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白山小梅
12
#借金
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* * * *
早番だった春香は、開店準備を済ませ、いつものように店をオープンさせた。平日ということもあり、午前中は忙し過ぎることもなく穏やかに過ぎていく。
昼休憩の時間になり、同僚に店を任せて更衣室に行くと、思っていた通り午後から出勤予定だった店長に会うことが出来た。
「店長、おはようございます」
「あぁ、佐倉さん! あれから大丈夫だった?」
春香の顔を見るなり、瞳は心配そうに駆け寄ってくる。
「あの……そのことでお話したいことがあるんですがーー」
そう切り出すと、春香は一昨日の夜の出来事や、警察に行って相談したことを、なるべく簡潔に話した。
するとみるみるうちに瞳の顔が青ざめていくのがわかる。
「ちょ、ちょっと! そんなことがあったのなら早く連絡してちょうだい!」
「直接お話した方が良い気がしていて……すみません」
「ううん、そりゃそうよね。佐倉さんだってそれどころじゃなかったわよね! 私こそごめんなさい」
春香は首を横に振る。瞳のその優しさがとても嬉しかった。
「ところで今もその部屋に住んでるのよね? 大丈夫? 辛くない? 早く家探しがしたいなら休んでも大丈夫よ」
「あっ、いえ、友だちの家に泊まらせてもらっているので大丈夫です」
慌ててそう言ったが、瞳には事実がお見通しだったようで、目を細めながら春香をじっと見つめる。
「……まさかだけど、後輩くん?」
「えっ⁈」
「あぁ、やっぱりそうなのね。いや、そうなる気はしていたんだけど」
「そ、そうなる気とは……」
戸惑いを隠せない春香の頬を、瞳は、ニヤニヤしながら指差したのだ。
「そんな大変なことがあった後なのに、やけにお肌はツヤツヤだし、血色がいいのよねぇ」
驚いて両手で頬を押さえた仕草が、瞳への決定打となってしまう。
「そっか、そうなのねぇ。大変だったけど、いいこともあったみたいで良かったわ」
確かにこのストーカーの件がなければ、瑠維とここまで短期間で付き合うことはなかっただろう。そう考えると、偶然や奇跡の大きさに感謝しかなかった。
春香はもう一つ瞳に伝えることがあったため、話を切り出す。
「あの、店長。もう一つお話ししたいことがありまして」
「もしかして異動とか?」
「……はい。ここはすごく好きな場所なのですが、それと同じくらい怖い記憶も残ってしまっていて……」
「そうね。それは仕方ないかもしれないわね。わかったわ。その方向で話をしてみる」
「ありがとうございます。よろしくお願いします」
春香は頭を下げると、急に寂しさが込み上げてくる。
「でもせっかく付き合い始めたのに、異動でも大丈夫なの?」
瞳にそう言われ、春香はキョトンとした顔になる。瑠維と付き合うことになる前から異動について考えていたからか、彼と繋げて考えていなかったのだ。
「そういえばそうですね……」
付き合い始めたのに、いきなり遠距離恋愛になる可能性もあるかもしれない。
ただ春香とは違い、瑠維はそのことに気付いていたはずだ。それなのに彼は何も言わなかったーー何故だろう。
でも異動の話をした時に付き合っていることを確認したり、何かを言いたそうな空気を感じた。彼なりに何かを考えていたのだろうか。
「あら、そこはまだ話し合ってないの? 大事なことだし、付き合い始めなら尚更ね。一度ちゃんと話し合ってみたら?」
「……そうします」
彼は何が言いたかったんだろう……あの時に何を思ったのか、ちゃんと気づいて聞ければ良かったのにーー。
「でも佐倉さんには良い転機かもしれないわね」
「転機……ですか?」
「えぇ。だって佐倉さんってお客様からのメイクの評判がいいし、ライバル会社の商品のチェックも怠らないでしょ? それを踏まえてうちの商品をお客様に提案出来る美容部員って、なかなか貴重だと思うの」
瞳がそこまで自分のことを見てくれていたことに喜びを感じながらも、自分は美容部員以外にやりたい仕事がないのも事実だった。
「ありがとうございます。これからも精一杯頑張ります」
瑠維のことが引っかかりつつも、それが春香の心からの返事だったので、瞳も納得したように頷いた。