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加賀温泉郷の小さな温泉街に着いた頃、雪は本格的にちらつき始めていた。軽トラを駐車場に停めて、拓也さんが私の手を引いて歩き出す。冷たい空気に頰が赤くなるけど、拓也さんの手が温かくて、指を絡めて離さない。
「寒いだろ? もっとくっついて」
拓也さんが私の肩を抱き寄せて、マフラーを二人で共有する。マフラーの端から拓也さんの匂いがふわっと漂ってきて、心臓がまたドクドク鳴る。雪が髪に積もって、拓也さんが指でそっと払ってくれる。
「里奈の髪、雪で白くなってる」
「拓也さんこそ……耳に雪がついてる」
私が手を伸ばして払うと、拓也さんが私の指を捕まえて、軽くキスをする。雪の冷たさと唇の温かさが混ざって、頭がふわふわになる。
昼は小さな蕎麦屋に入った。店内は薪ストーブがぱちぱち鳴って、温かい。二人で並んで座って、熱々の鴨南蛮蕎麦を注文。拓也さんが私の分に鴨肉を少し分けてくれる。
「里奈、鴨好きだろ? 食えよ」
「ありがとう……拓也さんも食べてくださいね」
箸で鴨肉を1つ取って、拓也さんの口元に持っていくと、拓也さんが少し照れながら「あーん」って食べてくれる。その顔が可愛くて、二人でくすくす笑ってしまう。蕎麦の湯気が立ち上る中、窓の外の雪景色を眺めながら、ゆっくり食べる。拓也さんが私の膝に自分の膝を軽く寄せてきて、「これからも、こうやって一緒にご飯食べよう」って囁く。
私は頷くだけで、胸がいっぱいになる。夕方近く、日帰り温泉へ。別々の浴場だけど、拓也さんが「上がったら露天の縁側で待ってるから」って言ってくれた。女湯に入って、熱いお湯に浸かると、身体の芯まで温まって、涙が出そうになる。社畜時代は、こんな贅沢な時間なんて想像もできなかった。
今は、拓也さんが待ってると思うだけで、幸せでいっぱい。上がって着替えて露天風呂の縁側に出ると、拓也さんがすでに待っていた。雪が少し積もった石畳に、拓也さんの背中。私が近づくと、振り返って笑う。
「里奈、遅かったな。湯冷めするだろ」
「ごめんなさい」
「いいよ」
拓也さんが自分のマフラーを私の首に巻いてくれる。そのまま肩を抱き寄せて、二人で露天の縁側に座る。雪が静かに降る中、白山のシルエットがぼんやり浮かんでる。
「拓也さん……今日、本当に幸せです」
「俺もだよ。里奈と一緒にいると、全部が特別になる」
拓也さんが私の手を握って、指を一本一本絡めてくる。冷たい雪の空気の中で、二人の手だけが熱い。
「これからも、たくさんデートしよう。温泉も、ドライブも、縁側で干し柿食べるのも……全部、里奈と」
私は頷いて、拓也さんの肩に頭を預ける。雪が髪に積もって、拓也さんがそっと払ってくれる。その指先が優しくて、温かくて、涙がまたこぼれそうになる。
「好きです、拓也さん」
「俺も。里奈、大好きだよ」
拓也さんが私の額にキスをして、次に頰に、鼻先に、最後に唇のすぐ近く……雪の冷たさと、拓也さんの温かさが混ざって、頭がふわふわになる。帰りの軽トラは、雪道をゆっくり走る。拓也さんが私の手を握ったまま、片手でハンドルを握る。
車内は暖房と、二人の息遣いで温かい。ラジオから流れるバラードが、ぴったりで。
「里奈、今日はありがとう。これからも、ずっと一緒にいてくれ」
「はい……ずっと、拓也さんの隣にいます」
私は拓也さんの肩に頭を預けて、目を閉じる。雪が窓を叩く音と、拓也さんの心臓の音が聞こえてくる。
◇◇◇
干し柿が完成して、拓也さんと正式に付き合い始めてから数日後。12月の初め、雪が本格的に降り始めたある朝のこと私はいつものようにクリニックの受付を終えて、家に戻る途中で山下じいさんの軽トラとすれ違った。
雫石しま
じいさんが窓を開けて、ニコニコしながら手を振ってくる。
「里奈ちゃん! ちょっと待て待て!」
私は立ち止まって、軽トラの横に寄る。じいさんが運転席から身を乗り出して、ニット帽を直しながら言う。
「拓也から聞いたぞ。付き合ったってな!」
心臓がドキンって鳴る。
拓也さんが……じいちゃんに話したんだ。
「え……はい、その……」
顔が熱くなって、俯いてしまう。じいさんが大きな声で笑う。
「はははは!ようやくか!ようやくあの照れ屋が、ちゃんと告白したんじゃな!」
じいさんが軽トラから降りてきて、私の肩をポンポン叩く。力強い手が温かくて、なんだか泣きそうになる。
「里奈ちゃんがこの村に来てから、拓也の顔が明るくなったんじゃよ。クリニックから帰ってくると、いつも『今日も里奈が……』って話しててな。わしゃ、ずっと待ってたんじゃ」
じいさんの目が少し潤んでる。私も涙腺が緩んで、慌てて目を拭う。
「じいちゃん……ありがとうございます。拓也さん、本当に優しくて……私、幸せです」
じいさんが大きく頷いて、ポケットから小さな紙袋を取り出す。
「ほれ、これ。干し柿の残りじゃ。お前ら二人で食え。……いや、二人で食うんじゃなくて、二人で分け合って食えよ」
紙袋の中には、丁寧にラップされた干し柿が3つ。じいさんが自分で作ったものより、ちょっと形が整ってる……拓也さんが手伝ったやつだ。
「じいちゃん、これ……」
「孫の恋が実った記念じゃて。……里奈ちゃん、拓也をよろしく頼むぞ。あいつ、昔から照れ屋で素直じゃなかったけど、里奈ちゃんの前じゃ素直になれるんじゃな」
じいさんが私の頭を優しく撫でる。大きな手が、まるで本当のおじいちゃんみたいで、胸がじんわり温かくなる。
「はい……大事にします。拓也さんも、じいちゃんも、私も……みんなで幸せになります」
じいさんが満足そうに頷いて、軽トラに戻る。
「じゃあな!今度、うちに来いよ。お祝いの煮物作って待ってるからな!」
軽トラが坂を下りていく後ろ姿を見送りながら、私は紙袋を抱きしめる。干し柿の甘い匂いが、雪の冷たい空気に混ざって、優しく漂う。家に帰って、拓也さんにLINEを送る。
じいちゃんに会ったよ。干し柿、ありがとう。……じいちゃん、すごく喜んでくれてた 既読
じいちゃん、泣きそうだっただろ?俺もあとで話聞いてくるわ今夜、里奈の家で干し柿食べながら話そう
私は頷いて、返事する。
うん、待ってる 既読
雪が静かに降り積もって、村全体が白く優しく包まれている。じいちゃんの笑顔、拓也さんの温かい手、干し柿の甘さ……
全部が、私の新しい家族みたい。最高じゃん。