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みぅです、読みました🥀 透花ちゃんが勇気出して話しかけてきたシーン、すごくじんわり来ました…「前より話しかけやすい」って言葉、めっちゃ重いよ。主人公が一歩ずつ変わってる証拠だよね。瑠亜くんの仮面みたいな笑顔が逆に不気味で、これからどう転ぶのかハラハラする。空気に「ひび」が入ったって表現、すごく好きです🌙
叔父の家から学校へ向かう朝は、まだ少しだけ落ち着かない。
久城家から通っていた時とは道も空気も違うわけじゃない。
制服も同じだし、校門をくぐれば待っているものも大きくは変わらない。
それでも、身体の重さだけは前よりましだった。
朝から責められもしない。
露骨に無視されることもない。
誰かの機嫌をうかがいながら食卓に座る必要もない。
その程度のことで、人間は案外まともに動けるらしい。
もっとも、完全に気が緩んだわけではなかった。
校門をくぐった瞬間、背中にいくつかの視線が刺さる。
ただ、その質が以前とは少し違う。
前ならもっと単純だった。
また問題を起こしたやつ。
弟に迷惑をかける兄。
面倒なやつ。
危ないやつ。
触らない方がいいやつ。
そういう決めつけが、何も考えずにこちらへ向けられていた。
しかし、今も視線はある。
ひそひそ声もある。
だが、その中に迷いが混じっていた。
「でも、押したの見た人いないんでしょ?」
「いやでも、瑠亜くん落ちたのはほんとだし……」
「でも久城って、あの時すぐ保健室連れてったんだよね?」
廊下の端で交わされる小さな声。
聞こえないフリをして通り過ぎる。
完全に追い風へ変わったわけじゃない。
ただ、あの乃亜が悪いに決まっている、で閉じていた空気に小さなひびが入っている。
その事実だけで十分だった。
教室へ入ると、朝のざわめきが少しだけ揺れた。
何人かがこちらを見て、すぐに視線を逸らす。
露骨な敵意ではない。寧ろ俺をどう扱えばいいか迷っている顔をしていた。
自分の席へ向かい、鞄を置く。
窓際の空気は相変わらず静かだ。
だがその静けさも、前とは少し違って感じた。
朝比奈湊がプリントを持って教室の中を回っている。
以前ならこちらを見る目は、ほとんど監視に近かった。
今はそこまで露骨ではない。
警戒が消えたわけじゃないが、少なくとも勝手に決めつけると言う顔をしなくなった。
花宮澪も、教室へ入ってきて俺を一瞬見たあと、前みたいに面白がるだけの目はしなかった。
軽いようでいて、妙に観察する目だ。
あいつはあいつで、何かを拾っているらしい。
少しだけ厄介に思えるようになった。
そしてもう一つ、今日は違う視線があった。
――三枝透花、俺、いや正確には乃亜と瑠亜の幼馴染だった少女だ。
以前、廊下で話をした後から何度かこちらを見ているのは気づいていた。
見ているだけで、話しかけてはこなかった。
多分、向こうも迷っていたのだろう。
だが今日は違った。
ホームルーム前、席についていた俺の机の横に、ためらいがちな影が止まる。
「お……おはようっ!」
顔を上げると、透花が立っていた。
言ってから自分でも緊張したのか、指先が少しだけ制服の裾を握っている。
予想していなかったわけではない。
だが、実際に来られると少しだけ意外だった。
「あ、ああ……おはよう」
短く返すと、透花はほんの少しだけ目を見開いた。
その反応に、こちらの方が逆に戸惑う。
「えっと……」
「何だ」
「いや、その……ちゃんと返してくれるんだなって思って……」
「まぁ、一応挨拶されたからな」
そう言うと、透花は困ったように、でも少しだけほっとしたように笑った。
「そ、そっか」
「で、何か用か?」
「用ってほどじゃないんだけど……」
そこで言葉が止まる。
何をどう切り出すか迷っているのが分かった。
透花は昔から、勢いだけで踏み込むタイプではない。
だからこそ今ここに立っていること自体、かなり思い切ったのだろう。
「最近、その……大丈夫?」
ようやく出てきたのは、それだった。
曖昧な問いだったが、同時に何処か”真”のようなものが見える。
うまく説明できないのだが、真っ直ぐに見つめられているかのように。
「……何が?」
「その、学校とか……色々」
透花の視線がわずかに揺れる。
階段の件も、前から積み重なってきたものも、全部ひっくるめて聞いている。
俺は少し考えてから答えた。
「前よりはましかもしれない」
「……そっか」
それだけなのに、透花は小さく息を吐いた。
ずっと胸の内に引っかかっていたものが、少しだけ軽くなったような顔だった。
「うん、よかった」
「そうか?」
「うん。前より……その、顔色いいから」
そこで照れくさそうに視線を逸らす。
気まずい沈黙が落ちるかと思ったが、教室のざわめきがちょうど間を埋めた。
少し離れた場所では、瑠亜が取り巻きたちに囲まれていた。
西園寺が何か話し、白石が笑い、瑠亜はいつもどおり柔らかい笑顔を浮かべている。
人気者。優等生。愛想のいい弟。
その立場はまだ揺らいでいない。
だが、あいつも気づいているはずだった。
教室の空気が以前ほど綺麗に自分の望む形へ閉じていないことに。
実際、瑠亜の視線は何度かこちらへ流れてきていた。
透花が俺の机の前に立っていることも、当然見ているだろう。
それでも瑠亜は笑顔を崩さない。
取り巻きと話し、周囲の期待に応える顔を続けている。
あいつはそういう人間だ。
空気が少し狂った程度では、自分から仮面を外したりしない。
むしろ、前より丁寧に人気者を演じるだろう。
「……あの」
透花が、まだ少しだけその場に残っていた。
「昨日じゃなくて、その前から、ちょっと思ってたんだけど」
「何?」
「乃亜く……久城くん、最近……後ろを向かないで、前をしっかり向いている、よね?」
思わず透花を見る。
言った本人も恥ずかしくなったのか、耳が少し赤い。
「あ、その、変な言い方だよね。ごめんっ!」
「いや……」
「でも、なんか……前より、話しかけやすい」
「そう見えるなら、そうなんだろうな」
自分でも曖昧な返事だと思った。
だが、それ以上うまく言えなかった。
透花は少しだけ笑って、「そろそろ戻るね」と小さく言って自分の席へ戻っていく。
その背中を見送りながら、ふと考える。
声をかけてくれたのは、それなりの覚悟があったのかもしれない。
俺にとって、透花はただの幼馴染のようなそんな存在だけだ。
そして、唯一手を伸ばす事が出来る相手――これは”乃亜”の気持ちだ。
しかし、それが信用に値するかは別の話だ。
だが少なくとも、何も見ずに石を投げてくるだけの連中よりはましだった。
席に座り直すと、教室の向こうで瑠亜が一瞬だけこちらを見ていた。
笑顔のまま。だが目だけが笑っていない。
透花が俺に話しかけたこと。
花宮や朝比奈が前ほど一方的にこちらを見なくなったこと。
そういう細い変化が、あいつには気に入らないのだろう。
だが、知ったことじゃない。
チャイムが鳴り、朝の空気が授業用のものへ切り替わっていく。
俺は机の上の教科書へ視線を落とした。
学校の空気はまだ完全には変わらない。
瑠亜もまだ中心にいる。
それでも、以前みたいに“絶対悪の兄”という一枚板ではなくなっている。
小さなひびだ。
だが、ひびは入った。
今はそれで十分だった。