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翔太と職場を後にして、歓楽街に到着したタクシーから降りる。翔太はどうやらここには初めて訪れたようで、《やっぱ人すげぇな。》と辺りを見回している。そんな彼を横目に俺は時計に目をやると、予想していたタクシーの渋滞が無かったことがあり、まだまだ時間に余裕があった。
…どう時間を潰そうか。そう思案していると、既に開店時間を迎えている1つの店が思い当たった…のだが、あそこは小さな問題点がある。
(翔太連れてって大丈夫かな…。)
そう思いながら、今も尚網膜に焼き付けるように景色を見回す幼馴染に了承を得るため、声をかけた。
「まだ予約まで時間あるから、寄りたいとこ行っていい?その…クセ強めなとこなんだけど。」
「うん?いいよ。」
恐る恐る伝えたのにも関わらず、聞いてか聞いていないでか即答で承諾する翔太にどう説明しようかと思ったが、結局伝わるような語彙がなかなか出てこなくて。
「えっと…雰囲気が好き、でさ。」
「ふーん?…クセ強めなのに?」
──そうだよな。それはそう。意味わかんないよな。うん、俺も自分で言っておいてそう思うよ。
「無理そうならチャットでもいいから言ってね?」
「ん。あ、その前に金下ろさなきゃ。コンビニどこ?」
「…こっち。」
さっきの飲食代もタクシー代を当然のように俺が出してたけど、今ここで思い出す?
行きつけのバーに入ると、そこにはお客様が誰も居なくて。ドアベルが鳴った瞬間、カウンター越しに並ぶ三者三様の暇潰しをしていた従業員さん達が一斉にこちらを見るなり、
「いらっしゃ──」
「「舘様ーーーー!!」」
照さんの声はママとラウの黄色い声に一瞬で掻き消されて。今日ばかりはちょっと気まずくて、思わず苦笑いを浮かべた。
「…様?」
「あ、うん。気にしないで。なんかそう呼ばれちゃってんの。」
照さんに呼ばれるがまま席へ向かいながら説明すると、ふーん、と軽く思案するように虚空に目を流して彼はぽつりと口を開く。
「舘『様』。…良いな。」
「まさかの肯定派?順応早くない?」
幼馴染相手に二度見したの、初めてかもしれない。
「舘くんいらっしゃい。お連れ様は友達?」
「照さんこんばんは。幼馴染の翔太。今日久しぶりに会ったから一緒に飲もうってなってさ。」
「そうなんだ?初めまして翔太さん。照です。良かったら、ドリンクメニューどうぞ。」
「ども。えっと…翔太でいいっす。」
緊張させないように優しい笑顔で、且つ丁寧で簡潔な挨拶を添えてメニューを手渡す照さん。そのスマートさは、飲食店で働きだしたホール研修時代に手本の一つとしていた。
受け取ったメニューを眺めている翔太より先に《俺は一旦ハイボールでお願いします。》と注文すると、照さんは小さく頷いて背後に並ぶグラスを手に取り、手前の製氷機から氷を入れる。そのまま作るのかと思えば、そのグラスは隣のラウールの前に置かれる。
「ラウ、舘くんにハイボール。」
「はーい!舘様久しぶりだね!」
そう話しかけながら少々ぎこちない手つきでウィスキーを測り入れるラウ。ママから差し出された炭酸水を受け取ってゆっくりとグラスの壁伝いに注ぎ込む。なるほど、そろそろドリンク作るようになったのか。
「久しぶりだね。そういえばあまり会わなかったよね?すれ違いかな?」
「そー!だから来てたよって言われた時とかめっちゃ寂しかったぁ!」
とは言いつつもこちらを見ることは一切なく、手元に集中するラウに、未だ初々しさを感じてつい笑みが零れる。
炭酸を飛ばさないようにマドラーを回し、氷を浮かすように1度だけそっと動かすと、追加で手渡されたレモンの果汁をふりかけて。…うん、上手にできたね、ラウ。
《どーぞ!》と頑張って作ってくれたハイボールを俺の前に置くと同時に、翔太が悩みに悩んで結局ビールを注文する。サーバーの前に居るママに注文を伝えると、照さんは少し言いにくそうにラウへと告げる。
「えっと…ラウ。酒作るのに集中するのは良いことだけど…その前にさ…。」
「あっ、翔太さん、だっけ?挨拶遅れてごめんなさい。俺ラウールって言います!パンです!」
「あ、はい。…パン?」
翔太、多分思いついたそれとは違うよ。別にラウの好物とかじゃない。
「まぁまぁ。後で説明──、」
「ん?呼んだ?」
たまたま注いだビールを持ってきたことと、呼ばれたと勘違いしたことで半ば嬉しそう微笑むふかママ。いや、これは事実なんだけど、
「あ、違う。ママは呼んでない。ビールだけ貰うね?」
「何でよ、呼んでよ!ついでに俺も貰ってよ!」
最早お決まりの流れではあるが、絶対ついていけてないだろう翔太をこのまま置いていくわけにもいかない。後で、とは言ったものの、このタイミングで店のコンセプトを説明するしかなかった。