そろそろ離してあげるかとおろしてあげる。
「ほらぺいんとも触ってみろって。癒されるから」
「おー」
見てるだけでも癒されるなぁとか思ってたら、ふに、とほっぺを摘まれた。
「へ?」
「あー確かに。癒されんな」
ぽぽぽと顔に熱が集まってくる。
「いや、だから!うさぎ…っ!」
「真っ赤じゃん。トラゾー可愛いな」
「っっ〜〜!!」
今日のぺいんとは変だ。
調子が狂う。
友達と来たんじゃなくて、まるで恋人と来たみたいな感じで接してきて。
「ふにふにしてんなぁ」
「も、もう離せってば!」
「誰も俺らのことなんて見てないって」
楽しそうに悪い顔で笑うぺいんとに、もうこれは諦めた方が良さそうだった。
こうなったらこいつは気が済むまでやめないのも分かってるから。
「…お、諦めた?俺のことよく分かってんじゃん」
「無駄な労力使うの勿体なくなっただけだし…」
その後5分くらいはほっぺを揉まれたり摘まれたりしていた。
癒してもらっていた俺の心臓は無事爆散した。
なんだかその後の行く先々で、まるで恋人扱いのような友達のじゃれ合いの延長線上のような絶妙な触れ合いをしてきたぺいんとに冷静を装うのに必死になってすごく疲れた。
今はホテルに帰って、備え付けのお風呂に入っている。
それなりに良さげなホテルの室内にもびっくりしたが、お風呂もこれまた広くて綺麗だった。
「…今日のあいつ、なんなんマジで…」
あと1泊と2日、俺の心はもつのだろうか。
顔半分をつけて、ぶくぶくと考え込む。
「(言うこと聞くやつも、どのタイミングで何言ってくるから分かんないし。…ぺいんとのことだからふざけたこととか言いそうだけど)」
息苦しくなって顔を出す。
「…いい思い出になったって思えばいいか」
備えられていた浴衣に着替えて部屋に戻ると、同じく浴衣を着たぺいんとが外を眺めていた。
「出たぞー」
「おー」
ぺいんとの前の椅子に座って同じように外を見る。
「……」
「……」
こんなにも静かでも苦痛に感じないのは、ぺいんとといるからだろうか。
喋らない時はぺいんとはホントに喋らない。
「…水飲む?」
「あ、じゃあいただくわ」
コップもさりげなく俺の分まで用意してあって、それに水を注いでくれた。
「ん」
手渡しされてそれを素直に受け取る。
「ありがと」
火照った体に染み渡る冷たい水。
「ぷは」
外を回っていた人物と同一かと疑うくらい、やっぱりぺいんとは静かだった。
「なぁ、トラゾー」
「んー?」
「約束覚えてるか?」
「約束……言うこと一個聞くっての?」
外から視線を外して、俺の方を見る黄色い瞳。
「そう」
「覚えてるけど」
「じゃあ、俺の言うこと一個聞くやつ、今言うな」
急にかしこまって言うぺいんとに体が強張る。
無理難題なことを言われてもできる自信がない。
「じ、実用性のあることにしてくれよ…?」
「実用性ありまくりのことだわ」
手を不意に握り締められて、ぺいんとが距離を詰める。
「ぺいんと…⁇」
「俺と付き合って?」
典型的なその言葉に頭が混乱したけど、一瞬でその意味を悟る。
「……実用性って、そういうこと?パシリ的な?」
確かに実用性はある。
「はぁ?その付き合ってじゃねーよ。俺と、恋人になれって言ってんの」
「こいびと…、コイビト……恋人⁈」
「寝坊したトラゾーに拒否権ねぇから。自分で言ったんだからな?言うこと一個聞くって」
握られた手に力が込められている。
そして、その手は少しだけ震えていた。
「俺、トラゾーが好きだから、恋人になって欲しい。ずっと、そう思ってた」
「ぇ、は、う、そだろ…?」
「今日も、結構攻めたつもりだったんだけど。トラゾーの反応イマイチだったし」
「ぺいんと、俺のこと、好きなん?」
「好きじゃなきゃあんな扱いしねーて」
真剣に俺を見るぺいんとに、口がはくはくと開閉する。
「嘘じゃ、ねぇの?」
「言ったじゃねぇか、俺はホントのことしか言わないって」
「ホントのこと…」
「言うこと聞くんだろ?なら、返事は?」
不安げに揺れる黄色い。
それに映るのは同じように不安な顔をした俺。
「……俺も言ったじゃんか、男に二言はないって」
少しだけ震えるぺいんとの手を握り返す。
「俺も、ぺいんとのこと好き。ずっと好きだった。……だから、嬉しい」
眉を下げて笑った俺に目をこれでもかと開いたぺいんとは小さなテーブルに乗っかって抱きついてきた。
「うわっ⁈」
「俺も超嬉しいっ!」
「ぺ、ぺいんと…苦しいって…」
「恋人なんだからいいだろ」
「っ、こいびと…」
その響きに嬉しくて顔が緩む。
「!!、あ゛ーー!もう!!お前のそういうナチュラルにやっちゃうとこ!!」
「は、あ?なにが、なんだよ?」
「天然タラシにはこうだ!!」
ほっぺを摘まれて、横に引っ張られる。
「いっへ!!おまっ、やっひゃにゃ!!」
お返しと言わんばかりに俺もぺいんとのほっぺを摘んで横に引っ張ってやった。
「ぃ゛っへ!ひっぱりひゅぎやろ!!」
「さきに、やっらのはぺいんろやろ!!」
「やからって、いへーっての!!」
お互いに手を離させようと暴れて床に倒れ込んだ。
「「………」」
ぺいんとに押し倒されたような格好になり一瞬で無言になった。
けど、少し赤くなったほっぺがお互いに見え合ったから、どちらとともなく吹き出す。
「「ぷっ、あはははっ!!」」
俺らはそのまま床に転がったまま大笑いした。
自然と伸ばした手は重なり合い、しっかりと繋ぎながら。
────────────────
旅行から帰ってきて、みんなの都合があった日。
俺らはクロノアさんとしにがみさんに報告をした。
「お2人やっと付き合うことになったんですね。トラゾーさんおめでとうございます。ぺいんとさんだけ爆発してください」
「トラゾーおめでとういやー長かったね。ぺいんとだけ爆発しろ」
「いやなんでだよ!」
「「……」」
「「顔がムカつくから?」」
確かにムカつく顔はしてるけど。
「ムカつ……!あー、はいはい非リアのお二人乙ー」
そう返したぺいんとに2人の笑顔が固まった。
「クロノアさん、この黄色い片目野郎沈めましょう」
「そうだね、しにがみくん。2度と出てこれないように沈めようか」
「沈みませーん!俺が沈んだらトラゾーが泣いちゃうから絶対に嫌でーす」
とんだ巻き込みをくらった気がする。
「いや、沈めちゃってください。俺、泣かないんで」
「だそうですけど」
「許可出ちゃったね」
「おいトラゾーお前!」
「さっきの顔と発言はよくないもん」
「「じゃあトラゾー(さん)の許可も出たし。…一旦沈めこの野郎!!」」
「ぎゃぁああ!!」
クロノアさんとしにがみさんに追いかけ回されるぺいんとに、自業自得だと苦笑しながらこれからもずっと一緒にいられるのだと幸せに感じていた。
心の隅じゃないちゃんとした宝物になったんだと実感しながら2人と同じようにぺいんとを追いかけ始める。
「おい!なんでトラゾーまで追いかけてくんだよ!」
「え?楽しそうだったから」
「お前足速いんだからやめろし!!」
「仲間はずれよくないよ?」
「そーだそーだ!」
「おい元凶!」
「「お前が元凶だろ!!」」
この瞬間をこの先ずっと大切にしたい、そう思いつつ逃げ回る大好きな人を捕まえるべく走る速度を早めた。
コメント
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いや尊ッ!💕 なんて微笑ましいんだこのカップルと友人二人は… もうね、ほわほわ系とかほのぼの系とかって甘い味がするんですよ(?) 私甘党なんで最っ高に美味しいですっていうか最後のtrさん可愛いですね早く恋人に抱きついてください (リクエストした人じゃないのにめっちゃ書いてる…すいませんm(_ _)m)
haru様、本当にリクエストありがとうございました! だがしかし、これはほわほわ系と言えるのだろうか…? 私のほわほわの概念がなんだか違う気が…。 ご満足いただけなかったら申し訳ないです…汗