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急に始まります
最近、時間の感覚が曖昧だ。朝なのか夜なのか、
目を開けても分からない。
声は聞こえる。 でも、体がうまく動かない。
「凛」
ああ、この声。
湊だ。
指先に、温かい感触。 手、握ってくれてる。
「今日、晴れてるぞ」
返事したいのに、
声が出ない。
「海、覚えてるか?」
覚えてるよ。 寒くて、でもあったかかった。
「また行こうな」
……うん。
行けるなら、行きたい。
でも。
薄く目を開けると、 湊の顔がぼやける。
泣いてる?
やめろよ。 泣くのは、その時でいいって言っただろ。
必死に指を動かす。
ぴく、と。 ほんの少し。
「……凛?」
気づいた。
湊の顔が近づく。
「聞こえてるか?」
ゆっくり、まばたきする。
それだけで、精一杯。
「そっか」
湊が笑う。 でも、目は赤い。
「俺さ」
声が震えてる。
「怖いけど」
「……」
「ちゃんと最後まで、恋人でいるから」
その言葉に、
胸がぎゅっとなる。
俺は、 最後まで恋人でいられたかな。
迷惑ばっかりじゃなかったかな。
そんな不安がよぎる。
湊は俺の額に、そっとキスを落とす。
あの日みたいに。
「好きだよ、凛」
……俺も。
声は出ない。 でも、全部この手に込める。
ぎゅ、と。
本当に小さく、指を握り返す。
「……っ」
湊が息を呑む。
「ありがと」
その一言が、優しかった。
意識が、ゆっくり遠のいていく。
怖い?
少しだけ。
でも。
最後に見えたのは、 泣きながら笑う湊の顔。
それが、救いだった。
春。
海は少しだけ暖かい。
湊は一人で立っていた。
「凛」
波の音が、静かに返す。
「半年、足りなかったな」
ポケットから、小さな貝殻を出す。
あの日、凛が拾ったやつ。
「でも」
空を見上げる。
「ちゃんと恋人だったよな」
風が吹く。
寂しさは消えない。 涙も止まらない。
でも。
「お前が生きた時間、全部抱えて生きる」
約束は、守る。
海に向かって、静かに笑う。
「またな、凛」
波が、優しく寄せては返した。
おしまい