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「………………………………」
一花の話を聞いている間、七緒は憮然とした面持ちで腕組みをしていた。
「話をまとめるけど。つまり蓼原は10日くらい前に自宅に首を吊って自殺したけど、死んだ蓼原は妖魔とかいう悪霊みたいな存在になった。それにみんなが気づかないのは、蓼原が死んだ記憶をみんなから消したから。蓼原は一花と学校生活を満喫するために妖魔になって、一花と一緒にいるときはごく普通の人間のように振る舞ってる。でもこのまま放置していると災いを振りまくから、いま彼女の魂を救済するために頑張って調べてる最中です。――ってこと?」
「うん。睦月ちゃんと遥ちゃんも、たぶん、みくりさんが言っていた妖魔の呪いが原因かもしれない」
「そう考えてる根拠は、一花が見た悪夢と、後は睦月や遥の身体に現れた黒いアザ?」
「うん、私、仁美が死んでからずっと、夢で仁美にかかわるものばかり見てるの。それに、あのアザは私も仁美の顔で何度か見た。このままだと、もしかしたら七緒ちゃんにも同じ呪いが出て、アナタまで――」
「今のところ私はまだアザはないけど――。もし仮に睦月や遥が消されたのが妖魔になった蓼原のせいだとしたら、睦月や遥が呪われたのって、やっぱり私たちが彼女を昔いじめてたから?」
「たぶん、そうだと思う」
1年の時、七緒のグループは仁美に陰湿な嫌がらせをしていた。
2年の時は私と仁美と別クラスだったから分からないが、もしかしたら七緒たちは私が知らないところで仁美にいやがらせをしてたのかもしれない。
七緒たちが仁美の事をいじめた理由はよく分からないし、聞いても仕方がないので聞いてはいないが。
だがいま大事なのは、もしこれが呪いなら七緒も殺される可能性があるという事だ。
「………………………………」
七緒は腕組みをしていた。
「やっぱり信じられない? でも仁美が妖魔になってることは本当なの! お願いだから信じて」
「………………………………信じる」
「え?」
自分で話しておいてなんだが、その七緒の言葉は少し意外だった。
「なんでそんな顔するの? 確かにとんでもないお話だし、他の人が話したなら私は信じなかったけど、一花の言う事なら私は信じるから。アンタは嘘をついて私を騙すような人じゃないって、一年の時から知ってる。それに今も私のために話してくれたんだもんね。だから信じるよ」
そう言われて、私はほっとした。
「よかった」
「でさ、これからどうするの? 今の話が本当なら、妖魔になった仁美のせいで睦月や遥が犠牲になっている。このままにはしておけないでしょ?」
「う、うん。でもまずは七緒ちゃんの安全を考えないと。だから、このみくりさんのプロダクションに行ってみて。私はなるべく仁美に付き添ってあげないといけないからダメだけど、みくりさんに事情を話せばきっと助けてくれると思うから」
「ねぇ、一花。そんなまどろっこしいことする必要なんてあるの?」
「え?」
七緒が意外なことを言い出したので、私はきょとんとした。
「今の話が本当なら、仁美はもう、あー、妖魔とかいう、悪霊で化け物なんでしょ? そんな奴相手に、”魂を救済してあげる”とか、優しく接する必要あるの?」
「そ、それはその……」
「一花、誰も殺してないならともかく、仁美はもう呪いの力で殺しちゃってるんでしょ? ねぇ、ならそんな奴にどうして優しくしてあげる必要があるの?」
「えっ…?」
話が思わぬ方向に転がっていくのを感じた。
「だから一花、私と一緒に仁美を殺してあげましょうよ? あ、殺すって表現はおかしいわね。だってもう死んでるんだし。二人で蓼原仁美という妖魔を退治しましょう」
「ちょっと待って! みくりさんの話が本当なら、そういうことをするとなおさら危険なの! 無理矢理に魂を破壊するようなことをすると、そのせいでかえって災いをもたらすって」
「それだって実際に試したわけじゃないんでしょ、一花だって別に見たわけじゃないし。退治したからってどんな災いが起きるっていうの? 隕石でも落ちてきて、れいく市一帯が全滅するとでも?」
「そ、それは……」
「悪いけど一花、私には、アンタが蓼原の親友だから仁美を甘やかしてるだけに見える。今だって、本心では私より、仁美の方が大切なんじゃない?」
「………………………………」
それを言われると弱かった。
たしかに私は、いまだに死んだ仁美の事を大切に思っている。
でもそれは「親友だから」なんていう理由ではない。
だが彼女にどう説明していいか分からなかった。
気付くと、七緒は一花に近づいてきていた。
「決めた、私は絶対蓼原なんかに殺されない。それだけじゃない、一花、一花の事も守って見せるわ」
「え? 七緒ちゃん……」
七緒にぐっと手をつかまれる。
気付けば、彼女の目は一花を見てうるんでいた。
「このままだと一花も危ないんでしょ? なら迷わないよ。私は一花、あなたが――」
「なにしてるの?」
突然聞こえてきた仁美の声に私と七緒ははっとして振り返った。
ひとみはぼんやりと、まるで人形のような目でこちらを見ていた。
いや、仁美の目が見ていたのは、七緒だった。
仁美は私の手をつかんで七緒から引き離した。
「ねぇ、七緒ちゃん、いま、一花ちゃんになにしようとしたの?」
「………………………………」
七緒は仁美の事を見据えていた。
そして肩の力を抜いて鼻を鳴らした。
「あーあ、もうちょっとだったのになぁー」
そう言ってその場を後にした。
「待って!七緒ちゃん――!」
私は七緒を引き留めようとした。
だが、仁美に手をつかまれて制止させられる。
「ダメ」
「あっ……」
一瞬背筋が凍る。
もしかしたら今ので仁美の機嫌を損ねてしまったかもしれない。
そう思ったが、仁美はまるで思いつめたような顔で下を向いている。
まるで寂しがり屋の小さい子供が、心細さのあまりお母さんの服を引っ張っているような。
「お願いだから行かないで、一花ちゃん」
「仁美……」
そうだ。彼女の望みは私と一緒に叶えられなかった日常を一緒に送ってあげることだけ。
だったら私にやれることはある。
「ねぇ、仁美。今日は私のお家で遊ばない?」
「え?」
「私、仁美と遊びたいの。いいでしょ? 私のお家で二人で遊びましょう」
仁美の顔がパッと明るくなった。
「うん、遊ぶ!」
たぶん、今はこれが私にできる一番の解決策だ。
このまま私が彼女の望むままに一緒にいてあげること。
私がずっと一緒にいて上げれば、七緒ちゃんへ呪いが降りかかることはないかもしれない。
七緒ちゃんがなにかをしようとしていることだけは気がかりだが、
彼女は悪霊退治とか言ってたが、一花が何もできないように、彼女だって別になにができるわけもないだろう。
七緒ちゃんには枢木みくりのプロダクションを教えてある。
今日何も起きなければ、七緒ちゃんも気が変わってくれるに違いない。
それから――
(もうこれ以上は、犠牲を出すべきじゃない、よね……)
家に帰ったら、アレをみくりさんに送ろう。
心の中で、わたしはそう決意した。