テラーノベル
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俺は視線を逸らした。
「そうですか……。残念ですっ……」
彼女は一瞬、しおれた花のような顔をしたけれど――すぐにパッと表情を切り替えた。
白衣の袖を少し余らせてバインダーを抱えた彼女は、俺を椅子へと誘導した。バインダーが机の上にポンと置かれる。
「――はい、座って! この問診票、パパッと書いちゃってくださいね! その間にお茶を淹れてきちゃいますから! 紅茶と緑茶、どっちがいいですか? 私は紅茶がイチ押しです!」
(いらねえし……)
「……なんでもいいっすよ」
「了解です! すぐ戻りますからねっ!」
彼女はパタパタと部屋の奥へ消え、すぐに湯気の立つマグカップを持って戻ってきた。
「あ、もう書き終わっちゃいました? さすが、お仕事が早いですね!」
彼女は、俺が適当に埋めた問診票を覗き込むと、おっとりとした笑顔を崩さずに俺の目をじーっと覗き込んできた。
「王子谷さん! ここ、『ビール週2回 2本』ってなってます! ダメですよ、嘘はっ!」
「……本当っすよ」(大嘘。問診表を読まずに適当に〇をつけただけ)
「いいえ! だって、y-GTPが150もあるんですもん! 肝臓さんが悲鳴をあげちゃってます! 本当は……毎日3本ですよね?」
(はあ!? なんなんだよ、いちいちめんどくせえ……!)
俺は自棄気味に問診票の嘘を二重線で塗りつぶし、毎日4本と書き殴った。
「毎日4本! しっかり受け止めましたよ! ……じゃあ、ここからは『作戦会議』です!」
「……作戦会議?」
「そうです! 再検査の日までに、数値を少しでも良くするためのトレーニングです! 脂質の数値も基準値ギリギリですからね! 今日から1ヶ月、再検査の日まで、食事とお酒の写真を全部撮って送ってください!」
「マジかよ……」
(そんなのいちいちやってられるかよ)
俺はスマホをポケットに隠そうとした。
「ダメですよ! もし拒否するなら……部長さんに『王子谷さんは健康管理に非協力的で、このままだといつ倒れてもおかしくない』って、報告書出しちゃいますからねっ!」
「はあっ!?」
クソっ。もうすぐ営業部の査定面談。部長にそんな告げ口をされたら、評価がガタ落ちだ。
俺は観念して、彼女の手元にあるクリニックの健康管理アプリのQRコードをスマホで読み取った。
「はい、インストール完了! 私が必ず24時間以内にチェックして、ビシバシコメントしちゃいますからね!」
(……うぜえ。仕事のタスクが一つ増えたどころか、監視カメラをつけられた気分……!)
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