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ひどい顔だ。
洗面台の前に立ち、目の下のクマを指でなぞった。今日の自分は実年齢よりずっと老けている。病院にいても何ら違和感ない容貌だった。
それでもこれから出勤しないといけない。スーツに着替えて食卓へ向かう。そこには温かい味噌汁と鯖の味噌煮が置かれていて、久しぶりに昔のことを思い出した。
「美味い。この、体の芯からあったまる感じ良いよな」
「そうですね。ご飯を食べないとやる気も出ません。とか言って、俺は食べてもやる気出ないけど」
また、彼は半分寝てるような眼で頷いた。本当に夢の世界の住人だ。もうつっこむ気はしないので、すぐに思考をスライドする。
「俺も頑張って自炊しようかなぁ……」
なめこの味噌汁をすすりながら、清心は匡の顔を盗み見た。
彼は親と疎遠らしいが、とても家庭的だ。洗濯も掃除も簡単にやってのける。問題は体調だけ。まともに働けないから収入が充分じゃない。
病気じゃないと診断されてる以上、単に働きたくないから怠けてるんだと思われてるらしい。それで親の当たりが強く、厄介扱いされてるとか。
「匡は、将来の夢とかある?」
「特には……昔はあったかもしれないけど、覚えてないなぁ」
「はは、俺も。夢って何で忘れちゃうんだろうな。憧れるばっかりで、何も行動しないからかな」
箸を置いて、ごちそうさまと手を合わせる。行く支度を済ませ、玄関へ向かった。
匡も同じように帰る支度をする。この感じも慣れてしまった。
「お前、しばらくウチに嫁に来てもいいよ?」
「しばらくって、どれぐらいです?」
「んー……お前の身体が良くなって、仕事見つけて。俺がもう大丈夫だって判断するまで」
廊下へ出て、最近回しづらくなった鍵をかける。ひんやりとした空気が二人の間を通り抜けた。
「ははっ! それじゃ当分出て行きませんよ。もちろん善処しますけど」
「おう。……いいから、また来いよ」
距離が一歩縮まる。
前に傾いた清心を、匡は優しく抱き締めた。
朝っぱらから、外でこんな真似をするなんて……少し前の自分なら考えられない。
今、自分はおかしくなってる。
弱くなってるみたいだ。
誰かに寄っかかって、受け止めてほしくてしょうがないらしい。
「大丈夫ですよ、清心さん」
こんな甘えを許してくれるのは今のところ彼しかいない。
匡。
彼の眠そうな声は眠りを誘う。このまま夢の世界に連れて行かれそうな気がした。