「うわっ、ヤクザだ」
風間くん、声でかい。
その通り、朱虎は雲竜組に所属する現役バリバリのヤクザだ。学校の風景とマッチしなさ過ぎてヤバい。
「朱虎、なんでいるの?」
あたしが聞くと、朱虎は黒いスーツのポケットからスマホを取り出して振ってみせた。大きな手の中で、スマホがおもちゃみたいに見える。
「何ではないでしょうが。お嬢が『帰る』って連絡よこしたのに、全然出てこねえから様子を見に来たんですよ」
「あ、そういえば……さっき『帰る』コールしてたんだったっけ」
月城ショックで忘れてた。
「呼び出しといて忘れねえで欲しいですね」
スマホをポケットにしまった朱虎は、少し身を屈めてドアを潜り、部室に入ってきた。革靴のくせにほとんど足音を立てない動きは、どこか動物っぽい。
エンターキーを勢い良く叩いた環がやっと顔をあげた。
「どうも、朱虎さん」
「部長さん。いつもお嬢がお世話になってます、部長さん」
「いや。朱虎さんも大変だな」
朱虎はサングラスを外すと環に軽く頭を下げた。その視線がじろりと風間君に移動する。
「こちらは」
「あ、オレは新入部員です。一年の風間小太郎です、どーも」
風間君がぺこりと頭を下げる。朱虎は懐から名刺を抜いて、風間君へ差し出した。
「お初にお目にかかります。自分はお嬢の世話係で、不破朱虎と申します」
「世話係……っすか」
「ええ。うちのお嬢は我がままでご迷惑かけると思いますが、何かあったら自分に連絡ください」
風間君は名刺を受け取ると、「スゲー、ヤクザの名刺だ」と興味津々で眺めた。
「これ事務所にかかるんですか」
「いえ、自分に直接つながります」
「マジっすか! パねぇ~! てか不破さんメチャイケメンっすね~!」
『THE・ヤクザ』な朱虎を目の前にしても風間君はいつもの感じだ。いっそ感心する。
「パリピって強い……」
虚ろな目で二人を眺めているあたしの横で、環はまたノートパソコンのキーを叩き始めた。
「志麻、特に何もしないならもう帰っても構わんぞ」
「ん~、そうだね。朱虎、帰ろっか」
「はい。……お二人も帰られるなら、一緒にお送りしますよ」
「え、いいんすか! ラッキー」
「お嬢の大切なご学友ですから」
「パねぇ~! んじゃ駅までよろしゃーす! 環センパイは?」
環は画面から目を離さずに手を振った。
「私は結構だ。筆が乗っていてな、もう少し書き進めたい」
「ウス、じゃお疲れっす!」
風間君が騒がしく部室を飛び出して行く。朱虎はあたしの鞄を持ち上げた。
「じゃ、失礼します。――お嬢、行きますよ」
「あ、うん」
部室を出ていきかけて、ふとあたしは環を振り返った。
「ねえ環。それ、どんな話書いてるの? タイトル何?」
環は手を止めることなく答えた。
「時代もの官能小説だ。タイトルは『尼僧秘貝曼荼羅《にそうひかいまんだら》』」
部室の外で鞄を落っことす音がした。
〇●〇
「志麻センパイ、見た? さっきの対向車線の車」
滑らかに走る車の後部座席に収まった風間君は、窓の外を指さした。
「え? 見てなかったけど、どうかしたの?」
「こっち見て思いっきり驚いた顔して車揺れてたよ。さっきからすれ違う車、十人中九人は同じ反応」
「え、何で……あ、朱虎が怖いからだ」
「自分のせいですか」
「せめてグラサン外しなよ」
「いやいやいや、グラサンのせいもあるけどさ、ギャップだよギャップ!」
風間君は手を大きく広げた。
「Miniクーパーの、しかもパステルピンクモデルをバリバリのドヤクザが運転してたら、誰だってガン見するって」
「クーパー? 何それ」
「この車の名前だよ、プリウスとかアルファードとかみたいな」
「へー、そうなんだ。見た目と違ってあんまり可愛くない名前だね」
クーパーとか言うらしいこの車は、ピンクと白のツートンカラーで丸っこいフォルムをしている。あたしのお気に入りだ。
「その見た目が問題なんだって」
「何か変かな。やっぱりぬいぐるみ並べすぎ?」
フロントガラスにはずらりと、あたしが今はまってる「ようかいねこ」のぬいぐるみが座っている。お気に入りはもちもち手触りのぬっぺほふだ。
「まあちょっと引くほど並んでるけどそれじゃない。つか、ヤクザの車ったら、黒塗りのベンツかBMWっしょ」
「ヤだよそんなの」
あたしは顔をしかめた。
「だいたい、学校の前にいかにもヤクザな車で乗りつけたら、皆ドン引きでしょ。絶対ヤダ」
小学校の頃黒塗りのベンツで送迎してもらっていたら、『子どもが怪しい車に連れ込まれている』と何度か朱虎が通報されてしまったから、という理由もあるが、それは黙っておく。
「朱虎サンはこの可愛さMAXな車運転すんの、ヤじゃねえの?」
「別に」
朱虎はサングラスを取りながらさらりと言った。
「お嬢が機嫌よく乗ってくれるなら、どんな車でも構いませんよ」
「うっわ、イケメン発言パねェわ~。てか朱虎サン、いくつなんすか?」
「二十四です」
「ちょマ!? 俺ぜってー三十代だと思ったわ! オーラやべえもん!」
「そりゃどうも」
意外にも弾んでいるっぽい風間君と朱虎の会話を聞き流しながら、あたしはぬいぐるみを膝に乗せてシートの背もたれに頭を預けた。
ぬっぺほふをもちもちすると、いつもはすごく癒される。けど、今日は憂鬱な気分がなかなか去らなかった。知らず知らずのうちにため息がこぼれる。
「あ、その交差点のとこで良いっす。駅まですぐなんで」
きっ、と車が止まって我に返る。振り返ると、風間君が車から降りるところだった。
「じゃあ、またね風間君」
「志麻センパイ、まだ月城のこと気にしてんの」
降り際にこちらを向いた風間君はいきなり直球を投げてきた。内心を言い当てられて、ドキリとする。
「べ、別に、もう気にしてないし」
「ならいいけどさ」
風間君はにっと笑った。
「じゃ、志麻センパイ、朱虎サン、あざっした! また明日~!」
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