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ええ、そうですね。ここが|白極《はくごく》さんのマンションならば貴方が住んでいても何の問題も無いと思いますよ。だけど私が言いたいのはそう言う事じゃないって普通分かりませんか?
それとも仕事内容が私と思っていたのとは、全く違うものだったりするのだろうか。さっきの契約内容だってちゃんと読ませてもらってないし。
俯いたまま、今ある可能性について考えてみることにする。私が白極さんと同居しなければいけない理由について、だ。
「もしかして今流行りの、契約婚の相手役とか……? いやいやいや、こんな人無理無理!」
想像しただけでゾッとする、まさに白極さんが言っていた奴隷人生そのものしか思い浮かばない。
「……俺にも、相手を選ぶ権利があると思わねえのか?」
低く唸るような白極さんの声に、思わず顔を上げるとそれはもう……綺麗な笑顔で。でも額に浮かんだ青筋がその優美な微笑みを台無しにしている。
しかし美しいだけに怖ろしい。あまりに迫力がありすぎて腰を抜かしてしまいそうで。
「……そ、そうですね。白極さんなら選び放題ですよね」
「当たり前だ。そんな事より、さっさとその靴を脱いで足を上げろ」
……はい? 命令口調には慣れたものの、白極さんの言っていることが分からなくて首を傾げる。だってこんな所で、いきなり靴を脱いで足を上げるなんてはしたないこと出来る訳がない。
「イヤですよ、選び放題とか言っておきながら一体何する気ですか?」
正直、|白極《はくごく》さんの言動は私では全く予測がつかない。少なくともこの部屋に他の人がいる気配もなく、警戒するなという方が無理がある。
それに私のスカートの長さで足を上げたりすれば、下着が見える可能性もあるわけで……
「……自意識過剰、俺はお前の貧相な身体に興味なんかねえよ」
彼は私が心配していたことを、そんなの無意味だとばかりにバッサリと否定してみせた。いくら何でも貧相は言いすぎだ、そう思って文句を言おうと顔を上げると白極さんの手が伸びてくる。
「……え? あ、きゃああああっ!」
いきなり片方の足首を掴み上げられたものだから、バランスを崩してコロンとソファーに寝転んだ体勢になる。それなのに彼は遠慮なく私の脚からパンプスを脱がしてしまう。
本当に、何なのよこの人は。普通、相手が嫌だと言っているのに勝手にこんな事します⁉
「ちょっと待って、白極さん! スカートです、私スカートなんです」
必死で下着が見えると伝えようとすると、白極さんは「チッ」と舌打ちをした後で、スーツの上着を脱いで私の下半身にかける。
……お高そうなジャケットと白極さんの香りで、頭の中が余計にパニックになりそうだ!
私がこんなに焦っているというのに、|白極《はくごく》さんはそれを気にした様子もなく私の足からソックスまで脱がせてしまう。
「白極さん! 私未経験ですから、きっと面倒ですよ!」
本当にそう思ったのよ、何を言っても聞いてくれ無さそうな彼にこれが一番効果的なんじゃないかって。そりゃあ、この年でこんな事を大声でいうのはとてつもなく恥ずかしかったけれど。
「……はあ? 何言ってんだ、お前。いいからちょっと大人しくしてろ」
そう言って足首を……いや、私の踵をジッと見ている白極さん。えっと……もしかして彼は踵フェチで理想の踵を探している、とかじゃないですよね?
「馬鹿じゃねえの、こんなに酷くなるまで我慢するとか。寝室から薬箱とってくるからそのままで待ってろ」
……え、薬箱を取ってくる? そっと足を戻して踵を確認すると、そこは新しいパンプスによる靴擦れで皮が捲れ血が滲んでいる。もしかしてこれを確認するために白極さんはあんな行動を?
そう言えば白極さんが私を抱き上げたのも、踵の痛みできちんと彼についていけなかった時だ。
「……え? まさか、そうなの?」
白極さんは自分のとる行動についていちいち説明はしないし、何をするにも突拍子でこっちは訳が分からない。でも、彼なりにその言動の一つ一つに意味があるのだとすれば……
この人って本当は凄く優しかったり……とか? もしそうなのだとしたら働けないことも無いかも、なんてちょっとだけ考え直そうとしている自分も単純だ。
こんな性格だからよく「チョロい」とか言われるけれど、何でも前向きに考えることのできる自分は嫌いじゃない。
「そ、そうよ。ここで断れば未来はホームレス、だけど受ければ……」
もう一度ぐるりと部屋を見回してみる。多少散らかってはいるものの、彼が私に興味なければ身の安全は保障されるはず。考えれば考えるほど悪い話ではないと思ってしまうから不思議だ。
「ブツブツうるせえ。それに足はそのままにしてろって言っただろうが、この耳は飾りか?」
ゴンと乱暴に頭の上へと乗せられる薬箱と、空いた左手で手加減無しにギュッと引っ張られてしまう私の耳朶。
「痛い! 痛いですよ、|白極《はくごく》さんっ」
「わざと痛くしてるんだ、物覚えの悪い奴隷の当然のしつけ方だろ?」
やっぱさっきの考えは無し! 絶対無理でしょ、こんな乱暴な人の元で奴隷生活とか。そう思って白極さんを見れば、彼はまた私の足首を持って怪我を確認している。
「沁みるくらいは我慢しろよ?」
そう言いながらも傷口を消毒する彼の手つきは驚くほど優しい。
白極さんは変な人だ。平気で酷い事を言うし、乱暴な行動だって気にせずにするような男なのに……こんなにも、彼の触れる手は温かい。
……気持ちがグラグラ揺れているのが分かる。この契約を本当に断っていいのか、もう少しだけこの人を知るべきじゃないのか、と。