ヴァンクリを贈ってくれる彼氏なんて最高だ。
だからこそ、「こんな人が自分を気に掛けるはずがない」と思ってしまう。
昭人にすら捨てられた私に、そんな価値はないもの。
自分がとてもネガティブになっているのは分かっている。
もしも友達がこんな事を言っていたら、「男一人で自分の価値を決めたら駄目だって」と励ましただろう。
けれど人というものは、自分が落ち込んだ時はなかなか自力で這い上がれないものだ。
どんなに素敵な人が褒めてくれても、「そんな訳ない」と思ってしまう。
「……部長なら他に誘う女性がいるでしょう」
私はテーブルに頬杖をつき、ブスッとして言う。
資料を配り終えた部長は、立ったまま私を見ていたけれど、ニヤッと笑って言った。
「銀座で高級肉をたらふく食わせてやる。勿論、酒も好きなだけ」
ぐ……。
高級肉なんて、自分では食べられない。
スーパーのステーキだって、給料日の日にちょっと安くなった奴をたまに買う程度だ。
本当は牛肉大好きだけれど、買っていたらすぐに破産してしまうので、いつもはコスパのいい鶏肉や豚肉を料理している。
「……銀座って、食べ放題の所じゃないですし……」
私は苦し紛れに、言い訳じみた事を言う。
美味しい物は食べたいけど、お肉とお酒と言われてすぐ飛びついたら格好悪い。
「じゃあ、鉄板焼きの店に行って、そのあとバーで飲む。今度はお前が酔っぱらってもきちんと送るし、したくないなら送り狼はしない」
「安全です」アピールしているのに、やる気満々に見えるのは気のせいだろうか。
「……なんでそんなに私にこだわるんですか」
私は腕組みをし、わざとしかめっ面をして部長を睨む。
そうじゃないと、心がグラグラ揺れているのが彼に伝わってしまいそうだったからだ。
部長はゆったりと歩いて私の前までくると、テーブルに寄りかかり、変な事を言った。
「俺と条件ありで付き合ってみないか?」
「はい!?」
彼の言う事が本当に分からず、今度こそ私は素っ頓狂な声を上げた。
「あー……、どこから説明したもんかな」
部長は頭を掻き、腕を組んで斜め上を見る。
「……実は結婚を勧められている」
「良かったじゃないですか。脱独身」
私は真顔のまま拍手をする。
本当は結婚と聞いた瞬間胸がざわついたけれど、深く関わる前に諦められれば、傷付かなくて済む。
「良くない。俺はその|女性《ひと》と結婚するつもりはないから」
「どうしてですか? 好きな人でもいるんですか?」
尋ねられた部長は、目を逸らして小さく溜め息をついた。
……あ、話したくない感じですね。
心の中で相槌を打ちつつも、私は釈然としない想いを抱く。
(……なんかモヤモヤする。部長がどんな事情を抱えていようが、どうでもいいはずなのに)
「その辺りを話すためにも、食事をしないか?」
改めて誘われた私は、また溜め息をついてしばし考える。
……ハッキリ言って、今まで以上に部長に興味を持ったのは確かだ。
恋愛対象にすら見ていなかったのに、あんなセックスをされて意識するなというほうが無理な話だ。
でも一回抱かれてヴァンクリを贈られたからと言って、すぐ好きになるなんてチョロすぎる。
――私はそんな軽い女じゃない。
自分に言い聞かせるも、ここで断ったら部長が「じゃあいいわ。迷惑掛けて悪かったな」と退くような気がしてならない。
こんな人と両想いになれる訳がないし、今のうちに身を退いてすべて〝なかった事〟にしたほうがいいと分かっている。
なのに心の奥にいるもう一人の私が、部長の事を気にしてならない。
――もしもうまくいったらどうする?
――部長の事が嫌いって言っても、ろくに話した事ないでしょ。
――ちゃんとお互いの事が分かるまで話し合って、それから考えてみても良くない?
(うるさい……)
私はもう一人の自分に向かって呟き、溜め息をつく。
それからチョロい女と思われないように、思いきり嫌な顔をして言った。
「お肉を食べる間、話を聞いてあげます」
物凄く上から目線で言ったのに、部長は「約束な」と嬉しそうに笑った。
「……あの、ヴァンクリ返させてくださいよ」
「いらねぇって」
押し問答をしてからチラッと腕時計を見ると、そろそろ昼休みが終わりそうだ。
「……とりあえず、仕事があるので戻ります」
私はそういって、そそくさと会議室をあとにした。
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コメント
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あ「どうしてですか? 好きな人でもいるんですか?」 み「いるよ。お・ま・え....♡」 ....って言いたい所だけど、まだ言えないよね~😂 最高級のお肉をご馳走しながら 少しずつ距離をつめ、朱里ちゃん捕獲向けて頑張っlてね~♥️♥️♥️🤭
尊さん好きな人いるよね〜🤭目・の・ま・え・に😍 朱里ちゃん、尊さんの話よりだんだん美味しい最高級のお肉に夢中になっちゃって、話そっちのけになっちゃって、『うん』って返事しちゃって、彼女になっちゃうね😆