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#大人のロマンス
#イケメン
翌朝
私は昨日よりも一時間早く医局に滑り込んだ。
冬馬先生の「あと三十分早く用意しろ」という言葉を上書きしてやるためだ。
(……見返してやる。あの人に、文句の一つも言わせないくらい完璧に!)
デスクに山積みになっていた症例報告書を整理し
最新の海外論文を彼が読みやすいようにタブレットへ同期させる。
彼が好む、豆から挽いたブラックコーヒーを淹れ終えた、そのとき
自動ドアが開き、冬馬先生が現れた。
「……おはようございます、冬馬先生。本日のスケジュールと資料、コーヒーの準備も整っております」
勝ち誇った気分で告げると、冬馬先生は無言でコーヒーを一口啜り、タブレットに目を落とした。
長い沈黙、心臓の音が聞こえそうになる。
「……五分」
「はい?」
「昨日の資料より、まとめ方が五分短縮されている。フォントサイズも修正したな。誰に聞いた?」
「……先生の過去の閲覧履歴を見て、推測しました」
先生は一瞬だけ目を見開くと、すぐにいつもの冷徹な表情に戻った。
「余計なことを。……だが、効率が上がったのは事実だ。及第点をやろう」
及第点
その一言だけで、昨夜の徹夜の疲れが吹き飛ぶような気がした。
けれど、この人のドSっぷりは、ここからが本番だった。
「海老名。今日から午後のカンファレンスにも同行しろ。俺が発言する内容はすべてログを取れ。一語一句、漏らさずだ」
「えっ、でも午後は事務作業が……」
「俺の専属を名乗るなら、俺が現場で何を求めているかその目で確かめろと言ってるんだ」
抗う術はなく、私はノートパソコンを抱えてカンファレンス室へ向かった。
そこでの冬馬先生は、さらに苛烈だった。
他科のベテラン医師たちが言葉に詰まる中、彼は迷いのない口調で手術方針を提示していく。
「その術式では生存率が三パーセント下がる。リスクを恐れて患者を殺すつもりか?やり直してこい」
容赦ない言葉に、部屋の空気が凍りつく。
けれど、彼が見つめているのは権威でも保身でもなく、ただ一人の『患者の命』だった。
その横顔があまりに綺麗で、私はキーボードを打つ指が止まりそうになる。
(怖い人だと思ってた。でも、この人は誰よりも……)
カンファレンス終了後
廊下を歩いていると、他科の若手医師に声をかけられた。
「海老名さんだっけ?冬馬先生の担当、大変でしょ。今度、愚痴でも聞きながら飲みに行かない?」
人当たりの良さそうな先生からの誘いに、私が答えようとしたそのとき───
背後から冷たい気配が立ち上った。
「──海老名」
名前を呼ばれ、肩が跳ねる。
いつの間に戻ってきたのか、冬馬先生が私の真後ろに立っていた。
その距離は、私の背中に彼の白衣が触れるほど近い。
「……先生!あの、今……」
「三十分後に次のオペだ。俺の傍を離れて、無駄口を叩いている暇があるのか?」
冬馬先生は、若手医師を射殺さんばかりの鋭い眼差しで一瞥すると、私の手首を強引に掴んだ。
「先生、痛いです……っ」
「黙ってついてこい。お前のスケジュールを管理するのは俺だ。……他の男に、安売りするな」
繋がれた手首から、彼の高い体温が伝わってくる。
『専属』。
その言葉が、さっきまでとは違う、もっと濃密で独占的な響きを帯びて私の胸に響いた。