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《日本・総理官邸 午前8時》
窓の外は晴れているのに、空の色がどこか重く見えた。
鷹岡サクラは湯気の消えたコーヒーを見つめながら、
自分の指先がわずかに震えていることに気づいた。
——眠れていない。
けれど、立ち止まるわけにはいかない。
「入って。」
秘書官がドアを開けると、閣僚たちが次々と会議室に入ってくる。
緊急閣僚会議。 机の上には新聞の山。
「政府、情報統制か」
「オメガ真実隠蔽説」
藤原危機管理監が、静かな口調で報告を始めた。
「ネット上では“政府は嘘をついている”派と、“信じよう”派で真っ二つです。
都内ではデモが拡大。国会前にも人が集まっています。」
防衛大臣・佐伯が机を叩いた。
「もう限界だ! ネット制限をかけなければ暴動が起きるぞ!」
中園広報官がすぐに反論する。
「統制すれば、“隠してる”って言われます。
今は、何をしても“悪”に見える時期です。」
「そんな理想論で国は守れん!」佐伯が声を上げる。
「現場はもう限界なんだ! 兵士だって、人間だ!」
サクラは二人の間に手を上げた。
「落ち着いて。……どちらの意見も正しいわ。」
沈黙。
サクラは書類の束を見つめたまま、かすかに笑う。
「ねぇ、正しいことばかり言ってるのに、
どうして私たち、こんなに追い詰められてるのかしら。」
中園が目を伏せる。
「総理……怖いですよね。」
サクラは少しだけ目を細めた。
「ええ。怖いわ。
国民のことも、明日も、そして……自分自身の判断も。」
部屋の空気が止まる。
藤原が低い声で言った。
「恐怖を口にできる総理は、強いと思います。」
「強い?」
サクラは小さく笑い、窓の外を見た。
「私が怖いのは、“強く見られること”の方よ。
誰かが平気そうに見えると、人は安心してしまうから。」
通信官が駆け込んできた。
「報告! “黎明教団”が全国で祈りの集会を開始!
SNSで“神の火を迎える準備を”というタグが急上昇中です!」
サクラは深く息を吸い、
「……祈りが始まったか。」
とだけ呟いた。
《日本・JAXA/ISAS 相模原キャンパス 午前10時》
白鳥レイナの観測室。
モニターに映る軌道データが、微妙に揺れていた。
「……また変動? こんなに短時間で?」
部下が不安そうに答える。
「誤差の範囲じゃ説明できません。主任……これ、本当に“来る”んでしょうか?」
白鳥は黙ってキーボードを打つ。
その指が、ほんの少し止まった。
「……怖いわね、正直。
でも怖いからこそ、データを出すのよ。」
「怖くても、ですか?」
「ええ。恐怖は科学者にとって、“逃げたい衝動”をくれる。
でもね、逃げたら“真実”まで消えるの。」
部下は息を呑んだ。
そこへノックの音。
「失礼します、新聞の桐生誠です。」
「また記者? ……でも、どうぞ。」
桐生は名刺を置きながら言った。
「主任、報道は今、“事実を伝える”ことと“煽らないこと”の間で揺れてます。
あなたは、どこまで伝えてほしいですか?」
白鳥は苦笑した。
「記者がそんなこと聞くなんて、珍しいわね。」
「僕も、怖いんです。
“知らないままでいいこと”を、暴こうとしてる気がして。」
「……私たちも同じ。
真実は人を救うかもしれないけど、
その前に“人の心”を壊すことがある。」
桐生は黙ってうなずいた。
「主任、ひとつだけ教えてください。
希望は、まだ……ありますか?」
白鳥はわずかに微笑んだ。
「希望は、あるわ。
でも、信じる人が減っていくスピードの方が速いの。」
《東京都郊外・廃教会》
天城セラが壇上に立ち、マイクを握った。
白いローブの袖が、風に揺れる。
「皆さん、今日も光を見失わないで。
政府は恐怖を広げています。
けれど、恐怖は“神の試練”です。」
群衆のざわめきが広がる。
「政府なんて信じられない!」
「セラ様の言葉で救われた!」
「神よ、我らを導きたまえ!」
セラは微笑んだ。
「私も怖い。ええ、私だって人間です。
でも、恐怖の中で“信じる”と決めた瞬間、
光は私たちの中に宿るのです。」
スマホのライトが一斉に掲げられる。
その光の海が、夜空に反射していた。
《アメリカ・ワシントンD.C./ホワイトハウス》
大統領ルースがモニター越しに鷹岡サクラの会見映像を見ていた。
「彼女は強いな……しかし、強すぎるリーダーは孤独だ。」
側近が答える。
「ですが、彼女が沈黙すれば、世界が崩れます。」
ルースは低く呟いた。
「沈黙もまた、政治だ。
だが今の時代、沈黙は“罪”に聞こえる。」
彼は窓の外を見た。
かすかに残る夜の星。
その一つ一つが、まるで“オメガ”の欠片のように見えた。
《日本・総理官邸 夜》
会議が終わり、サクラは一人で残っていた。
藤原が静かに近づく。
「総理、今日はもうお休みください。」
「眠れると思う?」
「……難しいでしょうね。」
サクラは疲れた笑みを浮かべた。
「みんな、“強く見える総理”を望むの。
でもね、私だって……本当は、怖いのよ。」
藤原は少し黙ってから言った。
「それでも、あなたが怖がってくれるなら、
国民は“自分と同じ場所に立つ総理”を信じられる。」
サクラはふっと息を吐き、
「ありがとう。」とだけ言った。
窓の外、記者たちのフラッシュが夜空に瞬く。
彼女はゆっくりとその光に背を向けた。
「——恐怖を共有できるうちは、まだ希望は死なない。」
《夜・全国放送ニュース「NEWSα」》
アナウンサー
「世界中で“オメガ隕石”に関連する話題が続いています。」
画面は分割され、
ニューヨーク、ロンドン、上海、シドニーの様子が映る。
・スーパーの品切れ
・ATM前に並ぶ行列
・株価暴落の速報帯
・セラのSNS動画が拡散している画面
アナウンサー
「まだ政府は“大きな危険は確認されていない”としていますが、
SNS上では“地球終了まであと90日”というハッシュタグが、
全世界でトレンド1位となっています。」
専門家(コメントVTR)
「不確かな情報が先に走ると、
社会は“恐怖の方程式”で動きます。
現時点で一番危険なのは“デマによるパニック”です。」
情報番組コメンテーター
「政府はもっと分かりやすく説明すべきだと思いますね……」
サクラ首相の顔写真が画面に映り、
テロップが静かに流れる。
《政府は“冷静な行動”を呼びかけています》
《深夜・荒川河川敷》
防水シートの下で、城ヶ崎悠真が空を見上げていた。
「……もう、誰も俺を信じないだろうな。」
風が頬を撫でる。
彼はスマホの電源を切り、
「でも、誰かが“怖い”って言ったとき、
隠さず言える世界だったら……少しはマシだったかもな。」
その瞬間、雲の切れ間を一筋の流星が走った。
まるで彼の言葉に応えるように、
夜空がほんの少しだけ光った。
本作はフィクションであり、実在の団体・施設名は物語上の演出として登場します。実在の団体等が本作を推奨・保証するものではありません。
This is a work of fiction. Names of real organizations and facilities are used for realism only and do not imply endorsement.