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アルバス様との一件以来、私の周囲の環境はさらに目まぐるしく変化していった。
これまで陰気な地下室で泥水をすするような生活をしていたのが嘘のように、城の誰もが私を「ルナリア様」と呼び、心からの敬意と親愛を込めた笑顔を向けてくれるようになった。
「ルナリア様、こちらのお茶はいかがですか? 帝国特産のハーブを使った、身体が温まるものです」
「ルナリア様のおかげで、城の庭園のお花が一斉に咲き誇りました! 騎士団の皆も、癒やしの光に感謝しております!」
侍女たちに笑顔で囲まれ、私は胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じていた。
必要とされることが、これほど救われるものだなんて知らなかった。
けれど、心の片隅には、まだカイル様たちに植え付けられた小さなトゲが残っている。
(私なんかで、本当にいいのかな……。もしも明日、この力が突然消えてしまったら、私はまた、あの冷たい雨の中に放り出されてしまうのだろうか……)
その日の夜。
私は部屋のバルコニーに出て、夜空に浮かぶ美しい満月を見上げていた。
プラチナブロンドの髪が夜風にふわりと揺れる。髪には、あの日アレン様が贈ってくれた、彼の髪と同じ色をした黒い髪飾りが、今も大切に留められていた。
コンコン、と静かに扉が叩かれたのは、そんな時だった。
「ルナリア、入ってもいいか?」
「あ、アレン様……!?」
驚いて振り返ると、そこには漆黒の寝所着をまとったアレン様が立っていた。
いつもより少しだけ着崩した姿は、大人の色気と、どこか悪戯っぽい優しさに満ちている。
「夜風に当たって冷えたのだろう。あなたは少し、自分を蔑にしすぎる。国聖女になったのだから、もう少し我が物顔で城を歩いても誰も文句は言わんぞ」
アレン様はそう言ってクスクスと笑いながらバルコニーへ歩み寄り、私の隣に並んだ。
彼の大きな身体が隣にあるだけで、冷たい夜風が嘘のように温かくなる。
「アレン様……。私、すごく幸せなんです。でも、幸せすぎて、ときどき怖くなってしまって……」
「怖いが、何がだ?」
アレン様が、切れ長の瞳を穏やかに細めて私を見つめる。
「前の国では、私はいつも『無能』と呼ばれていました。もし、皆さんの期待に応えられなくなったら、また私は……」
そこまで言って俯いた私の言葉を、アレン様の手が優しく遮った。
アレン様の長い指先が、私の頬にそっと触れ、顔を上向かせる。心臓がトクン、と大きく跳ね上がった。
「ルナリア。俺があなたを求めたのは、その『力』だけが理由だと思っているのか?」
「え……?」
「最初は確かに、呪いを解いてくれた奇跡に驚いた。だが、今の俺が守りたいのは、そんな便利な力ではない。……あなたという、一人の不器用で、健気で、あまりにも愛らしい少女そのものだ」
アレン様の視線が、私の髪の黒い髪飾りへと移る。
「あなたが俺の髪の色を選んでくれたあの日から、俺の『夜』は、あなたという月なしでは生きられなくなった。力が消えようが、世界がひっくり返ろうが関係ない。俺はあなたを愛しているし、一生、この腕の中から離すつもりはない」
「アレン様……」
私の目から、大粒の涙がぽろぽろと溢れ出した。
でも、もう寂しさや怖さの涙じゃない。胸の奥が痛いくらいに甘い熱で満たされていく、幸せな涙だ。
カイル様たちにどれだけ傷つけられても、私の心はどこかで「愛されたい」と叫んでいたのかもしれない。その叫びを、目の前にいる世界で一番優しい王が、すべて包み込んでくれた。
「泣かないでくれ、ルナリア。俺はあなたを泣かせるためにここに来たのではない」
アレン様は困ったように眉を下げると、親指で優しく私の涙を拭った。そして、いたずらっぽく微笑む。
「あなた の心を縛るトラウマをすべて消し去るために、一つ提案がある。ルナリア、俺に何か一つ、我儘(わがまま)を言ってくれないか?」
「我儘、ですか……?」
「ああ。どんなに贅沢なことでも、無理難題でも構わない。あなた の口から『これが欲しい』『こうしてほしい』と言ってほしいんだ。それを全て叶えることが、今の俺の生き甲斐なのだから」
アレン様はそう言って、私の手を引き、彼の胸元にきらめく『銀色のブローチ』を触れさせた。私があげた、私の月光の色のブローチ。
私は涙を隠すようにクスリと笑い、少しだけ考えてから、勇気を出してアレン様の漆黒の瞳を見つめ返した。
「……では、一つだけ、本当に贅沢な我儘を言ってもいいですか?」
「言ってみなさい。星が欲しいと言われれば、今すぐ空から落としてこよう」
アレン様の本気すぎる眼差しにドキドキしながら、私は小さな声を絞り出した。
「明日も……その次の日も、ずっと。アレン様のお仕事が終わったら、こうして私と一緒に、たくさんお話しをしてください。アレン様の隣に、私をいさせてください……」
言い終えると、恥ずかしさで顔が爆発しそうになり、私はアレン様の胸元に顔を埋めてしまった。ドレスや宝石をねだるよりも、アレン様の時間を独り占めしたいだなんて、なんて強欲な我儘を言ってしまったのだろう。
一瞬の沈黙。
嫌われてしまったのではないかと不安になった瞬間、頭の上から「……ははっ」と、低くて心底愛おしそうな笑い声が降ってきた。
次の瞬間、アレン様の大きな腕が、私の身体を壊れ物を扱うように、けれど逃がさないという強い意志を込めて、ぎゅっと抱きしめた。
「ルナリア、あなたは本当に……ずるいな。そんな可愛いことを我儘と呼ぶ奴が世界にいるか?」
「あ、アレン様……っ」
「いいだろう。毎日でも、一生でも、俺の隣をそあなたの特等席にしよう。いや、むしろ俺の方から願い出たいくらいだ。あなたの温かさが、俺の孤独な『夜』を全て救ってくれたのだから」
アレン様の胸の鼓動が、私の鼓動と重なってトクトクと速く脈打っている。
その心地よい音を聴きながら、私は確信した。
(私はもう、無能なんかじゃない。アレン様が、この帝国が、私を必要としてくれている。……もう、あの冷たい場所を振り返って怯えるのは、終わりにしよう)
アレン様の腕の中で、私は生まれて初めて、心からの満面の笑顔を咲かせたのだった。
窓の外の満月が、私たちの未来を祝福するように、どこまでも清らかな銀色の光で部屋を満たしていた。
コメント
1件
うわあああアレン様の告白やば……!「力が消えようが関係ない」って言い切るところ、マジで男前すぎるわ。ルナリアが「一緒にいてほしい」って我儘を言うシーン、めっちゃ尊い。ずっと虐げられてた子が「そばにいさせて」って素直に言えるようになった成長が沁みる。月夜の描写も綺麗で、ふたりの関係が一歩進んだ感じがして胸熱だった!次も楽しみにしてる🔥