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スタートヽ(*^ω^*)ノ
それからというもの、
レトルトは毎日、飽きることなくキヨにぴたりと張り付いていた。
『キヨくーん、おはよー!!』
『ねぇねぇ、キヨくんこれどう思う?』
『キヨくん、今ちょっと時間ある?』
……あるわけがない。
仕事中だろうが構わず、
キヨくんキヨくんと声をかけてくるし、
しまいにはトイレに向かおうとしたキヨの後ろを、
当然のようについてこようとする。
「おい!ついてくるなよ!」
慌てて止めれば、
『えー、なんでー?』と心底不思議そうな顔。
もちろん昼ご飯も、
気づけば当たり前のように隣に座っている。
断る隙もない。
いや、正確には――断れない。
(なんなんだよこいつ……)
そう思いながらも、
隣から聞こえる声や、何気ない距離の近さに、
キヨの心臓は毎回うるさくなる。
しかも厄介なことに、
レトルトは仕事がとんでもなくできた。
要領がよくて、空気も読めて、
報告もプレゼンも完璧。
「レトルト君、助かるよ」
「本当に優秀だね」
上司からの評価もうなぎ登りで、
あっという間に職場の中心人物になっていく。
その様子を横目で見ながら、
キヨは心の中で小さく舌打ちした。
(なんでだよ……
俺にだけ、あんな調子なのに)
仕事ができる姿に、
ちょっとだけ誇らしい気持ちと、
それ以上のモヤっとした気持ち。
レトルトがこちらを見て、にこっと笑う。
『キヨくん、今日のお昼も屋上でいいよね?』
その一言で、
胸がまた、きゅっと鳴る。
――今日も今日とて、
キヨの心臓は忙しい。
この距離、この声、この笑顔。
ドキドキしすぎる日常は、
まだしばらく終わりそうになかった。
レトルトに振り回される毎日にも、キヨは少しずつ慣れてきていた。
……はずだった。
鏡に映る自分の顔を見て、キヨは思わずため息をつく。
青白い頬。
日に日に濃くなる目の下のクマ。
「……ひどいな、これ」
本来、ドムとサブは
“プレイ”と呼ばれるコミュニケーションを通して、
お互いの心身のバランスを整える。
声を使い、距離を使い、信頼を重ねる。
それは欲望のためだけじゃなく、
生きるために必要なものだった。
けれどキヨは違った。
後天的にドムへと転じたせいか、
コマンドは弱く、声にも自信がない。
相手を導くどころか、
自分の感情すらうまく扱えない。
当然、パートナーなんて見つかるはずもなく。
結局キヨは、
制御剤に頼って日々をやり過ごしていた。
飲めば楽になる。
波立つ感覚は静まり、
余計な衝動も、胸のざわめきも抑えられる。
……はずなのに。
(最近、効き悪くないか……?)
理由は分かっていた。
職場で、隣にいるあの男。
距離の近さ。
無邪気な声。
まっすぐ向けられる好意。
『キヨくん、大丈夫?』
ふいに、レトルトが覗き込んでくる。
『顔色…悪いで。ちゃんと寝てる?』
その声だけで、
胸の奥が、じわっと熱を帯びる。
(……やめろ、今それは)
制御剤を飲んでいるはずなのに、
レトルトの声は、
まるで直接触れられているみたいに響いた。
キヨは慌てて視線を逸らす。
「だ、大丈夫だって。ちょっと疲れてるだけだから」
『ほんま?』
レトルトは納得していない様子で、
少しだけ眉を下げた。
『無理しないでな?俺、キヨくんとならプレイしても…』
「大丈夫だから!!」
レトルトの言葉を遮る様にキヨは言葉を被せた。
レトルトの言葉が 胸の奥に、静かに刺さる。
キヨの胸の奥には、ずっと変わらないひとつの想いがあった。
プレイは、本来お互いを満たすための行為だ。
役割に従い、声を使い、反応を確かめ合う。
それ自体は、決して悪いものじゃない。
けれどキヨは、どこかでそれを
「手順」や「処理」のように感じてしまっていた。
決められた言葉。
決められた反応。
満たされるためだけの、事務的なやり取り。
――そんなプレイは、どうしても好きになれなかった。
キヨが欲しかったのは、
役割じゃなくて、関係だった。
声をかける理由が、
命令だからじゃなく、想っているからであってほしい。
委ねられるのが、
本能じゃなく、信頼であってほしい。
「この人の声なら、”受け入れたい”」
そう思って貰える相手とじゃなければ、
キヨはプレイをしたくなかった。
それは不器用で、
効率も悪くて、
ドムとしては致命的なくらい面倒な理想。
けれど――
その理想だけは、どうしても捨てられなかった。
――もし、
自分の声に、ちゃんと力があったら。
そんなことを考えてしまう自分が、
いちばん厄介だった。
日に日に悪くなる体調を、
キヨは薬で誤魔化し続けていた。
――大丈夫。
――まだ、いける。
そう言い聞かせていた、その矢先だった。
仕事中、同僚に呼ばれて立ち上がった瞬間、
ぐらり、と視界が大きく揺れる。
「あ……」
足元が抜けたような感覚。
次の瞬間、床がやけに近くなっていた。
「キヨ!」
すぐに誰かが駆け寄る気配。
腕を支えられ、名前を呼ばれる。
「大丈夫か、キヨ!」
聞き慣れた、低くて落ち着いた声。
ガッチマンだった。
「……だい、じょぶ……」
そう言おうとしたのに、
言葉は途中で途切れた。
ガッチマンは一瞬キヨの顔を見て、
すぐに状況を察したように眉をひそめる。
「……まさか、まだパートナー見つけてないのか?」
キヨは答えられなかった。
「まったく……」
小さく呟いてから、
ガッチマンは迷いなくキヨを抱き上げる。
キヨと同じドム。
けれど、生粋のドムでコマンドの力も強く安定している男。
その腕は驚くほどしっかりしていて、
抱えられると、不思議と呼吸が楽になった。
「ちょっと医務室に連れて行ってくるね」
そう言って、
ガッチマンはキヨを抱き抱えたまま医務室へ向かう。
意識がはっきりした頃には、
キヨは医務室のベッドに寝かされていた。
白い天井。
消毒の匂い。
椅子に腰掛けたガッチマンが、
腕を組んでこちらを見下ろしている。
「……なあ、キヨ」
少し、声のトーンを落として。
「そろそろ本気で考えなよ。
パートナーのこと」
キヨは目を逸らす。
「……簡単に言うなよ」
「簡単じゃないのは分かってる」
ガッチマンはため息をつく。
「でも、制御剤に頼り続けるのは限界がある。
今日みたいになる前に、手を打たないと」
一拍置いてから、
ふと思い出したように続けた。
「そういえばさ。
最近入ってきた、あの子」
キヨの胸が、ぴくりと跳ねる。
「……レトルトのこと?」
「そう、その子」
ガッチマンはにやりと笑う。
「どうなの?
あの子、どう見てもキヨのこと好きそうだけど」
「……っ」
反射的に否定しようとして、言葉が詰まる。
「……あいつは…ダメだ。」
キヨは絞り出すように言った。
「それに俺は、ドムとして……向いてない」
ガッチマンは、しばらく黙っていた。
そして、静かに口を開く。
「向いてるかどうかじゃない」
キヨを真っ直ぐ見て、言う。
「キヨが“どうしたいか”だろ」
その言葉が、胸に落ちる。
「俺は…あいつを…満足させてあげられない…」
今までの事を知っているからこそ、ガッチマンは何も言えずただ下を向いていた。
――こんな出来損ないの俺をレトルトだったらどう思うだろう。
失望するだろうか。
嫌われてしまうだろうか。
キヨは、ゆっくり目を閉じた。
逃げ続けるのも、
誤魔化し続けるのも、
もう限界だった。
キヨの心は、
静かに、でも確実に――
レトルトの方へ傾き始めていた。
続く