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雫石しま
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早朝からタイヤにチェーンを巻いた大型除雪車が国道を走る。
シャンシャンシャン。
それは子供の頃、サンタクロースに憧れていた私は、クリスマスになるとトナカイのひく鈴の音が聞こえたような気がした。シャンシャンシャン、その音で目を覚ました。縁側の窓を開けると、頬を刺すような冷たい風。芯から冷える寒さに震え上がった。慌ててファンヒーターのスイッチを押し、こたつに潜り込む。シャンシャンシャン、心地よい音に睡魔が襲いくる。
こたつの中はぬくぬくと温かくて、布団を被ったまま体を丸めると、昨夜の干し柿の甘い残り香がまだ鼻に残ってる。白山の山頂はもう雪化粧が本格的で、昨日拓也さんと一緒に眺めた時は「今年は積雪早いね」って二人で笑い合ったっけ。
シャンシャンシャン。
除雪車の音が遠ざかって、また近づいてきて、村の道を何往復もしてるみたい。
この音、嫌いじゃない。
むしろ、安心する。
東京のオフィスで聞こえてたのは、終電のブザーとか、上司の怒鳴り声とか、エアコンの低い唸りだけだった。今は違う。
この音は、村が生きてる証拠。誰かが雪を掻き出して、道を通れるようにしてくれてる。
私はこたつから少しだけ顔を出して、スマホを手に取る。YouTubeの通知がピコンと鳴ってた。昨夜アップした「冬の河内村・雪景色と切り干し大根の朝ごはん」動画に、コメントがもう50件近くついてる。
「この音、懐かしい」「里奈さんの声で癒される」「除雪車の鈴みたいで可愛いwww」
みんな、こんな小さな日常を喜んでくれてる。ネットセラピストの予約も、今日の午後に2件入ってる。1件は「雪の季節になると孤独を感じる」って20代女性。もう1件は「仕事のプレッシャーで息苦しい」って30代男性。私はメモ帳に「雪の孤独感」「冬のプレッシャー」って書いて、今日はどんな言葉をかけたら心が軽くなるか、ゆっくり考える。
シャンシャンシャン。
音がまた近づいてきて、家の前で止まった。窓から覗くと、除雪車の運転手さんが手を振ってる。拓也さんだ。白いヘルメットに防寒着、でも目元が笑ってるのがわかる。私は慌ててこたつから這い出て、窓を開ける。
「里奈、起きてたか! 道、全部掻き出してきたぞ」
「拓也さん……! ありがとうございます! 寒いのに……」
「村のみんなが凍えないようにしとかないとな」
拓也さんがヘルメットを外して、雪まみれの髪を軽く振る。
「昼、クリニック来れる? 雪で足腰痛めた患者さんが増えてて、手が足りないんだ」
「もちろんです! すぐ準備します」
「じゃあ、待ってるよ。こたつから出るの、頑張れ」
拓也さんが笑って、除雪車に乗り直す。
シャンシャンシャン。
音が遠ざかっていく。私はこたつに戻って、頰を両手で押さえる。顔が熱い。雪の朝なのに、心はぽかぽか。子供の頃、サンタの鈴の音に憧れてた私。今は、除雪車のチェーン音に、恋の予感を重ねてる。
シャンシャンシャン。
この音が、今年の冬のBGM。
私は慌てて朝の準備を始めた。淡い桜色のリップ、外に出るとチークが要らないくらいに頬が赤く染まる。吐く息は白く、冷えた空気に溶けてゆく。
長靴を履いて外に出たら、一晩でふくらはぎまで雪が積もっていた。右、左と踏み出すが、思うように進まない。ゴボッ、長靴は膝まで埋もれて動けなくなってしまった。なんとか這い出したが、大型除雪車が通った後は、雪の壁が出来ていた。
「もう……これじゃ遭難してるのと同じだよ」
身動きがとれず、途方に暮れていると、山下じいちゃんがスコップを肩に担いで現れた。
「おーい、里奈ちゃん! 大丈夫かー?」
じいちゃんの声が雪の山の向こうから響いて、ほっと胸を撫で下ろす。毛玉だらけの毛糸の帽子、首に巻いた手ぬぐいが雪で白くなってる。
「じいちゃん……! 助けてください、埋まっちゃって……」
「ははは、待ってろよ。今、道作ってやるから」
じいちゃんがスコップを振り上げて、雪の壁をガリガリ削り始める。力強い音が響いて、雪がパラパラ崩れ落ちる。私は雪の上で膝を抱えて待つ。冷たい雪が長靴から染みてきて、足先がジンジンするけど、じいちゃんの姿を見てるだけで温かくなる。
「里奈ちゃん、クリニック行くんだろ? 拓也の奴が『里奈が雪で来れなかったら困る』って心配してたぞ」
「え……拓也さんが?」
「うんうん。あいつ、朝から除雪車で村中回ってたけど、『里奈の家の前は特に厚いから、俺が行く』って言ってたのに、ちょうど他の道で詰まっちゃったみたいだな」
じいちゃんがスコップを一振りして、雪の壁に穴を開ける。
「ほら、こっちから来い! 足場作ったぞ」
私は這うようにして穴をくぐり抜けて、じいちゃんのいる道に出る。雪のトンネルみたいになってて、頭上から雪がぱらぱら落ちてくる。
「ありがとうございます、じいちゃん……本当に助かりました」
「礼なんていらんよ。昔、ばあちゃんが雪で動けなくなった時も、こうやって助け合ったもんだ」
じいちゃんがスコップを肩に戻して、私の腕を取る。
「ほら、掴まってろ。クリニックまで送ってくよ」
二人で雪道を進む。シャンシャンシャン、遠くで除雪車の音がまだ続いてる。拓也さんが村中を回ってくれてるんだ。私のために、わざわざ心配してくれてるんだ。胸がじんわり熱くなって、白い息が少し震える。
クリニックに着くと、拓也さんが玄関で待ってた。防寒着を脱いで、白衣に着替えた姿。鼻先がトナカイみたいで真っ赤、雪が髪に少し残ってて、目が合うとすぐに笑顔になる。
「里奈、無事だったか。じいちゃん、ありがとう」
「俺はただの道案内だ」
じいちゃんが笑ってスコップを振って帰っていく。私は拓也さんの前に立って、少し照れながら言う。
「拓也さん……心配かけてごめんなさい」
「バカ。心配するのは当然だろ」
拓也さんが私の頰に触れて、冷たい指先で雪を払う。
「頰、赤いな。寒かったろ?」
「はい、寒かったです……長靴の中もびしょ濡れです」
拓也さんがくすっと笑う。
「じゃあ、暖めてやるよ。待合室のストーブ、つけておいたから」
手を取られて、クリニックの中へ。雪の匂いとストーブの温かさが混じって、胸がいっぱいになる。雪の朝に埋もれても、誰かがスコップを持って駆けつけてくれる。拓也さんがいる村で、毎日がこんなに温かい。
シャンシャンシャン。
除雪車の音が、今日も優しい鈴みたいに聞こえる。
最高じゃん。