テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
現実世界――
ないこは、窓辺に座っていた。
朝も夜もわからない時間。
けれど、心の中にだけ、静かな光が灯っている気がした。
喉はまだ重い。言葉にすればすぐに消えてしまいそうな声。
でも、指先だけは……確かに“前に進みたい”と願っていた。
そっと、ギターを抱え直す。
何も考えずに、コードを鳴らしてみた。
じゃらん……
その音は、懐かしくて、不格好で、けれど温かかった。
ないこ(心の声):
「話せないなら……音で、伝える」
コードを一つ、二つ……
ぎこちなくもメロディが繋がっていく。
自分でも驚くほど、身体が覚えていた。
――そして、ないこは録音ボタンを押した。
声はない。けれど、音がある。
その中に、伝えきれないほどの“想い”を込めて。
*
その音源は、静かにグループチャットに投稿された。
タイトルも、文字もない。
ただ、“音”だけが残されたファイル。
最初に再生したのは、初兎だった。
初兎(呟く):
「……ないこ、これ……」
それは、不器用なコードと震えるようなアルペジオ。
でも、誰よりも真っ直ぐな“叫び”だった。
りうら: 「これ、ないこが……?」
いふ: 「声が出なくても、伝わってくる」
悠佑: 「心臓に直接くる感じ……ズルいよな」
いむ: 「……ほんと、無理して戻ってこなくていいって思ってたのに……聴いたら、泣くじゃん……」
誰一人、返信に言葉を重ねようとしなかった。
ただ、“音”を聴いて、黙っていた。
ないこの気持ちが、音として確かに届いたから。
*
深層――鏡の裏側。
闇ないこは、その音を聴いていた。
鏡の中に響いた音は、まるで“祈り”のように静かに広がっていく。
闇ないこ(ぎゅっと胸を押さえながら):
「……ズルいのは、お前のほうだよ……そんな音、出されたら……」
涙が止まらない。
怒りも、苦しみも、憎しみすらも――この音には勝てなかった。
闇ないこ:
「……オレは、こんな風に伝えたかったんだ」
ようやく、心の奥で気づいた。
否定してきた“ないこ”の音は、本当は、自分自身の叫びだったのだと。
鏡のひび割れが、さらに大きくなる。
*
現実世界――
ないこは録音を止め、静かにスマホを伏せた。
喉がうずき、少しだけ、震えが戻ってくる。
それでも――ほんの少しだけ、声になりそうな“息”が漏れた。
ないこ(微かに):
「……みんな……ありがとう……」
それは、誰にも届かないかもしれない。
けれど、確かに“声”だった。
彼女の心に宿った音が、ようやく言葉として世界に触れようとしていた。
次回:「第二十一話:割れた鏡のむこうで」へ続く