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パウルス男爵は目の前で発生した出来事に目を見開き身体を強張らせた。レンゲン公爵家の従士と激論を交わし、相容れないと判断した彼は強行策に出る。パウルス男爵には、直接攻撃してはそれこそ大問題になると認識できる程度の能力はあった。それ故に空に向けて威嚇射撃を命じたのである。角度の問題から或いは何発かが屋敷の母屋に命中する危険性はあったが、その辺りは事が済み次第マンダイン公爵に訳を話して不幸な事故として処理する腹積もりであった。
領邦軍の兵士達が空に向けて発砲した瞬間、何処からともなく飛来した矢が十数人の兵士達の身体に突き刺さったのである。
「うわぁあああっ!?」
「脚が!脚がぁああっ!!」
「前が見えない!目に刺さったぁあっ!」
現場は騒然となった。矢を受けた兵士達の絶叫が響き渡り、それを見聞きした他の兵士達に動揺が走った。
「静まれ!静まれーっ!!!!」
「騒ぐな!隊列を崩すんじゃない!」
サーベルを装備した前線の分隊長達が声を張り上げて混乱を抑えようと奮闘していた。だが、その様子は余りにも目立ってしまう。
「ぐぉっ!?」
「がっ!?」
「隊長ーっ!!!!」
分隊長達の動きは非常に目立ち、リナ達がその動きを見逃す筈もなかった。
「馬に乗った偉そうな奴らは狙っちゃダメよ!そして極力殺さないように注意しなさい!」
リナを含めて何人かの手練れは敢えて姿を晒し、攻撃を続行。絶え間なく飛来する矢が兵士達を次々と傷つけていった。
「閣下!アレをご覧ください!」
パウルス男爵は側に居た従士の言葉で我に返り、指差した先に視線を向けた。そこには家屋の屋根から矢を射掛けるエルフの姿が見えた。
「おのれ耳長共!我々の崇高な使命を邪魔立てするか!構わん!撃て!撃ちまくれ!」
「総員全周囲防御!急げーっ!!!」
直ちに反撃が号令されたが、多数の分隊長を失った彼らの動きは鈍い。
一方、一部のエルフがレンゲン公爵家の屋敷にも矢を射かけた。
「こちらにも撃ってきたぞ!反撃だ!」
「撃てーっ!!!!」
予定通りレイミ達衛兵隊も反撃を開始。敢えて骨董品であるマスケット銃を使い、エルフ達に銃撃を加える。もちろん筋書き通りであり、矢も銃弾も決して当たらないように細心の注意が払われた。
衛兵達の隊列の後ろにはシャーリィが潜んでおり、小柄な身体を活かして衛兵達の影から状況を観察、リナ達猟兵に指示を飛ばしていた。
「お姉さま、やはり数人は死者を出してしまう様です」
発砲しながら自分達の後ろに隠れているシャーリィへ語り掛けるレイミ。問題を大きくしないためにも極力死者を出さないように指示を出しているが、リナ達にも限度がある。
「仕方ありません。手を抜きすぎてリナさん達に犠牲者が出る方が問題です」
優先して中堅指揮官を狙っているため、既に領邦軍は統率を半ば失いつつあった。
「怯むな!しっかりと反撃せんかぁあっ!」
パウルス男爵が馬上から叫ぶが、指揮官達を失った兵士達は大混乱に陥っていた。何より彼らは領邦軍である。反撃を受けたこと等無く、その前例の無い事態がより混乱を加速させる結果となった。
兵士達は各自の判断で発砲、狙わずに撃っているためリナ達に被害が出ることもなかった。
「ぎゃあああっ!?」
「伏せろ!伏せろーっ!」
「馬鹿野郎!こんな場所で伏せるな!邪魔になるだろうがぁ!」
各々が勝手に動くので陣形も組めず、絶え間なく飛来する矢が将兵達を傷付けていく。シャーリィの意を汲んだリナは主に下半身に狙いを定めて攻撃するように指示を出していた。
とは言え相手も動いていることから下半身以外に矢が刺さることもあったが、その辺りは仕方無いと割り切った。
「ぬぅうっ!やむを得ん!体勢を立直すぞ!退け!退けーっ!!!!」
堪りかねたパウルス男爵は号令を発し、それに合わせてラッパが吹き鳴らされた。それは退却の合図であり、ラッパの音を聞いた兵士達は蜘蛛の子を散らすように我先にと逃亡を開始。
「出来るだけ手傷を加えるわよ!継続して放て!」
逃げ惑う領邦軍にも容赦なく矢が射掛けられてますます負傷者の割合が増加。最早満足な戦闘が出来ないほどの手痛い打撃を受けた領邦軍。
逃げ惑う彼らを見てシャーリィも満面の笑みを浮かべた。策は成り、そして味方は無傷。まさに上々と言える大戦果であった。少なくとも、今この瞬間は。
「撃てーっ!!!!」
突如として聞きなれない銃声が周囲に響き渡った。それも連発での発砲を示すように絶え間ない銃声が響き渡り。
「ぐっ!?」
「リア!?ぁっ!?」
家屋の屋根などに潜伏して攻撃していたエルフ数人が倒れ、中には落下する者も居た。その様子を目の当たりにしたシャーリィは、目を見開く。
「なんだ!?何処からの攻撃だ!?」
そんな姉を見てレイミも声を張り上げて警戒を強める。領邦軍ではない勢力の介入は明らかだった。そして答えはすぐに判明した。
「追い払うことを最優先に!とにかく撃ちまくりなさい!」
現れたのはマリアを先頭にした蒼光騎士団20名である。騎士団と呼ばれながらその実態は近代化された軍隊であり、装備している小銃はロザリア帝国で普及し始めているボルトアクションライフルではないセミオートライフル、M-1ガーランド。
ロザリア帝国で普及し始めているボルトアクションライフルは第一次世界大戦レベルであり、それも妥協の産物でオリジナルに比べて性能が劣る。だが蒼光騎士団に渡されたM-1ガーランドライフルはライデン会長による強い拘りで一品一品が完全なオーダーメイド。オリジナルに限り無く近い性能を実現。予備を含めて百挺が蒼光騎士団に引き渡されたのである。
ボルトアクションライフルより高い精度、速射性、射程を誇るガーランドライフルによる掃射は、瞬く間に数人のエルフを撃ち抜いた。
「退け!退け!こんな場所で犠牲を出しちゃ意味がない!」
マリア達の乱入で状況が不利になったと判断したリナ達はすぐにそのエリアから姿を消すべく散開。
「撃ち続けて!追い払うのよ!」
逃げるリナ達に容赦なく銃弾が浴びせられて更に数人が被弾。リナ達は負傷者に手を貸しながら退却した。その有り様を目の前で見せつけられたシャーリィは呆然とし、直後に凄まじい憎悪を抱いて屋敷へ近寄るマリアを睨み付けた。双方の因縁は再び交差する。