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「……っ!!」
枕元で鳴り響くアラーム。
いつもならウンザリする、聞き慣れたこのメロディが心の底から有難いと思った。この世界と自分を繋ぎとめてくれる天歌にすら感じる。
「夢……っ」
白い布団を引き剥がし、清心は目を覚ました。汗で全身ぐっしょりだ。今までの映像は夢のようだけど、心臓はまだバクバクと暴れている。
“自分”に握られた腕の感触が、何故かリアルに残っていた。
夢と割り切るには鮮明すぎる。
ここまでくると非現実的な空想も慣れたもので、白露が自分の夢に現れたと解釈付けをした。
実際、幽霊なのか魔物なのか分からないが、今の彼なら何でもできるはずだ。現実世界に接触することだって難しくないのかもしれない。
何よりも今恐ろしく感じてるのは、彼の台詞。
『……また俺を忘れて、好きな人と幸せになるんだ』
あの言葉はどんな細い針よりも、心の繊細な部分を的確に突いた。
白露はひとりぼっちにされたことで俺を恨んでいる。冷静に考えればわかることだし、覚悟もしていた。だが納得してる頭とは逆に、心の方は全力で拒絶している。
身の安全を思えばこのままずっと白露に会いに行かない方がいい。情けないと思うものの、今は恐怖の方が勝ってる。
向こうの世界で見た“自分”の存在も、それに拍車をかけた。
でも“俺”が分裂して、この世界を、この街を普通に歩いているとしたら……どうして白露の半身は現れないんだろう。
彼はずっと独りなのに。そんな疑問が湧いた。
「清心さん、おはようございます」
ノックの後、寝室のドアが開かれる。顔を覗かせたのは匡だった。扉の向こうからはテレビの音、そして良い香りがしてくる。
「あの、起きられますか? 朝ごはん作ったけど」
おどおどしながら話す、変わらない様子の彼に少しだけ気が緩む。
「ありがと。今起きる」
答えると、彼は嬉しそうに頷いて去っていった。もう家事は任せっきり。彼は仕事より良い専業主夫になれそうだ。
「好きな人と、幸せに……か」
白露の言葉を反復し、前髪を乱暴に掻き分けた。
彼を忘れることが幸せなのだとしたら、自分は十年前から幸せな人生を送ってることになる。
当然、そんな自覚は一度もなかった。
忘れてることすら忘れていた。そんな状態で、自分が与えられている幸福の有難味に気づけるはずがない。
この十年は確かに平穏で幸福だった。
親友を忘れていたから……幸福だった?