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試合が終わり、渡辺君とはその場で解散した。
「スポーツ観戦って楽しいんだね。連れてきてくれてありがとう。」
「こちらこそ、一緒に来てもらってありがとうございます。」
駅へと向かう途中、ふと黒田君がこっちを向く。
「そういえば、まだ看護師になった理由聞いてません。」
「理由って言っても、本当に大したことなくて、近所の病院の看護師さんに憧れたからだよ。」
「憧れ•••良いじゃないですか。素敵です。」
まっすぐ向けられる言葉になんだか照れてしまう。
「あの、白石さん。ほっぺ、どうしたんですか?」
おずおずと聞いてくる。この業界で働く人にとってはそこまで珍しくない事だが、余程触れにくい話題だと思われたのかもしれない。
「仕事中にちょっとね。すぐ冷やしたら良くなったし、まさか鬼塚君に気付かれるなんて思ってなかったよ。」
「鬼塚は人の変化によく気付くから。」
また少しだけ黒田君が悲しそうに目を伏せた。胸の辺りがザワザワする。
「黒田君、お腹空かない?もしよかったら、ご飯食べて帰ろうよ!」
「え、あ•••えっ!?」
黒田君が激しく動揺している。それでも悲しそうな顔をされたら、ここで解散したらいけないと思う。
「お腹は•••空いてますけど、いいんですか?」
「じゃあお店探そう!」
「俺も混ぜて!」
「うわっ!」
黒田君の後ろから鬼塚君が抱きつく。しかしいつもの爽やかな顔と違って表情はかなり焦っている。
「鬼塚、ちょ」
「頼む。お願い。早く行こ!」
私と黒田君の手を握ると鬼塚君は走り出した。
チラッと後ろを見ると、鬼塚君を探している女の子達の姿が見えた。
お店に着くと涼しい顔で鬼塚君はメニューを見ている。
向かいに座る私と黒田君はお互いに息を整えるのに必死だ。
「本当に助かった。今日は現地解散だったから囲まれちゃうし、渡辺はもう結構帰ってるし、他のメンバーは女の子達と遊びに行くしで、本当に助かった。」
「だからって、あんな、走ること、ないだろう。」
恐るべし大学生の脚力と体力だ。
黒田君もだいぶ息が整ってきている。
「そうか?白石さんも居たから、控えめに走ったんだけどな。」
「どこがだ。」
鬼塚君がこっちを見る。
「白石さんもごめんね、ありがとう。」
「大丈夫、大丈夫だよ。鬼塚君も大変だね。」
正直大丈夫ではない。社会人になって走ることなんて、遅刻しそうな時か患者さんが転倒しそうな予感がした時など、限定短距離くらいしかない。そのせいで足はもう既にガクガクしている。
「そういえば、黒田は来週のイベント行くんだろ?白石さんも一緒にどうかな?」
「ぶっ!」
「きったね、やめろよ。」
黒田君が水を吹き出した。鬼塚君は笑いながら一緒にテーブルを拭く。
「イベントって?」
「ホビフェスって言ってゲームとかアニメとかのお祭りみたいなやつかな。」
「鬼塚、やめろ。」
黒田君が鬼塚君を止める。いつもと違う、少しトゲのある口調だ。
「•••迷惑じゃないなら、行ってもいいかな?」
「え」
「黒田君の好きな場所にも行ってみたい。だめかな?」
黒田君が驚いた顔のまま固まった。
反応がなくなった黒田君より先に鬼塚君が話し出す。
「じゃあ決まり!黒田は少し時間がかかるから、当日は俺と渡辺と待ち合わせしよ。」
ご飯を食べて解散した後、黒田は鬼塚と一緒に帰っていた。
「鬼塚、頼みがある。」
「改まってどうした?」
「髪、切りに行きたい。」
「!?」
鬼塚に衝撃が走った。
「どこがいい?オススメとかあるのか?」
「待って、待って。え、待って。」
冷静になるため、鬼塚は黒田を止めた。
「もしかして、白石さん?」
「•••前髪を切ったらいいのに、って言われたから•••。」
「あの、黒田が•••。よし、任せろ!今から行くか!」
「え、今?」
「善は急げって!」
戸惑う黒田を連れて鬼塚は案内する。
(本当に白石さんが出会ってくれてよかった。神様がいるんだとしたら、白石さんなのかもな。)
黒田に悟られないように、鬼塚は自分のにやける心と顔を隠した。
「なんかいいことあった?」
「え。」
点滴準備中に佐々木さんに声をかけらる。そんな顔に出ていたのだろうか。
「週末一緒に出かける人がいて。」
「なに、彼氏?彼氏なの?」
「え、いや、そういう訳じゃ•••。」
「彼氏できたの?おめでとう!」
日暮さんも参戦する。
「まだそういう訳じゃなくて、一緒に出かけるってだけなんです。」
「そうなんだ。写真とかないの?」
「ないです。」
「この仕事につく人ってメンヘラとか面倒見良い人が多いから。ダメンズって言うの?とにかく、そんな感じの人にひっかかっちゃダメよ。」
「そうそう。しっかり内面を見ないとね。」
流石家庭を持っているだけあって、2人の力説が止まらない。
黒田君と一緒にまた出掛けられるのを楽しみにしている自分がいた。
(よし、頑張ろう!)
用意した人数分の点滴をカートに乗せて、処置へ向かう。 いつもと違い、少し足取りが軽く感じていた。