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《午前6時・東京都内》
スマホの通知音が止まらない。
通勤途中のホームでも、コンビニの店内でも、
人々の視線は同じ画面に吸い寄せられていた。
#JAXA職員特定
#オメガの真実
#地球終了まであと92日
SNSのタイムラインに、見覚えのある顔写真が流れる。
「これ、昨日のニュースに出てた人じゃない?」
「本当にこの人が“隕石の真実”を出したの?」
誰も確かめられない。 だが、誰もが語り始める。
“信じる”ことよりも、“怖がる”ほうが簡単だから。
街の音が、少しずつ小さくなっていった。
《都内・ネットカフェ》
蛍光灯の光がやけに眩しい。
フードを深くかぶった青年――城ヶ崎悠真は、
カップに溶けきらないコーヒーの粉を見つめていた。
「……バズるって、こういうことか。」
画面の向こう側では、自分の名前が世界を飛び交っている。
フォロワー数は100万を超え、コメント欄は罵声と祈りで埋め尽くされていた。
“勇気ある行動だ!”
“お前のせいで世界が混乱してる!”
“神の啓示を広めた救世主”
ニュース番組が無断で彼の写真を映し、
海外の掲示板では「日本のホイッスルブロワー(告発者)」と称賛され、
反対に国内では「無責任な裏切り者」と叩かれていた。
指先が震える。
誰も彼を知らない。だが、誰もが彼を知っている。
「“真実”って、こんなに静かに人を殺すんだな。」
《日本・総理官邸 午前10時》
緊急閣僚会議。
モニターには、城ヶ崎の顔とSNSのトレンドが映し出されていた。
「中園広報官、状況は?」
「SNS上では“日本が隠していた”という見出しが再拡散中。
“政府の沈黙は罪”というタグが世界的にトレンド入りです。」
防衛大臣・佐伯が声を荒げた。
「国家機密を漏らした以上、拘束すべきです!」
「でも今、彼を“罪人”にすれば――」
藤原危機管理監の声が静かに割り込む。
「政府は“悪役”になります。
国民の多くは彼を“真実を語った者”と見ています。」
会議室に漂う、目に見えない“重さ”。
黒川科学顧問が眉をしかめた。
「SNSでは“東京に落ちる”というデマが出回っています。
再生数は1億回を突破しました。もはや科学では止められません。」
鷹岡サクラは静かに言った。
「恐怖って、数字より早く伝染するのね。」
藤原がうなずいた。
「そして、“恐怖”には発信者がいらない。」
《アメリカ・ワシントンD.C./ホワイトハウス》
大統領 ジョナサン・ルース は険しい表情でタブレットを睨んでいた。
「日本の職員が、全世界を混乱させている……。」
補佐官が答える。
「SNSの拡散は止められません。
“#100DaysUntilImpact”のハッシュタグは、24時間で28億リーチです。」
ルースは低く呟いた。
「戦争でも、パンデミックでもない。
これは“情報災害”だ。」
窓の外、朝焼けの空にかすかな星がまだ残っていた。
そのひとつひとつが、今は誰もが“オメガ”に見えていた。
《フランス・パリ》
セーヌ川沿い。
カフェのテレビでは、日本のニュースを同時通訳で流していた。
「Le Japon confirme l’approche d’Omega(日本が接近を認めました)」
通勤途中の人々が、誰もが同じ方向を見て立ち止まる。
「Ça y est, c’est la fin du monde…?(これで終わりなの?)」
「Non, mais… pourquoi maintenant?(まさか今、こんな時に?)」
観光客のいないエッフェル塔の下で、
誰かが祈りを捧げていた。
宗教も国籍も関係なく、 人々はただ、空を見上げるしかなかった。
《テレビワイドショー「モーニングJAPAN」》
司会者(40代女性)が表情を硬くしている。
「SNSで急速に拡散している“直径220m級隕石接近説”。
これ、もし本当に落ちたらどうなってしまうんでしょうか?」
モニターには 巨大な真っ黒い球体のCG が映る。
解説者(宇宙開発ジャーナリスト)が苦笑しつつ答える。
「まず前提として“公式発表ではありません”。
しかし220mという大きさは、東京ドームの“一辺の幅”に相当します。」
出演者が息をのむ。
「そ、それが地球に落ちたら?」
解説者がCGを指差す。
「衝突エネルギーは広島型原爆の数万発分以上。
最悪の場合、半径100~200kmが壊滅。
沿岸に落ちれば“数百メートル級のメガ津波”が起きます。」
別の出演者が口に手を当てる。
「そんな……映画の話じゃないんですか?」
「映画より“現実の方が静かに怖い”。
世界の秩序は……たぶん保てませんね。」
スタジオの空気が一気に暗くなった。
《日本・新聞社社会部》
記者 桐生誠 はニュースデスクに向かいながら言った。
「読まれてるのは“真実”じゃない。“恐怖”だ。」
同僚が皮肉っぽく笑う。
「恐怖はクリックされる。真実はスキップされる。」
「なら俺は、“恐怖の中に理性”を入れる記事を書く。」
彼はキーボードを叩いた。
“真実は炎のように燃える。しかし、人を焦がすのは火ではなく不安だ。”
“――世界は今、目を開けたまま悪夢を見ている。”
《東京都郊外・廃教会》
白いローブの女――天城セラ。
彼女の配信は、もはやニュースと同じ影響力を持っていた。
「見なさい。真実を語った者が、炎に包まれています。
でもそれは、光を見た者の宿命なのです。」
低く響く声。
コメント欄は洪水のように流れる。
〈この人の言葉だけが落ち着く〉
〈祈れば救われる〉
〈オメガは浄化の炎〉
セラは穏やかに笑う。
「恐怖を消すのは科学ではありません。
あなたの心の中の“信仰”です。」
配信終了後、“黎明教団”という言葉がSNSのトレンドに上がった。
《日本・JAXA/ISAS 相模原キャンパス(軌道計算・惑星防衛)》
観測ログのグラフが、モニターいっぱいに並んでいる。
白鳥レイナは、薄く伸びたコーヒーを一口飲んでから、
最新の軌道計算結果に目を走らせた。
部屋の一角。
椅子がひとつ、ぽっかり空いている。
マグカップと、途中で止まったメモ書きだけが残された席。
若い研究員が、ちらりとその席を見てから、小声で言った。
「……城ヶ崎さん、本当に来ないんですね」
別の職員が、声をさらに落とす。
「ニュースでやってましたよ。
“オメガ情報をリークした職員”って。
英雄だって言う人もいれば、裏切り者って叩く人もいて……」
白鳥は手を止めずに答えた。
「ここは法廷じゃないわ。 彼を裁くのは、私たちの役目じゃない」
若手職員
「でも……正直、怖いです。
“プラネタリーディフェンス”の現場から、
ああいうリークが出たって思われるのも……」
白鳥は、モニターの別ウィンドウを開いた。
グラフが一段、細くなっている。
「美星スペースガードセンターからも追観測が入って、
軌道解が一段、締まったの。」
若手
「美星……岡山の?」
「そう。地上からの観測点が増えるほど、
オメガの“通り道”がはっきりしていく。
恐怖も増えるけど、打てる手も増えるの」
白鳥は空いた椅子に目を向けることなく、続けた。
「プラネタリーディフェンスっていうのは、
“地球を守るための宇宙防災”よ。
派手なヒーローごっこじゃなくて、 一個一個のデータを積み上げて、
“いつ・どこに・どれくらいの確率で”落ちるかを詰めていく仕事」
若手
「……城ヶ崎さんも、その一員だったんですよね」
「ええ。」
白鳥の声は淡々としているのに、どこか刺さる。
「彼が何を思ってリークしたのかは分からない。
でも、“真実を広める”っていうのは、
正確な数字があって初めて意味を持つの。
数字が粗い段階でばらまけば、それは“真実”じゃなくて“凶器”よ」
室内のキーボード音が、ほんの一瞬だけ弱まった。
白鳥は画面に戻り、短く指示を出す。
「美星のデータも含めて、もう一回モンテカルロかけ直して。
それと、IAWN向けの更新用サマリーも準備。
“プラネタリーディフェンスの現場”として、
やることは前と変わらないわ」
若手たちは黙ってうなずき、それぞれの席へ散っていく。
空いた一つの椅子だけが、そこに取り残されていた。
——同じ夜、地球の反対側でも“同じ星”が見上げられていた。
《アメリカ・NASA/PDCOオフィス(夜)》
アンナ・ロウエルは、冷めたコーヒーを一気に飲み干した。
デスクの上には、各国のニュースサイトがタブで並んでいる。
先日カリフォルニアのパサデナNASA/JPLからワシントンNASA本部に移ったばかりだ。
『日本政府、オメガ隕石の存在を公式認定』
『SNSでのリークがきっかけか』
ドアをノックする音。
PDCOの担当官が、資料の束を抱えて入ってきた。
担当官
「……見ましたか、日本の件」
アンナ
「ええ。
JAXAの若い職員が、オメガのデータを外に出したってやつね」
「“内部告発ヒーロー”扱いされてますが、
同時に“世界を混乱させた元凶”とも言われている。
……プラネタリーディフェンスの現場としては、どう見ます?」
アンナはモニターのオメガ軌道図から視線を外さずに答えた。
「正直に言うと——最悪のタイミング。
軌道がまだ粗い段階で騒ぎになれば、
“間違った場所”に人の恐怖が集まる」
担当官
「IAWN経由の共有も、これでやりにくく……」
アンナ
「だからといって、情報を抱え込めばいいわけでもない。
プラネタリーディフェンスっていうのは、
“天体”だけじゃなくて“人間”とも戦う仕事よ」
担当官
「人間……ですか」
「恐怖、デマ、陰謀論。
隕石そのものより、そっちで世界が壊れるほうが早いかもしれない。
でも——」
アンナは軽くモニターを叩く。
「私たちの仕事はシンプル。
“どこに、いつ、どのくらいの確率で” ぶつかるか、
それを可能な限り正確に出して、
SMPAGや各国政府が“打つ手”を選べるようにする」
担当官
「……感情じゃなくて、数字ですね」
「感情を無視するわけじゃない。
私だって怖いわよ。
でも、怖がる手を止めたら、その瞬間に“防衛”じゃなくなる」
アンナは一息ついて、画面を切り替えた。
JAXA/ISASの独立計算結果と、美星スペースガードセンターの追観測ログが並ぶ。
「日本のチームは、ちゃんと仕事してる。
リークした一人だけ見て全体を判断するのは、不公平ね」
担当官
「大統領にはどう報告を?」
アンナは短く考えてから言った。
「“オメガは依然として脅威。
だが、世界中のプラネタリーディフェンスチームが連携し始めている”。
——それが今言える、いちばん正直な言葉よ」
窓の外はまだ夜だった。
地球のどこかで、誰かが同じ星を見上げている。
その星が、希望か絶望かは—— これからの彼ら次第だった。
《日本・総理官邸 夜》
鷹岡サクラは静まり返った官邸で、夜の会見に臨んでいた。
「皆さん、冷静に聞いてください。
“オメガ”は確かに地球へ向かっています。
でも、私たちは――まだ、何も諦めていません。」
その言葉は、テレビを通して世界中に届いた。
けれど同時に、SNSでは別の見出しが走っていた。
“政府発表は偽情報。NASAはもっと深刻に見ている。”
“衝突座標がリークされた。日本は隠している。”
テレビが希望を流すたびに、
ネットは恐怖で応える。
夜の街が静まり返る中、 世界は“音のない悲鳴”に包まれていた。
《深夜・東京の屋上》
城ヶ崎が空を見上げた。
どこか遠くで犬が吠える。
空にはまだ何も見えない。
けれど、 胸の奥で、何かが近づいている気がした。
「なぁ、オメガ……
もし本当に落ちるなら、
俺たちは何を守って、何を壊してるんだろうな。」
スマホが震えた。
画面にはただ一言。
“あなたのアカウントは凍結されました。”
彼は笑って、スマホをポケットにしまった。
遠くで、流星が一筋、夜を切り裂いた。
それが“オメガ”の破片かどうか、誰にもわからない。
本作はフィクションであり、実在の団体・施設名は物語上の演出として登場します。実在の団体等が本作を推奨・保証するものではありません。
This is a work of fiction. Names of real organizations and facilities are used for realism only and do not imply endorsement.