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「貴様等、我がダンジョンに何用だ?」
「ひぃ!」
僅かな悲鳴と共に聞こえたのは、金属製の何かを落としたような音。
「な、何者だ!」
「貴様等人間は、他人の家に上がり込んで、何者かと聞くのが礼儀なのか?」
「くっ! やはり魔族か!」
順調である。侵入者たちを人間と呼んだことで、こちらが人間ではないと思わせることができた。
「だったらどうする? それを知って尚この扉を開けようとするのか? ならばこちらも容赦はせんぞ……」
……返事は返ってこない。何やら小声で話し合っているようだ。
聞き逃してはなるものかと扉に耳を押し付け、こっそり聞き耳を立てる。
「一度撤退しよう。ギルドに報告するべきだ。いくらなんでも魔族相手に三人で挑むのは無謀だ」
「いや、でも折角ここまで来たんですよ? 今回は封印を解くために|魔術師《ウィザード》のネストさんともパーティを組んでるのに……」
「ネスト。お前はこの状況、どう見る?」
「時間さえあれば封印は解けるわ。けど、魔族は気になる……。近年、魔族の出現報告なんて聞いたこともない。魔界からこちらに来たばかりの魔族は強くはないはず。力を蓄える前なら……」
「よし。やるならまず魔族の名だ。聞いた事もない下級魔族なら勝てる可能性はある」
何やら怪しい方向に会話が進んでいる。このままでは最悪戦う羽目になってしまうが、それは御免だ。
「ダンジョンの主よ。非礼は詫びよう。俺はバイス。ギルドの依頼で調査に来た者だ。お前は何者だ」
「百八番、何か強い魔族の名を教えてくれ!」
侵入者たちには聞こえないような小さな声で、助言を求める。
「強い魔族といえばグレゴールさんでしょうか……。ですが……」
「我が名はグレゴールだ!」
意気揚々と名乗りを上げる俺。
百八番がまだ話している途中だったような気もするが、会話の間が空き過ぎると、不自然だと思われるから仕方ない。
「――ッ!? グレゴールだと!? 破壊神グレゴールか!」
さあ? としか……。だが、相手がその名を知っているなら話は早い。
それだけ名の通っている魔族であれば、恐れをなして逃げてくれるだろう。
「如何にも」
聞こえているのかいないのか、それとも恐怖に打ち震え声も出なくなってしまったのか、その返答は返ってこない。
しばらくすると、扉の向こうから聞こえてきたのは騒がしいほどの笑い声だ。
「ぷっ……。クスクス…… アハハハハ!」
「破壊神グレゴールはとうの昔に討伐されている。そんなこと子供でも知っているぞ。ワハハハ……」
恥ずかしさのあまり、顔が真っ赤になっているだろうことは自分でも理解出来た。
知らなかったんだから仕方ないだろ! と、声を大にして言いたいが、それはできない。
「あーあ。私の話を最後まで聞かないからですよ? ぷぷぷ……」
隣で笑いを堪えている百八番を引っ叩いてやりたい衝動に駆られるも、扉の向こう側でゲラゲラと笑っていたバイスは、急に笑うのを止めた。
「さて。じゃあ偽物のグレゴールさんにお灸を据えてやりますか。ネスト、封印の解除を頼む」
「オーケー」
こうなったら仕方ない。これ以上の説得は無意味だ。
しかし、封印を解かれるわけにはいかないので先手を打つ。
「【|脆弱なる生ける屍《リビングデッド》】」
リビングデッドは死霊術に属する魔法。範囲内の死体をアンデッドに変え、ゾンビとして使役する。
範囲は広いがアンデッドとしてよみがえるため、動きもノロいし生前より弱い。
扉の向こう側は見えないが、侵入者たちは魔物を倒してここまで来ている。ならば、それなりの死体があって然るべき。
「――ッ!? バイス! 後ろ!」
慌てたような声を上げるネスト。
周りに散乱しているであろう無数の魔物の死体が、起き上がり始めたのだろう。
「封印の解除は後だ! 先にコイツ等を殺る!」
剣戟、魔法、時折伝わる振動と音がダンジョン内に響き渡る。
こちら側は下り階段で少々手狭ではあるが、侵入者側は広めのホール。暴れるには十分すぎるほどの広さがある。
音しか伝わらない為、雰囲気で察するしかないが、結構派手にやっている模様。
さすがというべきか、バイスという男の指示は的確で冷静。焦りの色はまるで見えない。
熟練の冒険者と言えばいいのか、仲間たちと力を合わせて戦うというシチュエーションにはロマンを感じなくもないが、今の自分にとってはただの邪魔者。
それはおおよそ十分ほどでカタがついた。もちろんゾンビたちの負けである。
今まで倒してきた魔物たちが弱くなってよみがえっただけなのだから、これくらいで倒せるとは思っていないし、殺すつもりもない。
「よし。なんとか片付いたな」
少々息が切れているようだが疲労困憊にはほど遠く、侵入者たちにはまだまだ余裕がありそうだ。
戦闘中の会話で分かった事だが、バイスが戦士系でネストが|魔術師《ウィザード》、補助魔法を担っていたもう一人の女性が、恐らくギルド担当の神聖術師。
「ネスト。魔力はどうだ? まだいけるか?」
「大丈夫よ」
そうか、いけるか。じゃあ、次いってみよう。
「【|脆弱なる生ける屍《リビングデッド》】」
今しがた倒したゾンビたちが、再びゆっくりと起き上がる。
「バイス!」
「クソ! なんだこいつら! 不死身か!?」
そして二度目の戦闘が始まった――。
今回の戦闘時間は二十分ほどであった。前回よりゾンビ化した魔物は少ないだろう。死体とも呼べぬ肉塊がよみがえることはないからだ。
それでも時間が掛かっているところを見ると、大分疲労が溜まって来たと見える。
「ハアハア……。今回は頭を重点的に潰した。多分もう起き上がっては来ないだろう……」
必至に呼吸を整えようとする息遣いが、僅かばかりに聞こえてくる。
「ニーナ、ネスト。大丈夫か?」
「ええ。なんとか」
「魔力の残りは約半分ってとこね……。封印の解呪分も取っておくとなると、次はさすがにヤバいかも……」
そうか。ならばもう一回必要だな。
「【|脆弱なる生ける屍《リビングデッド》】」
二度あることは三度ある。いや、仏の顔も三度まで。そろそろこの辺りで諦めていただきたい。
「頭を潰したはずなのに! なぜだ!?」
残念ながら頭を潰しただけでは意味がない。
そもそもゾンビたちは無差別に近くの生き物を襲っているだけなのだ。
動きを止めたいなら粉々にするか、四肢を切断するしかないのである。
三度目の戦いが始まってから二十分ほどが経過したあたりで、ネストの叫ぶ声が聞こえた。
「バイス! もう魔力が残り少ない! 帰りの分も考えるとギリギリよ!」
「クソっ! まさか本当にグレゴールが復活したのか!?」
全然違います。というか、本当にグレゴールとかいう魔族が相手なら、既に死んでいるのではないだろうか?
魔族ってそんなに優しいの? 知らんけども……。
「撤退だッ! しんがりは俺が! ニーナとネストは先に行けッ!」
無理はしない良い選択だ。こちらとしてもその方が助かる。
その後、争いの音は徐々に遠のき、やがてそれは聞こえなくなった。
「百八番。奴らの居場所はどうだ?」
「順調に出口に向かってますね。ゾンビたちが追っていますが、追い付かないでしょう」
「そうか……」
俺はホッと胸を撫で下ろすと、気を緩めた。
「マスターなら殺すことも出来たと思いますけど、なんで殺さなかったんですか?」
「追い返せるならそれでいい。人殺しなんてできるわけないだろ……」
元の世界では坊主だぞ? そもそも坊主じゃなくとも殺生など好まない。
ボルグのような極悪人なら例外とも言えるが、少なくとも今回はそうじゃない。
ギルドの依頼で調査に来た冒険者。相手から見れば俺の方がダンジョンを不法に占拠する悪人なのだ。
そしてもう一つ。それよりも大切なことがある。
俺が罪のない人たちを殺すような人間だと知ったら、ミアはどう思うのか……。悲しむ? いやいや、幻滅されるかもしれない……。そう考えるだけで、胸が張り裂けそうになるのだ。
ミアは俺を信じてくれている。その思いは裏切れない。
折角盗賊たちから村を守り、自分の居場所を手に入れたのだ。それを易々と手放してなるものか。
殺生は最終手段。俺は誰も殺さずにダンジョンを守り抜く。
破壊神グレゴール。今更修正は効かない。
その名を借りて冒険者たちを追い払い、いずれは誰も近づかないような場所として周知させればいいのである。
「そうだ、百八番。グレゴールというのは、有名なのか?」
「ええ。魔王様の配下のうちの御一方でした。彼らの言っていた通り討伐されたので、こちらにはいませんね」
「こちらには?」
「はい。魔界にはいると思いますよ?」
「そもそも魔族とはなんなんだ?」
「魔族は魔界に住んでます。膨大な魔力を消費することによってこちらの世界に来ることが可能です。ただこちらに来たばかりの魔族は人間よりちょっと強い程度です。魔力を消耗しているので」
なるほど。確かに彼等もそんなことを言っていた。
「それでですねマスター。丁度いいのでダンジョンの防衛の為、魔族の方を召喚しませんか?」
「召喚?」
「はい、ダンジョンハートにあれだけの魔力があれば、一人位ならこちらに呼べると思いますよ?」
召喚した魔族にここの防衛を頼んでおけば、俺はある程度自由に動けるだろう。
そうなれば理想ではあるが、上手い話には裏があるものである。
召喚した魔族が俺に従ってくれなければ意味がない。人殺しをしたいわけではないのだ。
「魔族は人を殺すんだろう? 俺がやめろと言って言う事を聞くのか?」
「難しいですねえ。魔族は人族に少なからず恨みを持っているので……」
正直リスクの方が高そうである。
人を殺してしまえば報復として大々的に攻め込まれる可能性もゼロではない。
いくらアンデッドを呼び出せるとはいえ、物量で攻め込まれれば守り切る自信は雀の涙ほどしかない。
「すまんが、魔族召喚の話はとりあえず保留にしておいてくれ」
「そうですか……。わかりました」
「追い払った彼らが魔族の話を広めてくれれば、侵入者も減るだろう。今日のところは村に帰るよ。また何かあれば呼んでくれ」
残念そうに肩を落とす百八番に背を向け、俺はダンジョンを後にした。
――――――――――
九条が村へ帰還すると、百八番は一人不敵な笑みを浮かべていた。
自分の計画通りに事が進んでいるのだ。嬉しくないはずがない。
人族とは思えないほどの魔力量を誇る九条を手放すのは惜しい。それだけの実力があれば、呪いをかけたところでいずれは自力で解除してしまうだろう。
縛るものがなければ、ダンジョンは捨てられてしまう。そうならないためにも、百八番は嘘を付いていた。
ダンジョンハートとマスターは一蓮托生。
死は人間がもっとも恐れる事象の一つ。その効果は言わずもがな。
皮肉なものだ。本来は敵である人族にダンジョンを守護させようと言うのだから。
なぜだか九条は、魔族に対しての抵抗が少ないようにも感じていた。魔族の事を誰からも教わらなかったのか、先入観がないようにも見える。
だからといって百八番は欲張ったりはしない。必要な時だけ呼び出せればいいのだ。
「……このままいけばしばらくダンジョンは安泰ですね……。防衛戦力が皆無なのは気になりますが、あれだけ魔力が貯蔵されていればどうとでもなります。下準備だけでも進めておきましょう。フフフッ……」