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66 - 第66話 ハリボテの家族

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2024年08月01日

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「お母さん、醤油とって」


いつもの食卓。

いつもの風景。

そう、クソみたいな。


凌空は母親から醤油さしを受け取りながら、小さくため息をついた。


「えー、目玉焼き?」

部屋から出てきた紫音が顔も洗わずにダイニングチェアに座る。

「私、卵焼きが好きなのにー」

「あら不満があるなら食べていただかなくて結構よ。私が若い頃なんて20歳を過ぎたら自分でご飯くらい準備してました」

母が済ました顔で答える。

「何十年前の話してんの?」

紫音が笑う。だが母親は笑顔を返さない。


「25年前かな。俺が生まれた頃だろうから」

「お兄ちゃん!!」

顔を洗って支度をしてきた輝馬に紫音が勢いよく立ち上がる。

その振動で凌空の手元が狂い、目玉焼きにかけようとしていた醤油がテーブルにこぼれた。


「何!?いつ帰ってきたの?」

キッチン前では紫音がキンキンと耳に響く声を出している。


(くっそ。あのブス……!)


凌空はこぼれた醤油を睨んだ。


今すぐ空になった醤油さしをその不細工な顔をめがけてぶん投げてやりたい。

醤油をかけそこなった目玉焼きの皿を、その脳みその入っていない頭でたたき割ってやりたい。

凌空がテーブルの上で両手を握ると、

「はい。拭いて」

向かい側に座っていた晴子がティッシュを渡してくれた。


「ありがと」

凌空はそこから素直に数枚引き出すと、こぼれた醤油を拭いた。

「ねえ、今度帰ってくるときはちゃんと事前に教えてよ?私だってお酒飲めるようになったんだから!いくらでも付き合えるんだからね!?」

紫音の奇声はまだ続いている。

「なんなら今度の休みにでも……」

「しーおーん」

ついに母が紫音を睨み上げた。

「あなたはお兄ちゃんにべたべたするんじゃなくて、ちゃんとした彼氏でも探しなさい」

(そーだそーだ)

目玉焼きに醤油の代わりに塩を振りながら凌空は心の中で同調した。

「いい大人なんだから、男の一人や二人知っておかないと、将来ろくな男を選べないわよ!」

(……おっと。そのアドバイスは母親としてアウト)

下唇を噛みながら笑いをこらえる。


晴子が娘である紫音を愛していないことは誰の目から見ても明らかだった。

輝馬も凌空も、そしてきっと健彦も、とうに気づいていた。

紫音以外は。


「へえ。ろくな男ってたとえば……」


輝馬がいるからだろうか。いつになく挑戦的な紫音の言い方に視線を上げた。


「子供がいるのに若い女と浮気するような男とか?」


市川家の食卓が凍り付く。


子供がいるのに若い女と浮気をした健彦の箸が止まり、

妻子いる男に手を出した晴子が黙って麦茶を飲み、

離婚の原因となった輝馬が両親に見えないように紫音を肘でつつく。


最悪だ。


最悪な家族。


凌空は鼻で笑った。


このうちの誰一人として自分の本当の顔を見せていない。

見せかけだけの張りぼての家族。



『ーー俺はさ。お前と家族になりたいんだよね』



それはもう急激に、


それはもう猛烈に、


あの人に会いたいと思った。



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