テラーノベル
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私たちは夢を見る。夢と言っても将来とかそういうのじゃなくて、眠る時に見るあれ。中には見たことない、記憶にないっていう人もいると思う。私も昔はそうだった。ほとんど見た覚えはないし、たまーに何かあった気がするって思っても朝ごはん食べてる間に全部忘れてしまう。夢日記をつけることもなかった。でも最近、同じ夢を見る。そして私はそれをしっかりと覚えている。
私は椅子に座っている。体は動かず、席を立つことはできない。首や手、目線は動かせる。視界に移る情報は沢山規則的に並べられた椅子、壁と天井を覆い隠すガラス、木製の床、そして舞台上の1台のグランドピアノ。ガラスから見える景色は木々が生い茂っているだけ。椅子はボロボロで背もたれがなかったり、肘置きが割れていたりと荒んでいる。私の座っているところは見たところ綺麗なのは幸いだかろうか。壁や天井も同じで所々割れている。現実にこんな場所があるとは思えないがここは夢だ。私はコンサートホールに行ったことは無い。だからツギハギの、どこかで見た景色で構成されているのだろう。結局のところ、夢はその人の記憶から生まれるのだから。しばらく座ったままでいると、舞台裏から1人の青年が歩いてくる。白いシャツに灰色のズボン、茶色の革靴。顔はインクを垂らしたかのように潰れていてよく見えない。彼はゆっくりとピアノの方へ向かい、座る。鍵盤に指を置き、一呼吸置いたあと彼はピアノを弾く。ガラスから差し込む月光が彼を照らしている。それでも顔は見えない。夢を見る度に違った曲を演奏する。聞いた事のない曲、彼の曲だろうか。でも何故だろう、知らないはずなのにどこか懐かしく感じる。この曲も私が聞いた音をツギハギにして作られているからなのだろうか。もしかすると作曲の才能があるのかもしれない。だったら嬉しい。でもこれでは盗作ではないか。いや、違うか。だってこれは夢なんだから。
彼はピアノを引き終える。たった1曲だけ。そのあと私は彼に一つだけ質問をする。彼が応えると夢は終わる。これが一連の流れだ。
初めは不思議だった。なんでこんな夢を見るんだろうって。でもだんだん楽しくなった。素敵な曲に謎めいた彼への質問。謎を解き明かしていくような感覚だった。でもある日気づいた。全てを知ってしまったらどうなるのだろう。この夢は終わってしまうのだろうか。それこそ物語のように。
初めの質問は名前だった。彼は分からない、ただ本名は名乗っていなかった気がする、と答えた。
2回目はこの場所について。彼はコンサートホールだよ。いつか立ってみたかった、と答えた。
3回目は私について。君のことは知らない。とだけ答えた。
4回目、この夢について。分からない。少なくとも僕が君の夢にやってきた訳ではなくて、きみが僕の元にやって来ている。と答えた。
5回目、曲について。ここに座ると指勝手に動くんだ。どの曲もタイトルは分からない。と答えた。
6回目、ピアノを引く理由。本当はこうしたかった。でも辞めなくちゃいけなかった。きっとこれは未練だろう。と答えた。
彼は何も知らないと思っていたけど、この質問でやっぱり知っていると思った。夢を見る度に鮮明になるのかもしれない。
7回目あなたについて。随分と具体的だったが答えてくれた。誰かを待っていたんだ。ここで。ピアノを引いていれば来てくれるかもって。亡霊として、彷徨っていたんだ。
それからも何度も質問した。そうしてわかった。
彼は私を待っていた。遠い何処かで。夢の中だけ会うことができた。お互い記憶は失っていたけど、でも待っていたんだ。いつかの質問の後、わたしは別の夢を見た。夢の中で夢を見た。雨上がりのカフェテラス、必死に詩を書く彼。音楽、詩を習う私。六畳一間の一室。彼の病気。遠い所に行ってしまったこと。木箱。旅。桟橋。知らない記憶なのに全てが懐かしかった。ああ、これは言うなれば 前世 だろうか。
最後の日、夢の中で彼に伝えた。前世の話。
全てを話終えたあと、彼は笑ってこういった。
そっか、そこにいたんだね。エルマ。
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