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テラーノベルの小説コンテスト 第4回テノコン 2025年1月10日〜3月31日まで
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それからも、なかなか景気は回復せず、仕事に追われる日が続いた。

エリアマネージャーという立場から、人間関係のストレスも半端なく降り積もり、めげてしまいそうになる。


その度に、杏奈を抱いて自信を取り戻すことが続いた。


杏奈は、そんな俺のことを半分諦めているのか、抱いてもあまりいい反応をしない。


無駄な体力を使わなくて済むから、それはそれでいいけれど、面白くない。



「あーぁ、なんかこう、ぱあっ!といいことないかなぁ?」


事務所で、思わず本音が漏れた。


コピー機の前にいた若杉紗枝さえが、振り向いた。


「どうしたんですか、岡崎さん。忙しいから家族の時間が取れないとかですか?」


「んぁ?まぁね、最近じゃ息子と遊ぶ時間も体力もないよ。そろそろ2歳でやっと色々遊べるのに」


「それはイクメンとしてはつらいですね。じゃあ奥様も大変ですよね?ワンオペ育児だから」


「ワンオペ?そりゃそうだけど、専業主婦なんだから毎日気楽に過ごしてると思うよ、こっちの気も知らないでさ」


コピーが終わったのか、紗枝が書類を持って近づいてきた。


「これ、去年の売り上げと来期の目標らしいですよ」


書類を見て、肩をすくめた。


「こんなの、現場を知らないおっさん達の机上の空論だな」


「好きなんですか?」


「ん?」


「“きじょう”ですよ」


「なんの……えっ!」


「空論ではなくて、“上に乗っかるやつ”です」


「ちょっ!」


突然の下ネタに、驚いた。


「岡崎さんがよければ、いつでも乗りますよ、私」


「まっ!えっ!」


一見すると、そんなことを口にしそうに見えない女なのに。


その意外性が妙に印象に残って、それからは紗枝のことを目で追ってしまうようになった。


エッチな会話をしたというだけで、紗枝を見る目が変わってしまった。


髪を耳にかける仕草も、ピンク色の唇も、通り過ぎるときにただよう香水も、俺を欲情させるようだ。


ふと目が合うと、そっと人差し指を立てる仕草を見せる。


___内緒、ということか?


いや、まだなにもしていないのに。


つまらないセックスと、仕事に追われる毎日に、ドキドキが入り込んできた。




◇◇◇◇◇




息子の圭太は可愛い。


杏奈は圭太の母親としても、岡崎家の長男(俺)の嫁としてもちゃんとやっている。


___ただなぁ……妻としてはどうなんだろう?


専業主婦だからなのか、お洒落にもあまり気を使わなくなったようだし、なんていうか女として物足りないと感じる。


付き合っている頃は、俺のことだけを見て俺のことだけを考えていてくれたし、そんな杏奈を一生大切にすると誓った。


「何が変わったんだろう?」


心の中で思っていたことが、不意に口に出た。


「え?なんのこと?」


仕事が早く終わって、飲みに行きませんか?と誘われて今は紗枝のベッドの上だ。


久しぶりにたぎるような感情で、一心に紗枝という女を抱いた、その後。


「あ、なんでもない」


「奥さんのことでも考えてました?」


俺の左手を取り、薬指のリングをいじっている。


「そんなことはないけど。あのさ、このことって……」


___仕事に影響しないように、口止めしておかないと


「このこと?たった今まで愉しく気持ちよく過ごしたこと?」


「そう、なんだけど」


まさかとは思うが、離婚してくださいとか言われるのだろうかと、息を呑んだ。


「仕事帰りにジムに寄った、そんな感じ?深い意味はないですよ」


紗枝は、にっこりと笑いながら俺の薬指のリングをピン!と指で弾いた。


「私、岡崎さんのこと好きというわけじゃないので。ただ興味があっただけですから」


「え?」


「奥さんも子どももいて、愛妻家で子煩悩な男って、どんな感じなんだろうなって」


「どんな感じって?」


「うーん、なんていうか。愛してるよとか言いながら奥さんを抱いてるのかなとか。奥さんがいる人は、奥さんとしかしないのかなとか。一生この人としかしないって誓ったわけでしょ?結婚というシステムで。そんな人のセックスってどんなのだろうって、そんな興味です」


俺の目をじっと見て、サラサラとそんなことを言う。



「……そうか。で?興味があったことはわかったの?」


「まぁ、そうですね」


この紗枝という女は、俺とのセックスをどう評価するのだろうか?


「私、結婚はしなくていいかな?そのうち子どもは欲しくなるかもしれないけど。ずっと夫という人としか抱き合えないなんて、女としての人生がもったいないと思いません?」


「そんなものか?」


「そんなものですよ。その点、男っていいですね。結婚してても外でできるんだから。女は結婚したら、ちょっと難しそうですもん。だから独身のままがいいかな」


俺とのセックスは、たとえば一生したいと思えるほどのものではなかったということか。


蔑まれたようで、面白くない。


「でも女の幸せって、好きな人と結婚してその人の子を産んで育ててっていうもんじゃないの?」


「あはは、岡崎さん、いつの時代の人なんですか?今どき、真面目にそんなことを言う人なんて化石ですよ」


「いや、だって、うちはそうだから。専業主婦で家庭を守ってくれてるわけだし。そのことを幸せだと思ってるよ、杏奈は」


「杏奈さんっていう名前なんですね、奥さん。そうかなぁ?杏奈さん、本気で今の状態を幸せだと思ってるのかなぁ?いつか訊いてみてくださいよ、杏奈さんに。“今の生活で幸せなのか?”って」


「わかったよ、訊いてみる。きっと、幸せだと言うはずだから。それより、もう一回……」


「あんっ、もう、家でしてないの?杏奈さんと」


「醒めてしまうから、その名前は出さないでくれ」


とにかく、この紗枝という女は仕事も家庭も脅やかすことはない。


そう安心したら、またムクムクと男の欲が盛り返してきた。


紗枝を抱きながら考える。


杏奈が幸せではない理由など、見当たらないと。


今、紗枝とこうしていることは、ストレス解消に汗を流すジムなのだと自分に言い聞かせていた。






夫とだけはしたくありません(夫sideストーリー)

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