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「おっはよー 澪!
って、どうかした?」
下駄箱で靴を履き替えていると、杏(あん)が私の顔を覗き込んだ。
杏は高校1年の時からずっと同じクラスで、私の親友だ。
「おはよー 杏。
ちょっと昨日から嫌なことが続いてて……」
杏の制鞄についたキーホルダーが揺れる。
この間一緒にディズニーに行った時に買った、私とのおそろいだ。
何気なくそれをつつけば、杏もお返しに私のキーホルダーをつつく。
「え、嫌なこと? まさかお弁当忘れたとか?」
「……あっ!」
本当だ、お弁当……!
けい子さんがいつも下駄箱の上に置いてくれているけど、今日はレイに気を取られて、持ってくるのを忘れてしまった。
「忘れた! どうしよーっ」
「えーっ、まじで?
しょうがないなぁ、部室にお菓子あるから、こっそりあげるよ」
「ありがと! お昼休み、パン買ったらすぐ行く!」
そこで予鈴が鳴り、私たちは急いで教室に入った。
私の席は、窓側の一番うしろの席だ。
この席は2週間前の席替えでゲットしたんだけど、できればこのまま卒業まで席替えをしないでほしい。
なぜなら、斜め向かいの席が佐藤くんだからだ。
佐藤くんは知的で優しくて温厚で、まさに私の理想そのもの。
去年の体育祭実行委員で一緒になって以来、私はずっと彼に片思い中だ。
こっそり眺めていたら、急に佐藤くんが後ろを振り向いた。
「広瀬。
悪いんだけど、あとで英語の訳教えてくれない?
ちょっと自信なくて」
「えっ、わ、わかった! あとでノート見せるね」
「サンキュ」
佐藤くんが目を細めて微笑む。
彼が前を向くと、私はジタバタしたいくらいにやけた。
(キャー、めっちゃうれしい!!)
最悪だった気分が吹き飛び、それからの私はずっと授業中ニヤニヤしていた。
「みーお!
先に部室行ってるからねー!」
4時間目が終わるチャイムが鳴るとすぐ、杏が私に声をかけた。
「うん、あとですぐ行くから!」
英語の教科書とノートを入れた鞄を手に、私も席を立つ。
あれから佐藤くんに英語の訳を見せた後、杏にもノートを見せてと言われたからだ。
杏は演劇部の部長をしていて、わりと自由に部室を使っている。
私はダッシュでパンとジュースを買い、杏の元へ急いだ。
演劇部のドアはあいていた。
「杏ー?」
「いるよー!」
カーテンで仕切られた向こうから声がする。
「入ってー! パン買えた?」
「うん、明太子パン残っててよかったー」
言いながら私は靴を脱ぎ、カーテンの奥に進んだ。
ここが畳になっているのは着替えのためで、そこに長机や棚が置かれている。
杏は鞄からお弁当を出しながら、「あー」とぼやいた。
「やだなぁ、今日絶対英語あたるんだもん」
「そういや、こないだ名倉くんまで当たったもんね」
コミュニケーション英語は、いつも名前の順に当てられる。
「二ノ宮」という苗字の杏は、次は確実だ。
「やだなー」を繰り返していた杏は、お弁当を食べ終えると、思い出したように前へ手を伸ばした。
「あ、そうそうこれこれ!
私の最近のお気に入りのお菓子なんだ!」
棚からコンビニの袋を引き寄せ、イチゴチョコクッキーを取り出す。
「はい!
なんか嫌なことあったって言ってたけど、これ食べて忘れなよ!」
杏はにこっと微笑んで、クッキーを差し出した。
「うぅ……杏、ありがとう! いただきます」
口に入れると、甘酸っぱい味が広がる。
「おいしい……元気でた!」
「でしょ? これおいしいよねー!」
杏は屈託がなくって、だいたいいつも笑っている。
私はそんな杏が、本当に大好きだ。
「じゃあ、そろそろノート写す?
杏、筆記用具は持って……」
鞄からノートを出しかけた時、隣の杏が叫んだ。
「あーっ!」
「えっ、どうしたの?」
「ごめん澪! 私教室にノート忘れてきちゃった…!
すぐとってくるから、待ってて」
言うやいなや、杏は部室を飛び出して行った。
私は、杏が通った後の揺れるカーテンをしばらく見つめる。
それから少しして、「もうー!」と吹き出してしまった。
杏はそそっかしくて、声も大きい。
(まぁ、私も人のことは言えないけど)
私は一息つくと、うーんと伸びをしてあたりを見渡した。
私も高1の時、半年だけ演劇部に所属していたことがある。
けい子さんが民泊を始めて、お手伝いがしたくって辞めてしまったけど、こうして部室に入るのは、それ以来だ。
視線を壁際に移すと、ある衣装が目に留まった。
(……あっ)
あれはたしか、高1の時私がやるはずだった役の衣装だ。
「なつかしーなー……」
演目は、当時の部長が脚本を書いた青春ラブコメで、私は不良学生の役だった。
でも辞めちゃったからその役は杏がして、学園祭ですごく爆笑したのを覚えている。
しばらく衣装を眺めているうちに、懐かしさといたずら心が沸き上がった。
(……そうだ!
こっそりこれを着て、杏を驚かせちゃおう!)
そうと決まれば、善は急げだ。
私は衣装を手に、間仕切りの奥へと移動した。
だけど自撮りもしちゃおうと思いたち、スマホが入った鞄も掴む。
丈の長いスカートに丈の短いシャツを着て、真っ赤なスカーフをしめれば、明らかにいろいろと変で、ひとり笑ってしまった。