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「……でも私も似たようなものかも……。実はちゃんとしたことがないというか……痛いとつい抵抗しちゃって、最後までしたことがなかったんだよね」
「じゃあ春香さんの中に入ったのは僕が初めてですか?」
取り乱したように顔を真っ赤にして瑠維の方を向いた春香だったが、瑠維が瞳を輝かせるのを見て何も言えなくなる。
「もう……! なんかいちいち恥ずかしいんだけど!」
「そうですか? 僕は嬉しくてしかたありませんよ。好きな人とお互いに初めてを共有出来たわけですから」
「うん……私も嬉しいかも……」
二人は見つめ合うと、心が満たされたかのように笑みを浮かべた。
「ところで、今日は何時くらいに迎えに行きましょうか」
「えっ、でも……あの人は逮捕されたし、もう大丈夫だよ」
平然を装い、わざと驚いたような声が上げたが、瑠維の目は春香を射抜くように見つめる。まるで心を見透かされるような感覚に、春香は戸惑いを隠せなかった。
「僕が行きたいんです。ダメですか?」
きっとまだ不安に思っていること、瑠維くんにはお見通しなんだーー。
「だ、ダメじゃないよ。でも……仕事は大丈夫? 面倒じゃない?」
「日中にしっかり働くので大丈夫です」
彼の穏やかな表情を見た時に春香は不思議な気分になる。もしかしたら瑠維は春香がうなされて起きたことを知っているのかもしれない。だから一人にしないようにしてくれているのだろうか。
いや、でもあの時は確実に寝ていたはずーーそれに起きていたら、彼のことだから必ず起きて声をかけてくれただろう。
ということは、瑠維は何かを知っているというだろうかーーそう考えた時、ふと彼が作家であることを思い出す。
鮎川は瑠維が人気のミステリー作家だと言っていた。もしかしたらストーカーを題材にした作品を書いたことがあるのかもしれない。それなら納得がいく。
「じゃあ……今日は早番だから、七時頃に来てもらってもいい?」
「えぇ、もちろんです」
二人は食べ終えた食器をキッチンに運び、瑠維が洗い物をしていく。その横で春香はお茶を最後まで飲み干した。
「今日は上司の方に話をするんですか?」
「うん、心配してくれていたから、ちゃんと報告するよ。それに……異動のことも話そうと思って」
「異動……ですか?」
「なんていうか、やっぱりあの職場で働き続けるのは少し怖いかなって思って。ほら、引っ越しもしたいし、それなら新しい場所で心機一転、新しい生活を始めるのもいい気がして」
それは町村が職場に現れた時に考え始めたことだが、あの男が捕まったとしても気持ちが変わることはなかった。
場所には思い出が残る。それは消えることはなく、いつまでも刻み込まれるような気がしていた。
瑠維はメガネをクイっと押し上げながら、じっと春香の言葉に耳を傾ける。それはまた何かを考えているような仕草だった。
「春香さん、ちゃんとお伝えしたいことがあるのですが」
「ん? なぁに?」
白山小梅
12
#借金
1,754
「僕たちはお互いに好きだと確認し合いました。ですから僕と……恋人同士になっていただけませんか?」
春香はキョトンとした顔になる。
「……もうそのつもりだったよ」
「本当ですか? それなら良かった」
どこか安心したように口角を上げた様子の瑠維を見て、春香はキュンと胸がときめく。しかし時間は刻々と過ぎ、春香の家を出る時間になってしまった。
ソファに置いておいたカバンを持つと、慌てて玄関に向かう。
「じゃあ行ってくるね」
「あっ、春香さん。大事なことを忘れていました」
「えっ、何?」
そう言って振り返った瞬間、体を強く抱きしめられて唇を塞がれる。朝とは思えない深いキスをされ、春香は腰が砕けそうになった。
「恋人同士ならばいいですよね?」
「い、いいけど……」
唇を舌で舐め、にこりと笑う彼の笑顔を見たら、反論する言葉は見つからない。
「じゃ、じゃあ今度こそ行ってきます」
「はい、行ってらっしゃい」
あぁ、欲求不満になりそうーー春香は後ろ髪引かれながら、勢いよく部屋を飛び出した。