健の肩が大きく揺れ、背中の骨がきしむ音がした。衣服が裂け、黒い毛が一気に広がっていく。
人の形は崩れ、代わりに巨大な影が立ち上がった。
「あ……」
紗羅の喉から、息を飲む音が漏れる。
そこにいるのは、もう完全な“化けオオカミ”の姿。
けれど、瞳の奥だけは……
確かに健のままだった。
狩人が銀の短剣を握り直す。
〔今のうちだ……。〕
健の咆哮が森を震わせた。
その一声で、鳥が一斉に飛び立ち、木々がざわめく。
狩人は構えを崩さず近づこうとするが、次の瞬間……。
健は紗羅の前に立ちふさがった。
牙をむき、低く唸りながらも狩人に背を向けて。
「……守ってくれてる……?」
紗羅の声は震えていた。
狩人が一歩踏み込むと、健は森の奥へと身を翻す。
その動きは速く、紗羅の手をくわえて引っ張るようにして……
夜の闇の中へと走り出した。
〔待て!〕
狩人の叫びは、すぐに遠くへと消えていく。
森の奥、月明かりだけが照らす場所まで来ると、健はやっと立ち止まった。
大きな体を震わせながら、金色の瞳で紗羅を見つめる。
だが、その瞳に混じり始めた赤色が、ゆっくりと理性を蝕んでいく。
(……アカン、このままやと……)
健は自分の牙を見て、ほんの少し後ずさる。
そして、低くくぐもった声で言った。
『……逃げろ……』
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