テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
6,248
保健室の空気が、さらに重く沈んだ。
動画を止めたまま、
誰も言葉を出せずにいる中で、
ベッドに横になっていた翠が、
ゆっくりと瞬きをした。
「……あの、さ」
かすれた声だった。
桃が反射的に身を乗り出す。
「どした?」
翠は天井を見たまま、
指先をきゅっとシーツに食い込ませた。
「……それ、別に赫ちゃんの虐めを肩代わりした訳じゃない…」
赫の肩が、ぴくっと跳ねる。
「……もっと前から、あった」
その一言で、全員の視線が翠に集まった。
「赫ちゃんがいつ頃からなのかは分かんないけど、 俺、虐められてた……証拠、集める前から」
翠は静かに続ける。
「その時は、俺だけだったし、
自分が耐えればそれでいいって思ってた。」
「証拠とか、そういうの集める気はなかった。
ただ……飽きられて、終わるのを待ってただけ」
喉を小さく鳴らして、翠は続けた。
「でも、赫ちゃんが虐められてるって知って、
それで初めて、
ちゃんと向き合わなきゃって思った」
赫が、息を呑む。
「……俺が前に出たのは、
俺の虐め止めたかったからだけじゃない」
黄が、そっと首を振る。
「……じゃあ、なんで」
翠は、初めて視線を落とした。
赫のいる方向を、見ないようにしながら。
「赫ちゃんが、傷つくくらいなら……
俺が一人で受けた方がいいって思った」
一瞬、時間が止まったみたいに静かになった。
「俺が全部引き受けて……
証拠を集めて……
ちゃんと、相手に責任を取らせられるなら……
それでいいって」
赫が、耐えきれず声を荒げる。
「ふざけんなよ!!」
拳を握りしめ、震えながら。
「なんでそんな……
なんでそんな一人で決めんだよ!!
俺が傷つくより、
翠にぃが壊れる方がいいとか……そんなの!!」
翠は、やっと赫を見た。
泣きそうで、それでも必死に笑おうとして。
「……だって、俺は赫ちゃんの兄でしょ?」
その瞬間、赫の目から、
堰を切ったように涙が落ちた。
「兄だからって、無理すんなよ!!
一人で犠牲になるなよ……!」
瑞が、黙ったまま赫の袖をぎゅっと掴む。
黄は唇を噛みしめ、
声を出さずに涙をこぼしていた。
桃は、震える息を抑えながら低く言う。
「……翠。
それは、守ったんじゃない。
自分を切り捨てただけだ」
茈も静かに頷く。
「証拠は大事だ。
でも……生きてるお前が、いちばん大事だろ」
翠は何も言い返せなかった。
ただ、目を閉じて、小さく呟く。
「……ごめん」
その「ごめん」が、
誰よりも自分に向いている言葉だって、
全員が分かってしまった。
学年主任の先生が、静かに一歩前に出る。
「……よく話した。
ここから先は、大人の役目だ」
その声は優しかったけれど、
もう“後戻りできない”ところまで来たと、
はっきり告げていた。
コメント
1件