テラーノベル
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ドキドキ、バクバク──。
心臓の音に急かされるように、早足で目的の部屋まで一直線に突き進んで行く。
ペタペタと足音が鳴る床板は梅雨のせいか湿気っていて、足の裏は独特の貼り付く感触を残しながら、また次の踏み場を目掛け続ける。
ついに辿り着いたそこ、ピッチリと締め切られた襖の窪みに手を掛けて目一杯に右に引く。
中にいた人物の驚きに見開かれた瞳を諸共せず、その場に両膝と両の手のひらをベタァーッとくっ付け、畳に額を擦り合わせて声の限りに請い願った。
「阿部ちゃん!マジでッ!お願いしますッッ!!」
少しの間があってから、呆れたような小さなため息が降ってきたかと思うと、彼は言った。
「絶対に、嫌」
怯みそうになる気持ちをどうにか奮い起こす。
ここで諦めるわけにはいかない。
もう、時間がないのだから。
これがラストチャンスだぞ、と自分自身を励まし、諦め悪く食い下がった。
「そこをなんとか!!」
「嫌なものは嫌」
「やだ!ずっと考えてたんだもん!」
「他に考えた方が良いこと、絶対あったと思うよ」
「ないッ!!」
「言い切らないでよ…はぁ…」
「あべち”ゃァ”…お”願い”じま”す”ゥ”…わァ”ーんっ!」
「泣いてもだぁめ」
「一瞬だけでいいから!」
「だめったらだめっ!絶対やなのっ!」
泣き落とし作戦が完全に失敗したところで一度顔を上げ、次なる一手として、目で訴えかけてみることを思い付いた。
「 (´・ ω ・`) 」
「顔文字で会話しようとしないでよ」
「諦めらんないもん…」
「いい加減諦めて欲しいんだけどな、この話もう何十回目?」
「覚えてない」
「だろうな」
「十回超えたくらいから数えるのやめちった」
「何回でもいいよもう…はぁ…お風呂入りたいからもう帰って?」
「 (´・ ω ・`) 」
「それやめてってば」
数週間前からずっと頼み込み続けてきたその“お願い”は、今日も今日とて叶えさせてもらえなかった。話を切り上げるように阿部ちゃんは俺に背中を向けて、押し入れの中に収まっている衣装ケースから今日のパジャマを取り出そうと引き出しを開けた。
…が、直後「え…?」という困惑に満ちた吐息を漏らして、ピタリと固まってしまった。
「パジャマが一枚も無いんだけど!?え!?なんで!?」
他の段もガラガラと勢いよく全て手前に引き出し、慌てつつ屈み、その奥の奥まで覗き込んでいる。
「服が全部無い!!なんで!?」
──時は来た。この瞬間を待ち侘びていた。
なんてことを思う。
三日前、めめから良いアイデアを貰っていたのだ。それを夕飯の前に密かに実行しておき、そして今、最後のチャンス…いや、最後の作戦が動き出していくタイミングがようやく訪れたのだった。
すくっと立ち上がり、わざとらしくならないように気を付けながら、おずおずと阿部ちゃんへ声を掛けた。
「阿部ちゃん、だいじょぶ…?」
「大丈夫じゃないよっ!服が無くなっちゃったんだよ!?」
「俺の貸したげる」
「佐久間、、ありがと…」
自室から阿部ちゃんに似合いそうな服を一式持って、また戻る。
阿部ちゃんは押し入れの中に入り込み、衣装ケースの裏を覗き込んでいた。
「阿部ちゃん、持ってきたよ」
「んわ、ありが…、…なんの真似だ?」
しゃがんでいた膝を伸ばしてこちらを振り返った阿部ちゃんは、俺が持っていた服を見ると怪訝そうに眉を寄せた。
俺が掲げる腕の先にあるものは──。
「メイド服です!」
そう。これを着て欲しくて、最近はずっと阿部ちゃんの後を着いて回っていたのだった。
「……あはははっ!佐久間ったらほんとに、んははっ、もう…ふふふっ…」
──ぁ…やば…にんまりしてるけど目が笑ってない…。
そう思ったが時すでに遅し、阿部ちゃんはもう既に口を大きく開け、深く息を吸い込み始めていt**「これのどこがパジャマだよバカァァァッ!!」**
「えぇー!?阿部ちゃんに一番似合う服、俺これしか持ってないんだもんーっ!」
「パジャマなんだから似合ってなくていい!!ていうか似合うってなんだ!!」
「ナースと迷った!」
「迷う選択肢は「メイドさんかナースさんか」じゃない!せめて部屋着かパジャマかで悩め!」
「そっちだったかぁーっ!」
「ぁぁ…眩暈する…」
「だいじょぶ?」
「誰のせいだと思ってんの…もう…俺の服どこ行ったの…」
「俺の部屋」
「…………は?」
「俺が隠した!」
「何してくれてんだてめぇ」
「下着以外全部無かったら着てくれるって…めm」
「ぃってぇ…」
「パジャマは康二に借りる。メイドさんは没収」
「え”っ”!?!!やッ!やだっ!やだぁーっ!」
「佐久間が諦めたら返してあげる」
「てことは一生返してもらえないじゃん…」
「永遠に諦めない前提があるのはなんでなの」
「え?逆になんで諦められんの?絶対無理なんだけど」
「…もう頭痛い…お風呂入るから、上がるまでに服全部戻しといて」
「ぁっ、、あべちゃ…まって……」
伸ばした手は阿部ちゃんに届かないまま、彼はスタスタと部屋から出て行ってしまった。
一人取り残された体をノロノロと自室へ向かわせ、三往復ほどして阿部ちゃんの服を全て綺麗にしまい直したが、その間しょんぼりとした表情はずっと取れなないままだった。
翌朝も、起き抜けから眉は下がりっぱなしだった。
顔を洗ってみても、歯を磨いてみても、朝風呂に入ってみても、落ち込んだ顔は晴れなかった。
みんなと顔を合わせる朝ごはんの時間には、いつもの癖でなんとか明るい表情に戻れたが、心の中ではため息ばかり吐いていた。
──はぁ…今日誕生日なのに…。
──ちょっとくらい着てくれたっていいじゃん…。
「佐久間、おめでと」
「…っぉ、んにゃ?」
「たんじょーびでしょ?康二が教えてくれた」
「ぉー!そだよん!ありがとな!」
今日ほど、翔太の透明な優しさが胸に沁みた日は無いかもしれない。
心なしか、目に涙の膜が張っていくような気さえした。
済んだ食器を下げて部屋に戻り、身支度を整えていく。
「っし、元気出さなくちゃ…!」
今日は、お出かけする。
せっかくの時間を、暗い気分のまま過ごすのは勿体無い。
なんてったって今日は…。
「佐久間くん、準備できました?」
「おいてっちゃうよー?」
めめと阿部ちゃんと、デートする日なんだから。
今日は俺の誕生日ということで、全てお任せのコースとなっているため、まだどこに行くのかは知らされていない。
サプライズにしたいのだろうかと思うと、なんだか可愛らしかった。
玄関先でみんなに見送ってもらってから、めめに着いて行った。
到着した場所は、とあるビルの2階だった。
看板と入り口のドアに付けられた小窓に貼ってある肉球の模様を見て、一つの推測が頭に浮かぶ。
「…もしかして、猫カフェ…?」
「正解」
「佐久間猫好きって言ってたから、めめと相談して決めてたの」
「俺からのプレゼント」
「ぅぉおおおーっ!ありがと!」
:
:
「おいで〜、おやつだよ〜」
「みゃっ!」
「にゃん!」
「ぅなぁ〜」
:
「あの子かわいい」
「みゃぅぅ〜…」
「ん?めめはあの子と仲良くなったの?」
「抱っこすると怒って逃げちゃうんだけど、ほら、ちょっと遠くからずっと俺のこと見てるの。興味は持ってくれてるんだろうけど、近すぎるのはだめみたい」
「ふふっ、恥ずかしがり屋さんなのかな?かわいいね」
「うん、阿部ちゃんみたいで可愛い」
「…っ、ばか…っ、」
:
「ゴロゴロ…」
「んわぁ!鳴らしてくれた!あはっ、かわいいっ!」
「んにゃぁ」
「んー?ちゅーする?ん〜…」
「んにゃ、うにゃ」
「あはぁ、、幸せ…」
:
:
可愛い子たちに囲まれた空間の中で、天にも昇れそうなほどに幸せな時間を過ごすことができた。
店を出る前に、三人で服に付いたふわふわの毛をコロコロし合う。
「めめ、佐久間の分はともかく、俺自分でお金出したのに」
「ん?なんで?」
「なんでって…お給料もらってるし、俺の誕生日じゃないのに」
「彼女にはお財布出させない主義だから」
「ぁ…っ、ありがと…、、っ…」
「それは俺も同感!次は俺がご馳走すんね!あ、ねねね!この後はどこ行くの?」
「お昼ご飯食べに行く」
「おー!いいね!どこ?」
「しゃぶしゃぶ」
「昼から!?やったぁーっ!そのあとは?」
「阿部ちゃんが本屋さん行きたいって言ってたからそこ行って、帰るかな」
「おっけー!」
「お腹すいたね、そろそろ行こっか。めめ、コロコロいい感じ?」
「うん、大丈夫」
「ありがと。佐久間も…うん、大丈夫」
「ありがと!めめのも終わったよー!」
「ありがと佐久間くん」
しゃぶしゃぶの食べ放題屋さんで、お腹いっぱい豚しゃぶにゴマだれをかけて食べた。
タレも調味料もたくさんの種類があって、時折ラー油や豆板醤なんかも混ぜて味変も楽しんだ。
ぽこっと膨れたお腹をさすりながら三十分程歩いて本屋に辿り着くと、カプセルトイの大きなコーナーを見つけたので、そこに向かって一目散に駆け出した。
「ガチャガチャしたい!俺行ってくる!」
「はいはい、行ってらっしゃい」
「ぅははっ、子供じゃん」
手前の列の端から順番に、いいものがあるかじっくりと探して行った。
好きなアニメキャラクターのキーホルダーがあったらいいな、という思いだった。
リアルな爬虫類のマスコットがあったり、有名なお菓子のパッケージそっくりの小さなポーチがあったり、ミニチュアの家具や化粧品などなど、たくさんあった。
その後、偶然巡り会えた推しのアクリルキーホルダーのカプセルトイに十回挑んだ。
一回回してみると、たちまちコンプリートしたくなってしまって、ダブりもしたが、十回目でようやく全種六類を集めることができた。
「この子たちは三つお迎えできた、うん、飾る用と保存用と布教用で…」
「佐久間くーん、帰るよー」
「ぁっ、いま行くーっ!」
遠くから俺を呼ぶめめの声を聞き、また駆け足で出口まで戻って行った。
屋敷に帰ると、玄関まで美味しそうな匂いが漂ってきていた。
「今日のご飯なんだろね」
「そういえば、康二すげぇ張り切ってたなー」
「そうだったね。腕が鳴るって言ってたよ」
「え!すげぇ楽しみ!」
「みんなおかえりなさい!佐久間くん迎えに来たよ!」
「え?俺?」
「康二くんから指令もらってるの」
「んにゃ?」
「目隠しした状態で入ってきて欲しいって。で、みんなで話し合って、身長差があった方がお互い歩きやすいんじゃない?って結論になったから、僕が迎えにきたって感じ」
「なぁるほどー!そゆことね!」
「じゃあ行こー!目のとこ押さえていい?」
「いいよーん」
ラウールに目を覆われながら、二人で縦に列を成して不思議な体制で居間まで向かった。
「はい、着いたよ。みんな準備おっけー?」
「「「おっけー!」」」
「じゃあ手どけるよ?さん!」
「「「にー!」」」
「「「いーちっ!!」」」
パンッ!!パパンッ!!!
「佐久間!誕生日おめでとーっ!」
パッと視界が明るくなった瞬間、大量の紙吹雪が目の前に飛び込んできた。
「うははっ!みんなありがとーっ!体中紙だらけじゃん!…へッ……!?」
目を開けた瞬間にクラッカーを鳴らしたくて、康二はこの演出をしたのだろうかと思ったが、そうではなかったかもしれなかった。
腕にくっ付いた紐状の紙を纏めようと視線を下げたとき、大きなちゃぶ台の上に広がる晩ごはんに目を奪われた。
それらは、どれも見覚えのあるおかずたちばかりだった。
何回も見た、何度も見返してきた、あの、あの…ッ!!
「メイドっ娘のご飯じゃん!!?!?」
俺が好きなアニメに出てくるご飯が、ちゃぶ台に乗り切らないほどに広がっている。お皿の色も、付け合わせのミニトマトやパセリの配置まで、完璧に再現されていた。
俺の声に嬉しそうに反応したのは、康二だった。
「せやで!一ヶ月ぐらいずっと研究してたんやで!俺からのプレゼントや!」
「一ヶ月も!?ありがと!すげぇーーっ!!勿体無くて食べれない!」
「それはアカン!頑張ったんやから食べてや!」
「んにゃはははっ!ありがとね!」
「冷めちゃうから早く食おうぜー」
「そだねん!食べよ食べよ!」
「「「いただきまーす!」」」
:
:
「んでね翔太、このロールキャベツは一期の五話で出てくるんだけど、主人公が、友達が落ち込んでる時に励まそうと思って作ったおかずだったの。完成したのをその子に出すシーンの感動はさ…何回見ても…っ…」
「涼太、きゃべつだって」
「きゃ!」
「…どうする?しょっぴーにアニメの話し始めて、多分もう三十分以上経ってるよね?」
「そろそろケーキとプレゼントの時間にせな、ちびっ子たちの寝る時間遅なるな」
「てかさ、佐久間は気付いてない感じ?」
「ん?」
「翔太あれ絶対聞いてねぇだろ。あんだけの文字数あって、残ったの「きゃべつ」の四文字だけよ?要約が過ぎるだろ」
「ふっか、佐久間は聞いてなくても喋り続けるの」
「すごいメンタルだよね」
「阿部ちゃんとめめはやっぱり慣れてるねー」
「暇さえあればだからねぇ」
「楽しそうではあるけど、現場でされたら俺いつかキレるかも」
「このオムライス三期のじゃん!翔太翔太、一番最初に作ったのは一期の二話で、卵がフライパンにくっ付いちゃったんだけどさ、三期になると成長した主人公がフワッフワのやつ焼けるようになるんだよ!しかも!味が!ケチャップからビーフシチューソースに変わんの!」
「涼太、ふわふわ、だって」
「うぁ!もきゅ、むぐっ」
「さっくーん」
「佐久間ー」
「俺はケチャップもビーフシチューもどっちも好きなんだけどさ、あぁ成長したんだなぁーって思いながら見てるとさ……っ、」
「阿部ちゃーん、お願い」
「え、俺?」
「以外無理くね?」
「はぁ…もう…」
「…ッあぁ、もう同時に食べたいって思うよね、今までの彼女の人生みたいなものを振り返りながらs「佐久間ァ”ッ!」ァひゃいッ!!?」
「ケーキとプレゼント、いらない?」
「いッ!いります!欲しいです!」
「なら早く食べて?みんなもうご飯終わっちゃうよ?」
「あれ、そんなに経ってた?ごめんごめん!」
全く自覚はなかったが、ついつい話し込んでしまっていたらしい。
作ってもらったご飯を食べ終えて、甘さ控えめのケーキも目一杯に頬張った。
全員で食器を下げた後で、みんなからプレゼントをもらった。
「これ僕から!」
「ラウありがと!え!カーディガンじゃん!こういうの好き!」
「よかったー!」
「佐久間、これ俺と涼太で作った」
「わ!ねこ!かわいい!粘土で作ってくれたの!ありがとな!」
「しっぽは涼太が作ったんだよ」
「…くぁぅ…しゅぴ…ぁゅ…」
「ぁや、寝かけちゃってる…ごめんねぇ、眠かったね…」
「俺と康二からは、形は残らないけどデートとご飯のプレゼントって感じ」
「ちょー美味しかったし、ちょー楽しかったよ!ありがと!」
「こちらこそ、作んの楽しかったで」
「はい、これ俺から」
「阿部ちゃんありがと!もこもこパジャマ!」
「夏用と冬用と一着ずつね、これからもっと暑くなるし、寒くなっても平気なように」
「猫柄だ!かわいい!ありがと!」
「俺とふっかで一つしか用意できなかったんだけど、部屋行った時に見てみて」
「えー!なになに!気になる!」
「なら今見てきな?」
「行ってくるっ!」
ふっかと照が用意してくれたというプレゼントを見ようと、自室まで小走りで向かった。
何があるのかとワクワクしながら襖を開けると、部屋の隅に、乳白色の蛍光灯の光に輝く、大きくてまだ空っぽのガラスケースが置いてあった。
「え!?は!?うそ!?」
目に映るものが信じられなくて、大急ぎで居間へ引き返した。
「ふっか!照!あれ!!」
「大切にしろよー?結構高かったんだから」
「配線隠すの大変だったんだからね」
「マジありがと…ガラスケースに嫁飾るの夢だったの…嬉しい…」
一人ずつとハグをして、みんなにもう一度心からの感謝を伝えた。
「ホントにありがと…っ!」
お風呂から上がったあと、部屋に戻って父さんと母さんとユキちゃんからもらった手紙を読み返した。
これを読んでいると、「誕生日おめでとう」と言ってもらえたような気持ちになる。
毎年読み返すのもいいかもしれないな、なんて考え事に耽っていると、遠くから「大介くーんっ!」と俺を呼ぶ声が聞こえてきた。
廊下に出てみると、親父がこちらに駆け寄ってきていた。
「親父!!お仕事じゃなかったっけ!?」
「間に合ってよかったぁ!」
「間に合うって、そんないいのに…!」
「ううん、大切な僕の子のお誕生日だもん、絶対お祝いしたかったの、ふふ」
「親父〜っ!!ありがと!!」
「今日はどんな一日だった?」
「今日はね!めめと阿部ちゃんと出かけて、夜はみんながパーティー開いてくれて、康二が俺が好きなアニメに出てくるご飯いっぱい作ってくれたんだよ!」
「ふふ、そうだったの、楽しかった?」
「うん!すっげぇ楽しかった!それにね!みんながプレゼントくれたの!見て!見て!ふっかと照がガラスケース買ってくれて、組み立ててくれたの!」
「わぁ!とっても大きいね!この子達を並べるの?」
「そう!この後やんの!」
「楽しみだね」
「あとねあとね!これ、翔太と坊が作ってくれたんだよ!」
「わぁ!かわいいし上手だね!猫ちゃん?」
「そうなの!坊ね、毎日少しずつおっきくなってってるよ」
「そっか、ふふっ、そっか…」
「やっぱ寂しい?」
「そりゃぁね、すっごく寂しいよ。でも、僕は涼太がいてくれるから頑張れる、みんなが毎日笑っててくれるから頑張れる。会えない間、みんなのことを考えない瞬間はないくらい、みんなは僕にとってかけがえのない大切な家族なの」
「えへへ、嬉しい」
「いろんな親がいるけど、子供のことが大切じゃない親なんて、きっといない。愛し方がそれぞれ違うだけって、僕は信じていたいんだ。理想論すぎるかな…そうじゃない親もいるって、僕も見聞きしたことはあるから…」
「…全員がそうじゃないっていうのは俺も思うけど、でも俺も、親父みたいに信じられるようになったよ」
「僕たちが出会った時よりも前から、大介くんはそれを無意識に分かってたからこそ、僕のこともずっと大切にしてくれるんだって、そんな気がしてるよ?」
「当たり前じゃん!親父は恩人だもん!」
「ふふっ、もう寂しくない?」
「へ?」
「そのプレゼント、ずっと大切にして差し上げてね」
そう言って親父が取った俺の手の中には、父さんと母さんと、ユキちゃんからの手紙がまだ握られていた。
そのあとすぐに、親父はまた次の仕事に出かけて行った。
俺の誕生日を祝うためだけにわざわざ帰ってきてくれたんだと思うと、「ありがとう」という言葉だけでは足りないほどに感謝しかなくて、同時に申し訳なかった。
玄関先で親父を見送り、また部屋へと戻った。
再び一人の時間ができたので、好きなアニソンをスマホから流しながら鼻歌混じりにガラスケースの中に嫁を並べていく。
配置をどうしようかと考えていると、部屋の外から「佐久間くん、入るよ」と声がかかった。
「あれ、めめ、どったの?」
「佐久間くんにこれ、届いてた」
「んにゃ?…果たし状?」
「果たし状くれる子、最近いなかったよね」
「んね!久しぶりにもらったかも!なになに…?」
真っ白い封筒の中に入っていた紙を広げて、書かれている文章を読んでいった。
『今夜、ここに来られたし。』
メッセージはそれだけで、そのすぐ下にはネットで検索したであろう地図が一緒に刷られていた。
そこまでを確認した上で、素朴な疑問をめめにぶつけてみることにした。
「ねぇめめ、パソコンで作った果たし状って見たことある?」
「今んとこは無いかな」
「見てこれ、手書きじゃなくてコンピューターの文字なの」
「見やすくていいね。渡してきてくれる子の字って、大体読めないから」
「んね。丁寧な子もいたもんだねぇ。とりあえず行くかぁ。めめも行く?」
「いや、今日は佐久間くんに譲るよ」
「そ?んじゃ行ってくんねー」
「いってらっしゃい、楽しんで」
「うん、いい子そうだったらスカウトしてくるよん」
地図を頼りに歩き、辿り着いた場所は何の変哲もないただのホテルだった。
明かりがそこかしこに煌々と灯っているあたり、ちゃんと使われている建物なのだろう。
こういうのは廃墟に呼び出されるのが定番なので、珍しさを感じた。
果たし状には部屋番号も書いてあったので、エレベーターでその階まで昇り、指定されている部屋の前に立った。
──室内戦か。天井の高さと部屋の広さによっては、あんまり飛び跳ねたりできないかもな。
──まぁ狭いなら狭いで、家具とか壁とか使わせてもらおーっと。
ある程度のイメージトレーニングをしてから、一気に扉を開け放つ。
その先には廊下があるだけで、まだ果たし状を送ってきた子の姿は見えなかった。
廊下と奥の部屋とを隔てるドアのノブに手をかけ手前に引くと、まずは首だけ隙間に突っ込ませて室内の状況と状態を確認していく。
──うん、広さはいい感じ。天井も高いし、これなら自由に動けそ…
「…ッゥァ”!?」
ぐるっと部屋の中を見回したあと、とてつもない衝撃が背中に走った。
痛みとかではない。
俺の目は、ただただ一直線に、部屋の中にある大きなベッドの上に釘付けになった。
そこに腰かけていた子は、こちらに気付くと不機嫌そうにぷくっとほっぺたを膨らませながら、ぽそっと一言だけ言った。
「…おそい」
その細い脚を組み直したのは──。
俺の目の前でふんわりとした短いスカートを揺らめかせたのは──。
──阿部ちゃんだった。
「あ、ぁあ、あ、ア。ぁッ、あ、ア」
「…そんな見ないでっ…!」
「あぁあぁべちゃん!!!??!それ昨日!!」
「…なに、やっぱ似合ってなかった?」
「滅相もございません!似合いすぎてます!!」
「…それはそれで複雑なんだけど…」
「でも、なんで。。。絶対やだって…」
「“屋敷の中では、絶対に嫌”って最初に頼まれた日に言わなかった?」
「ぁ、ぁぅ、、あっ、、ひゃ、ァアア…」
「誕生日なんだし、っ、か…彼氏…のお願いくらい、いくらでも聞くよ…っ」
「あべちゃぁぁぁぁああぁああああああ!!!」
手に握っていた果たし状を放り投げて、阿部ちゃんの胸に思い切り飛び込んだ。
昂る気持ちなんて全く抑えられなくて、衝動のままにその首元に擦り付いた。
「ぁははっ、くすぐったいよ佐久間」
「好き…だいすき……ちょーしあぁせ…」
「大袈裟だなぁもう」
「ね、あべちゃ、ちゅーしてい?」
「…お好きにどうぞ…んんぅ!?ちょ、はやっ…!まっ…!」
「んっ、はぁっ…ちゅ…」
「ん、ふ…ぁ……、さくま…っ…」
酸欠に潤む目尻を撫でてから、その頬も親指の腹で撫ぜる。
ベッドから降りて、その右脚が纏う白く長い靴下を歯で噛んで、少しずつ下に下ろしていく。
時折上目でその表情を伺えば、口元を両手で覆い恥ずかしそうに眉を寄せる愛しい人。
左脚にもぴっちりと嵌まったニーハイに中指を引っ掛けて、太腿の感触を楽しむように撫でるついでに、ゆっくりとずり下ろす。
右の膝から、つぅ…と上に向かって舌を滑らせると、切なそうな吐息が漏れるのが聞こえてくる。
ミニ丈のスカートの中にあるふわふわのパニエは、何層にも重なり合ってその奥を隠す。
この生殺しにさえ、全力で興奮していた。
脱がしたいのに、暴きたくなくて。
乱したいのに、汚したくなくて。
男の欲望とオタクの美学が、取っ組み合いの喧嘩をしている。
これを、人は葛藤と言うのだろうか。
差し出された内腿には筋肉と肉との境界線を控えめに主張するような、うっすらとした線が浮かんでいる。
それだけで目眩がする。
骨ばった膝から下、脹脛の真ん中でくしゅくしゅに縮んだニーハイが、余計にその細さを際立たせている。
それだけで血が沸騰する。
膝の裏に手を滑り込ませて持ち上げて、内腿に口付ける。
それだけじゃ物足りなくて、柔く歯を立てては舐めて、また甘く噛んで。
「ぁっ…さくま、ひゃ…っ、まって…」
「んちゅ…むり…かぷ…」
「ぁ”ぅッ!?まって、ほんとにっ、おねが…」
「…ん?どしたの…?」
「さくま、ここ、すわって…」
「にゃ?座るの?」
つま先に口付けを落とそうとしていたところでストップがかかり、促されるままベッドに座り直すと、反対に阿部ちゃんは立ち上がって、すぐに俺の前に膝をついた。
しゃがんだ拍子に宙を舞ったエプロンとスカートの中を、覗き込むようにして凝視してしまったのだが、これに関しては反射神経だったのでどうか許してほしい。
何をするのかその動向を見守っていると、阿部ちゃんは徐に震える手で俺のスラックスに手を掛けた。なんとなくで阿部ちゃんのしたいことを察した瞬間、思わずその手を抑えた。
「あ、あべちゃっ…!無理しなくていいから!」
「してないっ!」
「大丈夫だからっ、、いつもみたいに全部俺にさせて…?」
「やだっ…今日はだめ…」
「でも…手震えてるし…」
「やだ…?」
「へっ?」
「っ、おれが、、ぁ、ぅ…えっちなの、いや…?」
「〜〜ッ”!!!!!!」
不安そうで、目がうるうるしていて、せっかく振り絞ってくれた勇気を俺が台無しにしてしまったからなのか、阿部ちゃんはその状態で顎を下げたままじっと見つめてくる。
フリルのついたカチューシャのすぐ下で、普段は髪に隠れていてあまり見えない両耳の先がぴょこっとこちらを覗いている。
それは真っ赤に熟れていて、正直今すぐにでも齧り付きたかった。
──もう十分えっちだよォ…!!!
「そんなことない、全部大好きだよ」とカッコよく答えようとしたところを「大好物です」と言い間違えると、阿部ちゃんは安心したような、嬉しそうな顔になって、止まっていたその手でもう一度ファスナーを下ろし始めた。
:
:
「んは…ぁッ、あべちゃ…」
「んぐ…ぅ”…、ん?ぁに…?」
「っく…そこでしゃべんないでっ…ぁッ、ぁはっ、一生、っ、メイド服、返してもらえなくても…っいい、ッかも…っふ…」
「んぁ…?なんれ…?」
「今着てくれてんのに、っふ、まだ全然諦めらんないし、く、ぁッ、はぁ…また阿部ちゃんが……っ、にゃはっ…、っん、サプライズで着てくれるかもしんない…っじゃん?、ッぁ…」
「んふふ…っ、なら、一生…離さないで…っ、佐久間のためじゃなきゃ、こんなこと…絶対しないんだから…っ、んぁ…はむ…んぐ…っ、…ちゅぅ……じゅぷ…」
「〜ッ…っんふふ、仰せのままに、お姫様」
苦しそうな吐息。
ぎこちなく上下するその後頭部。
全部愛おしくて、好きすぎて苦しくて、いつまでもいつまでも見つめていたいけれど、流石に俺も限界で。
ずっと我慢していた、その美味しそうな耳に唇を近づけて吐息混じりに優しく噛み付けば、篭もったその甘い声に全身が溶けていった。
07.05 Happy Birthday,Daisuke.
:
:
:
おまけトーク
〜恋人たちの“メイドさん没収作戦”〜
「めめ聞いて…」
「どうしたの?」
「佐久間がメイド服着て欲しいって…三日後の自分の誕生日に…」
「? いいんじゃない?」
「それはいいんだけどさ…、うん…その日だけなら…」
「なにかあったの?」
「初めて頼まれたのが、一ヶ月前だったの」
「佐久間くん準備早いね」
「…で、それから毎日頼みに来るの…」
「熱意すごいな」
「最初の日に「屋敷の中では嫌」って曖昧なこと言っちゃったからかな…「一枚写真撮らせてくれたらそれでいいから!」ってとこまで来たよ…」
「せっかくなら、誕生日に着てあげた方がいいと思うけどな」
「でしょ…?すっごく恥ずかしいし、なんなら着る勇気未だに無いけどさ…頼まれた時から誕生日に着てあげようかなって考えてたのに、どんどんハードル下げてくるから、なんか…なんか…」
「佐久間くんも、もうダメ元なのかもね」
「多分ね。「せめて!」が最近増えたもん…あっさり終わりにするのもなぁってずっと悩んでる…はぁ…どうしよう…あと三日、どうやって乗り切ったらいいと思う?」
「んー、、もうずっと断わり続けてみたら?」
「え、そうくる?」
「で、どこかで服回収しといて、下げて下げて、最後にサプライズで着て、テンション上げてあげるのはどう?」
「なるほど…、でもどうやって回収する?メイドさんは佐久間が持ってるの…勝手に持ち出すのはさ、流石に…」
「俺に任せて」
「ん?」
「阿部ちゃんが、正々堂々メイドさん没収できるようにしてあげる」
「…え?没収?」
「ぁ、そうだ。果たし状作っておいてくれる?」
「は、果たし状って…?」
「「ここに来て」ってメッセージと、集合場所だけ書いてあれば大丈夫だよ」
「よくわかんないけど、wordでいい?」
「? いいんじゃない?」
続
三文小説
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コメント
7件
えーーーっとすみません続きが読みたいです!!!!🩷💚((殴 ほんと🖤🩷💚カップルが好きすぎる😊

どエロい🩷さんと、「大好物」と言われて喜ぶ💚ちゃん、やばい。 マジでやばい😳
