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──目が合ったあの時、一瞬心臓が跳ね上がったのは何故か。
確実に言えることは、流れた血に驚いた訳じゃない。多分、もう会うこともないと思っていたのに約半日強という短いスパンで鉢合わせ、それまでにやたらと凝縮されたあの青年の情報量に追いつかなかった所為だ。…ただ、先ほど借りを返してもらった以上、本当に会うことは無いだろう。
リョウさんの後ろについて行き、在籍スタッフの写真が流れていくエントランスを抜けると、ホールには20人あまりの従業員がいる中で、脱力しきったように座っているピンク頭とその顔がソファーの背沿いにこちらへ向いていた。
「あ、おかえりぃ!リョウ大丈夫だった?…あれ、レンも居るじゃーん。おはよぉ!」
「おはよ。サクさん。」
《もー!さっくんで良いのにぃー!》と相変わらず首がもげそうな角度のままで笑いかける彼は、この店のNo.2のサクさん。俺の2個歳上だが、とにかく歳下感に溢れている。客も従業員も全員誰とでも仲良くなろうというそのスタンスと人懐っこさ、ノリには驚かされるばかりだ。俺がNo.1になったことをきっかけにプレイヤーを卒業したリョウさんのNo.1時代も、ずっとNo.2を貫いていたみたいだが…そういう調整でもしてんの?と売上発表の度に思う。
「大丈夫…だったのかな。まあ助けがあって一応場は収まったよ。ね、めめ。」
「まぁ、アレは大丈夫でしょ。」
「んにゃ?助けって?同業?」
漸く身体を起こし、真ん丸な瞳で見つめてくる彼に、リョウさんは極めて簡潔に説明をする。
「それでも結果警察沙汰にはなっちゃったけどね?一般の方がめめを助けてくれてさ。」
「ほぇー。一般人で?なかなかのお人好しさんだ?」
興味津々に聞いてくるサクさんの言葉に、俺はその時を回想すると、改めて呆れ返って大きな溜息ついでに言った。
「あれはお人好しどころか、ただのバカだな。」
「…めめ?」
凍りつくような静かで妙に落ち着いた声音が俺のあだ名を呼ぶと、反射的に背筋が伸びて動けなくなる。少しでも動きを少なくするようにその先を見ると、先程の声とは真反対の笑顔がそこにあって。すべての発音をはっきりとさせて彼は続けた。
「あの子にお礼も言ってなかったのに、そんなこと言う?」
「、…いつか会ったら言うよ。いつかね。」
「にゃっはは!それ絶対言わないやつー!」
《ていうかリョウこっわー!》と笑い飛ばすサクさんのメンタル凄いな、と思いつつ、俺はゆっくりとリョウさんから目を逸らした。
「…まあ、じゃあそろそろミーティング始めようか。──あ、めめには後で個別でお話があるからね?」
「…はい。」
(…覚えてたんだ…。)
尚も優しく恐ろしい笑顔を向けてくるリョウさんが壇上に上がるまで、俺はそこから身動きが出来ずにいた。
昨日のことはあっても、勿論アフター予約は止むことはなく。かと言ってしっかりと釘を刺されてしまったからにはやれていたことをやれないでいる俺についたのは、体験入店からずっと指名してくれる有難い客であるのが唯一の救いだった。
「レン、今日はホテル行く?」
「行かない。ていうか暫く行けない。今日リョウさんに枕バレて、こってり怒られたばかりだから。ごめんね?」
「ふふっ、いいよ。リョウくん、怒ったら怖そうだし。」
「すげぇ怖い。にこにこ笑いながら怒ってくるから余計怖い。」
《わぁ、敵に回したくなーい!》そう笑う彼女は程良く距離を保つ、ほぼ友人のような──それでも何度か身体は重ねたが──そんな関係で。あの問題女とは真逆の、【金はあるけど自分の無理はしない、相手にもさせない】がモットーの健全な常連客だ。エースとまでは言わないが、その性格から1番安定している。
「ま、美味しいもの食べて、お互いさくっと帰ろ。」
「そうだ、ね………、」
ふと『向こう側』へ繋がる路地越しで、見覚えのある人物を見かけて思わず足が止まる。
何かを待っているように、でも特に目的はなさそうに壁に背を預けて左手でスマホを持ち眺めているのは、今まで見た雰囲気とは全く違うオーラを纏ったあの青年によく似た姿だった。
ただ、あどけなさも生への気も全くなく、ただ気怠げに、それでいてどこか艶っぽさを感じる。別人だろうか。そう一瞬思ったが、ポケットに差し込まれた右手には、僅かに包帯が見えている。いや、間違いない。アイツは──…
「?…レンー?」
投げかけられる彼女の声は届くことは無かった。 というのも、その直前に彼に近寄ってきた男の存在があったからだ。
声をかけられたと同時に軽く品定めをするように視線を上下に往復させながら数回言葉を交わすと、男の目を見てふっと薄く微笑み、片眉を上げて小さく頷いて。
そうして路地から見える角度から一緒に消えていったのだ。その様子を見て俺は、
『そのガキが色目使って俺の金を…!』
『いやちゃうやろ!アンタが金はあるからって急に、』
ふと、今朝の騒動の一部を思い出した。
(…ふかママの話、確定だな。)
「っおーい!早くタクシー乗らないと、お店の予約の時間来ちゃうぞー?!」
そう声を張り上げて俺の目の前で手を振る彼女に、漸く俺は自分の世界を取り戻した。
「あぁ…うん。ごめん。行こっか。」
事前に呼んでいたタクシーを探して乗り込み、まだまだ続く夜とこの後のメシを楽しみにすることにした。