死んだように眠っている彼女に何て声をかけたらいいだろうか。
いや、声をかけたところで目を覚ますわけでも、声がかえってくるわけでもない。
ただ虚しく、静かに、悲しいだけだ。
「……リュシオル」
部屋に入れば、まず目に飛び込んできたのはあらゆる書物が積み上げられた山だった。色んな書物や医学書をくまなく調べて、どうにか解毒薬をと動いてくれているのが分かり、優しい気持ちになると同時に、これだけ調べても方法が分からない、解毒薬が見つからない、そんな毒にわたしの親友は苦しめられているのかと思うと辛かった。
リュシオルは真っ白なベッドに寝かされており、死んだように眠っていた。顔色は白く、いきもか細くて。お人形のように寝かされている姿を見て心が痛んだ。
「メイドの状態はどうだ?」
「はっ! 殿下……あまり、芳しくなく」
リースが一人の魔道士らしき白いローブを被った男に聞けば、男は、私をちらりと見た後言いにくそうに、それでもリースの前だからかはっきりと聞える声で、良くない。と口にした。
専門家と同じ魔道士達が言うのだ。本当に良くないのだろう。
「僕がいった方法は試しましたか?」
「ブリリアント卿! はい、試しました。ですが、やはり効果は無いようで……」
「そうですか」
ブライトも、一人の魔道士を捕まえて話をしているようだったが、やはりいい話は一つもなかった。
そんな暗い雰囲気が漂う部屋の中、リュシオルのベッドの横で、彼女の手を握っている一人の人物の姿が目に入った。見慣れたその灰色の髪を見て、何故彼がここにいるのかと不思議に鳴り、つい声をかけてしまった。
「ルーメンさん?」
「聖女様」
私が名前を呼べば、少し遅れて彼は反応しこちらを向いた。
リースの補佐官のルーメンさんが、リュシオルの手を握って、神に祈るように険しい顔をしていたのだ。懇願するような、自分の命を差し出してもいいから、助けてください。と言っているような顔を見て、胸が痛くなったと同時に疑問が浮かんだのだ。
彼とリュシオルは何か接点があっただろうか。
あるとするなら、私の侍女であるリュシオルと、リースの補佐官であるルーメンさんみたいな、どちらも位の高い人に使える側近と言ったところか。だからといって、メイドと皇太子の補佐官では格差がありすぎる。
だから、何故彼がここにいて、どうして彼女の手を握っているのか理解できなかった。
「ルーメンさん、どうしてここに?」
「いえ、私はただ彼女の様子を見に来ただけで……エトワール様の大切な侍女ですし」
と、ルーメンさんは何かを隠すようにいうと俯いてしまった。その瞳は濁って、絶望に染まっており、私よりもリュシオルの状態に傷ついているようだった。
どういう関係なのか、やはり分からない。
「え、えっと……ルーメンさんと、リュシオルってどういう関係なんですか?」
もしかしたら、地雷を踏んでしまったかも知れない。
バッと顔を上げたルーメンさんの顔は少し怖くて、目の縁が赤くなっていた。もしかして、ないていたのかもと思って私は言いたくなければいい。と伝えようとしたが、ルーメンさんは怒りや、やるせなさを抑えながら、着席した。
「……いえ、ただの仕事仲間です。しかし、彼女には本当にお世話になったので、どうしてこんなことになったのかと……」
そう、ルーメンさんは消えるような声で言った。
私は何か言葉をかけてあげるべきかと彼の名前を呼ぼうとしたが、後ろから肩を掴まれそれはかなわなかった。私の肩を掴んだリースは首を横に振っており、これ以上聞いてやるな。とでも言っているようだった。
リースは、ルーメンさんとリュシオルの関係について何か知っているようだったが、私は本人達を目の前に聞ける勇気が無くて、そのまま口を閉じた。聞かない方がいいのかも知れないと。
これ以上、誰かの傷を抉ってしまったらいけない気がして。
このご時世で。
私は、もう一度リュシオルの顔を見た。
いつも白くて綺麗だと思っている肌が、病気的なまでに白くなっていて、これじゃあ綺麗を通り越して恐ろしかった。白に所々青や紫がかっているような気がして、毒に侵されているのだとみればすぐに分かる。
苦しみながらも、彼女は頑張って生きようとしているのだ。だが、それがいつまで続くか分からない。
明日かも知れないし、今日かも知れない。
だって、方法が分からないんじゃ、彼女の身体が勝手に解毒してくれるまで待たないということだから。だって、そんなの殆ど無理だ。人間の身体には限界があるから。
「エトワール、そろそろいいか?」
「う……うん…………」
リースはサッと私の肩を引いた。これ以上ここにいても辛いだろうという彼なりの配慮なのだろうが、私には何か出来ないのかと自分の魔力でどうにか出来ないのかと、彼女に手を伸ばした。
でも、先ほどの暴走のことを思い出し、あの魔力をリュシオルに注いでしまったら。また暴走してしまったら。ここにいる人達はただでは住まない。そう考えると、魔法が怖くて使えなかった。
今更あんな魔力に目覚めたところで何だというのだ。
ろくに使えもしない。それはただの暴力だ。
(今私に出来ること……それは、きっと魔力のコントロールだと思う)
よくある覚醒した主人公が、その力を使いこなすために修業にでるというもの。あれを、私もやるべきなのではないかと思った。この魔力は自分も周りも傷つけるような気がする。光魔法、聖魔法といっても加減を間違えれば凶器である。
それを私は理解しているから、どうにかしたかった。
ただ、感情が高ぶって一瞬だけ覚醒したのかも知れないが、だったらあの力を引き出す訓練が必要なのでは無いかと思った。今後のためにも。
「ルーメンも、ほどほどにして帰るんだぞ。仕事がある」
「……お前は、いいよな」
ぼそりとルーメンさんが何かを呟いたようだったが私にはそれが何か聞えなかった。リースの顔は一瞬険しくなり、ため息をついた後「よくない。今回は運が良かっただけだ」とルーメンさんに返し私を部屋の外へと連れ出した。
ぱたりと、扉をブライトが閉め、私は取り敢えず今後のことを相談とリースの執務室に向かうことにした。彼の執務室に入るのは召喚されて以来か。
(あれから、凄く経ったんだよな……)
昨日のことのように思い出せる。私がエトワールに転生したときのことを。
初めのうちは、楽しくて、それでも嫌われている悪役だって日付を気にして、此の世界にきて何日目。という記録を残していたが、徐々に忙しくなっていき、トワイライトも現われて、すっかり何日此の世界に滞在しているのか分からなくなってしまった。
もういっそ、初めから此の世界の住人だったんじゃないかと錯覚するぐらいには、此の世界に馴染んでいる。
でも、私は私だっていう意識があって、本来のストーリーから外れまくっている。もう修正は効かないだろうし、これからは自分の力で切り拓いていかないといけない。
そんなことを思いつつ、案内された執務室のふかふかのソファに腰掛ける。ここで、初めのうちぎゃーぎゃー騒いでいたっけ。
「それで、今後のことについてだが、エトワール……」
そうリースが言いかけたので、私はハッと意識を戻した。
(そうだ、今後のことについて考えていかないといけないんだ)
ゴールはヘウンデウン教を倒して、混沌を封印若しくは倒すこと。
本来であればそっちに目を向けないといけないのに、私はリュシオルの事で頭がいっぱいになっていた。でも、仕方ないと思っている。
災厄が始まった今、これ以上ヘウンデウン教の好き勝手にはさせられないし、帝国の危機でもある。それなのに、本物の聖女が不在で、偽物だけがいる状況。
そんな偽物でも、こんな時こそ役に立たないといけないのだ。
(まずは、あの魔力をどうにかして……それから、計画を立てて)
旅行に行くような計画ではなく、命のかかった計画。そう考えると、一気に気が滅入るというか、壮大すぎて、頭が追いつかなかった。リースは、淡々と喋るが、彼だからこそできることなのだろう。地頭の良さや、回転はリースの方が良かったから。
「エトワールには、まず、そうだな……」
そうリースが言いかけた時、スッとブライトが手を挙げた。
「殿下、よろしいでしょうか」
「何だ? ブリリアント卿」
ブライトが口を挟むなど珍しいと思っていると、彼は覚悟を決めたように口を開いた。何が彼の口から飛び出すのだろうとドキドキしていれば、彼はそのアメジストの瞳を輝かせていったのだ。
「一つ、エトワール様のメイドを救う方法があります」
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