テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
#世界が私を嘘という
EP.4 張り巡らされた網
「瑞希、夜中に何してるの?」
鏡越しに視線が交わる。健太の目は笑っていなかった。暗闇のなかに浮かび上がるその表情は、瑞希の知っている「優しい恋人」のものとは完全にかけ離れていた。
「……なんでもない、ちょっと喉が渇いて」
瑞希は心臓の爆音を必死に抑え込みながら、手紙を隠したポケットを上からそっと押さえた。カサリ、と小さな音が響いた気がして、全身の血の気が引いていく。
「そう。顔色が悪いよ。早くベッドに戻ろう」
健太は瑞希の細い手首を掴んだ。その力は驚くほど強く、まるで逃げ出すことを許さないという意思がこもっているようだった。
翌朝、瑞希が目を覚ますと、健太はすでに仕事に出かけた後だった。
しかし、リビングに足を踏み入れた瞬間、瑞希は奇妙な違和感に足を止めた。
部屋の隅、天井の近く。
エアコンのすぐ横に、小さな、見覚えのない黒い突起がある。
椅子を持ってきてその場に立ち、目を凝らした。
――カメラだ。
それだけではない。テレビの裏、寝室の棚の隙間、果ては洗面所の鏡の上まで、家中のいたるところに小型のネットワークカメラが仕掛けられていた。
昨日、健太のノートを見つけたこと。夜中に洗面所で手紙を読んだこと。そのすべてが、あのカメラを通じて健太に筒抜けになっていたのかもしれない。
(私は、完全に監視されている……)
恐怖で鳥肌が立つ。この家はもう、安全な避難所ではなく、自分を閉じ込めるための檻だった。
瑞希は震える手でスマートフォンを掴み、会社を休むきっかけとなった親友の亜美に電話をかけた。
『もしもし、瑞希? 体調はどう?』
亜美の聞き慣れた声が聞こえた瞬間、瑞希の目から涙が溢れそうになった。
「亜美……お願い、助けて。健太くんがおかしいの。私の記憶がなくなってるんじゃなくて、全部彼が仕組んでたの。家にカメラがあって、私――」
『瑞希、落ち着いて』
亜美の声は、救いを求める瑞希の期待とは裏腹に、ひどく冷静で、どこか突き放すような冷たさを含んでいた。
『健太さんから聞いてるよ。最近、瑞希の被害妄想がひどくなって、身近な人を疑うようになっちゃったって。健太さん、すごく心配してた。瑞希のために、家で見守れるようにカメラを置くかもしれないって、事前に私にも相談してくれてたんだよ』
「え……? 違う、違うの亜美! 健太くんは過去にも――」
『もうやめなよ、瑞希。そんなに自分を犠牲にして支えてくれてる人を悪者にするなんて、今の瑞希は本当にどうかしてる。これ以上私の仕事の邪魔もしないで』
プツリ、と非情な電子音が響き、通話が切れた。
健太はすでに、瑞希の周囲の人間関係にまで先回りして「根回し」を終えていたのだ。今や、瑞希が何を訴えようとも、周囲には「精神を病んだ哀れな人間の妄想」としか受け取られない。
絶望に打ちひしがれ、スマートフォンの画面を見つめる瑞希。
その時、画面の上部に一条の通知がポップアップした。
見覚えのない、暗号のようなメールアドレスからの着信。
本文には、ただ一言だけ、こう書かれていた。
『今日の15時、駅前の図書館の3階、奥の資料室へ来い。健太から逃げる方法を教える』
最近暑すぎて学校行くときも汗かいてる
電車にもエアコンをつけてください笑
腐ったはんどくりーむ
727
耀聖(ようせい)
1,284
コメント
1件
うわー、これはぞっとする展開……。前回の「記憶がない」から一気に「監視と根回しによる社会的孤立」にシフトしたのが怖い。健太、ただの束縛彼氏じゃなくて、計画的に瑞希の周囲を全部コントロールしてるよね。亜美があっさり健太側についたのも、伏線としてすごく効いてる。あの匿名メッセージ、救いなのか罠なのか、どっちに転んでも次の展開が気になって仕方ない……!