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「あの、このビルに志木さんって方は居るんですか? 外から見た限りどの階も明かりは付いていなかったように見えましたけど……」
「ああ、志木が居るのは裏側のフロアなんだ。このビルは一階以外の各階北側と南側にフロアがあって、俺たちが入って来たのは南側で、志木が居住スペースとして借りてるのが北側のフロアなんだよ」
「そうなんですね」
郁斗から説明を受けた詩歌は納得して、五階で止まっていたエレベーターが一階まで降りて来たのでそれに乗り込んだ。
五階に着くと廊下には明かりが灯っていたので詩歌は安堵し、そのまま郁斗と共に【SHIKI】と書かれたプレートが貼ってあるドアの前にやって来ると、郁斗が呼び鈴を鳴らした。
すると数秒で鍵は開けられドアが開き、
「おー、郁斗、久しぶりだなぁ」
アッシュブラウンでパーマがかかっているのか寝癖なのかイマイチ分からないボサボサ頭で黒縁の丸眼鏡を掛け、ヨレヨレで黒地のロングTシャツをにスウェット姿の男が煙草を片手に郁斗と詩歌を出迎えた。
「久しぶり。相変わらずだね、志木は」
「まーな。んで、そっちの子が例の?」
「そう、詩歌ちゃんって言うんだ」
志木がチラリと詩歌に視線を移しながら問い掛けると、郁斗は頷きながら詩歌を紹介する。
「は、初めまして、花房 詩歌です!」
「ご丁寧にどーも。俺は志木 侑哉。よろしく」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
「ま、立ち話もなんだから入れよ」
「ああ、それじゃあお言葉に甘えて」
「お邪魔します……」
互いに挨拶を終え、中へ入るよう促された郁斗と詩歌は一言断りを入れて室内へ入っていった。
「それで、俺が彼女の髪を切ればいいの?」
「うん。ガラリと雰囲気を変えて欲しいんだ」
「まあ、短くすりゃイメージは変わると思うけど……アンタは何か希望とかあんの?」
郁斗に詩歌の髪を切るよう頼まれた志木は、何か希望は無いかと本人に問い掛けるも、
「えっと……私、髪型って基本変えた事がないので、出来ればお任せしたいです……」
特に希望が無いらしい詩歌は志木に任せたいと言う。
「あっそ。それじゃあまあ、俺が適当に考えて切るわ」
「よろしくお願いします」
「ん。じゃ早速始めるか。付いてきな」
「は、はい」
15坪程の広さのフロア内は簡易キッチンやトイレ、シャワールームの他に部屋が二つに仕切られている。
一部屋はソファーの置いてあるリビング兼応接室、もう一部屋は大きな鏡の前に椅子があり、その少し横にはシャンプー台が設置されている。
志木は今現在無職ではあるものの、頼まれればカットやパーマ、カラーリングなどを行う事もある。
ここは言わば、志木の住宅兼個人美容室と言ったところなのだ。
詩歌を志木に任せた郁斗はスマホを取り出すと、情報屋から新たな情報収集を行う為メッセージアプリを起動する。
《新たな情報、黛組の現在の動向を詳しく知りたい》
そう素早く打ち込むと、間髪入れずに返信が返ってくる。
《今のところ新規情報無し。黛組は現在都内を拠点に関東全域で探りを入れてるようだ》
その返信を見た郁斗の表情は険しいものへと変わっていく。
(……もうこっちまで来たか。随分と仕事が早いな)
郁斗が思っていたよりも早く黛組の捜索範囲が広がっている事を知ると、今度はどこかへ電話をかけ始めた。
一方の詩歌は、
「いきなりショートは抵抗あるだろ?」
「そ、そうですね……ずっとロングでしたから」
「ならボブくらいが妥当だな。ついでにパーマもかけとくか」
「あの、カラーリングも出来ますか?」
「ああ、出来る。何色にするか決まってんのか?」
「いえ……その、何色なら、似合いますかね?」
「……そうだな、アンタ、染めた経験もねぇんだろ?」
「はい」
「ならいきなり奇抜な色より無難な方がいいか……俺が決めていいのか?」
「はい、お願いします」
「了解。ま、時間かかるから、眠かったら寝ててもいいぞ」
「いえ、大丈夫です」
カットとカラーとパーマを一度に行う事になり、初めこそ緊張から全く眠気を感じていなかった詩歌だったけれど、カットを終えて髪を洗い、乾かした後で再度調整、それが終わるとパーマをかける事に。
じっとしている事や、志木は必要最低限しか話し掛けて来ない事もあって暇だった詩歌は徐々に眠くなってしまい、窓から光が差し始めた頃にはすっかり眠ってしまっていた。