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瀬名 紫陽花
MIRAN@新作短編集公開!!
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【風の向き】
——うるさい。
音が、音として成立していない。
鳴っているのか、壊れているのかも分からない。
キィ……
……ン、ギ、——
「……っ、あ゛……!」
回復世界。
時間のない空間。
本来なら、静かで、存在を整えるための場所。
なのに。
「……っ、くそ……!」
耳鳴りが、止まらない。
頭の内側を、直接引っ掻かれるみたいなノイズ。
時間の針が、
逆回転と早送りを同時にやってる感覚。
「……バグりすぎだろ……!」
叫ぶ。
声を出さないと、自分が分解されそうだった。
空間が、歪む。
地面が、天井になる。
さっきまで前だった方向が、突然“過去”になる。
「……っ、うるさい……!」
耳を塞いでも、意味はない。
音は、外じゃなく——存在そのものから鳴っている。
「……駿……!」
思わず、名前が零れる。
すると、一瞬。
——ノイズが、ほんのわずか、ズレた。
「……?」
完全には止まらない。
でも、さっきより——少しだけ、間が生まれる。
キ……
……ン……
「……は、はは……」
荒い呼吸のまま、笑ってしまう。
「……やっぱりか……」
九尾さんの言ってた“基準”。
俺を、この世界に繋ぎ止めてるもの。
——駿。
「……お前さ……」
膝をつく。
回復世界の地面は、感触がない。
「……無意識で、引っ張んなよ……」
そう言いながら、
内心では——
助かってるって、分かってる。
耳鳴りが、また強くなる。
でも、さっきとは違う。
ただのノイズじゃない。
波みたいに、強弱がある。
「……風……?」
あの神社で感じる、
向きが変わる時の風。
「……は、」
息が、少しだけ整う。
「……届いてる、って事かよ……」
完全に治ってない。
正直、限界は近い。
でも。
「……戻るって、言ったろ……」
歪んだ空間の中で、
俺は、必死に“今”を掴む。
叫びは、まだ止まらない。
耳鳴りも、消えない。
それでも——
「……待ってろ、駿……」
その名前を口にすると、
回復世界は、ほんの一瞬だけ、
静かになる。
——それで、十分だった。
————————————————————
風は、まだ不安定なままだった。
駿は、門の前に立っていた。
あの場所——
いつも僕がいた場所を、無意識に見上げながら。
「……」
胸元のお守りが、微かに温かい。
でも、返事はない。
その時——
空気が、すっと整った。
『……駿』
低く、落ち着いた声。
振り返ると、そこに九尾さんがいた。
さっきまでの風の乱れが、嘘みたいに一段落ちる。
「……九尾さん」
駿は、すぐに察した。
『……あいつは』
九尾さんは、少しだけ目を伏せてから、口を開いた。
『……回復世界にいる』
「……」
『だが』
その一言で、駿の指先が強張る。
『……状態は、良くない」
駿は、息を飲んだ。
「……悪化、してるんですか」
『……している』
九尾さんは、曖昧にしなかった。
『命に触れた代償と、
それに伴う“バグ”が、想定より深い』
駿は、何も言えなくなる。
夜の音だけが、間を埋める。
『……今は』
九尾さんは続ける。
『封を施している』
「……封?」
「暴走を防ぐためだ」
駿は、理解してしまう。
——御札。
——拘束。
——自由を奪う判断。
「……あいつ……」
声が、少し震える。
「……苦しんでますか」
九尾さんは、一瞬、答えを選ぶ。
『……耐えている』
駿は、拳を握りしめた。
「……俺の、せいですよね」
即座に、否定が返ってくる。
『違う』
九尾さんの声は、強かった。
『選んだのは、あの子だ』
「……」
『そして』
九尾さんは、まっすぐ潤を見る。
『後悔していない』
駿の目に、涙が滲む。
「……でも……」
『……あの子は』
九尾さんは、静かに言う。
『お前が悲しむ事を、
一番、恐れている』
駿は、胸元のお守りを、ぎゅっと掴む。
「……会えますか」
『……今は、無理だ』
「……声は」
九尾さんは、少し間を置いてから答えた。
【】……届いている』
駿は、顔を上げる。
「……本当に?」
『ああ』
『風の向きが戻る瞬間があっただろう』
駿は、思い出す。
一瞬だけ、あの懐かしい風。
『……あれは』
『お前の声に、反応した』
駿は、ゆっくり息を吸う。
「……じゃあ」
夜空を見上げる。
「……ちゃんと、話します」
九尾さんは、頷いた。
『それが、最善だ』
「……謝ります」
駿の声は、震えているけど、迷っていない。
「……ありがとうって、言います」
九尾さんは、尾を静かに揺らす。
『その言葉は、
封よりも強い“基準”になる』
駿は、門の上を見る。
空っぽの場所。
でも。
「……待ってる」
はっきり、そう言った。
「……戻ってくるって、信じてるから」
風が、少しだけ——
あの時と同じ向きに、流れた。
九尾さんは、それを見て、小さく目を閉じる。
——繋がりは、まだ切れていない。