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私の仕事は、いわゆる風俗だ。
結婚していた頃、専業主婦だった私は、ネットでたまたま見かけた「こっそり副収入」という広告をクリックした。欲しいものを買うためのちょっとしたお小遣い稼ぎになれば――そんな軽い気持ちで登録会に行ったのが始まりだった。
実態はオンライン風俗。
事務所にはいくつもの個室があり、ネットを通じて男性と話すだけ。ただそれだけ――そう説明された。顔を出す必要はなく、服やウィッグ、化粧で変装もできる。家事と育児に追われ、オシャレとは無縁になっていた私は、久々に鏡の中の“別人”と対面した。いや、違う。かつて舞台に立っていた頃の自分が、そこにいた。
スタッフの女性が驚いたように言う。
「こんな人が……もったいない。スタイルもいいし。さ、部屋に入って!」
案内されたのは、可愛らしいソファーやクッションがぎゅっと詰め込まれた小部屋。その前にはパソコンが置かれている。
「うーん、さくらさんにこの可愛い部屋は……違いますね」
少し悩んだあと、彼女は言った。
「見た感じ、大人の女性って雰囲気ですね。あっちの和室のほうが似合いそう」
――遠回しに、30過ぎた私には「可愛い」は似合わない、ということなのだろう。
畳の部屋に通され、敷布団の前に座る。ここで男の人と話す。ただ、それだけなのか?
「顔は見せたくないです」
「んー……じゃあ、目から下だけとか?」
「できれば、口元だけで……」
スタッフの女性は渋々うなずいた。
「わかりました。口元のみで登録しておきますね。名前もこちらで用意しました。この部屋にいる間は、橘さくらさんじゃなくて“スミレ”さんです」
スミレ……。
同じ花の名前だけど、なんとなく他人のような響きがした。
スタッフが去ったあと、私はプロフィールを確認する。
『新人のスミレです。年上のお姉さんが好きですか? 癒してあげますよ』
――他人になりすます。
いや、他人になりきる。
それは私の得意分野だった。
目を閉じ、私は橘さくらを脱ぎ捨てる。今ここにいるのは、28歳のスミレ――
……28歳?! 年齢、サバ読んでる?!
動揺する間もなく、パソコンが電子音を鳴らす。画面には「スタッフ」と表示されていた。恐る恐る通話をクリックすると、先ほどのスタッフが映る。
「では、これから操作のオリエンテーションを始めますね」
相手側の画面にぼかしを入れる機能、自分の映りを良くするモード、その他の設定……スタッフは淡々と説明していく。
「あの、これは?」
私は気になるボタンを指さした。そこには『M』と書かれている。クリックすると、画面の一部に丸いモザイクがかかった。
『はい、当サイトでは性器の露出は禁止です。どんなに求められてもアウトです』
性器……?!
『あ、お顔にはかけないでくださいね。あくまでも性器を隠すためのものです』
どういうこと?
そこをうやむやにされたまま、オリエンテーションは終了した。
『本日は体験をしていただいたら、〇〇ネットを通じて交通費とは別に一万円をプレゼントします。ぜひ二時間、お試しくださいね』
……そうだ。私は、それに釣られてここに来たんだった。
『他にご質問は?』
今こそ、あのモザイクの意味を問いただせばいいのに。
「いえ、ありません。よろしくお願いします」
『こちらこそ、よろしくお願いします』
スタッフとの通話が切れた直後。
パソコンが通知音を鳴らし、画面に男の名前と顔写真が表示される。私はドキドキしながら通話をクリックした。
そして、画面に映ったのは――その男の顔ではなく……。