コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
「それ、欲しい!」
「それって?」
「アンタの持ってるパン! 今日と昨日合わせて、ずーっと探してた推しがデカデカとパッケージの表紙になってるパン!味も良しだし、私に譲ってよ!」
不思議な女に出会った。
高校二年生に上がった頃のことだ。屋上で一人食べようかと思ったが、後々灯華との約束の場所を間違えている事に気がつき引き返そうとしたときそう声をかけられた。一瞬何を言っているのか理解できずに苦しんだが、目の前に現われた彼女はどうやら俺の持っているパンが欲しかったらしい。キラキラと光る目で俺ではなく俺の持ったパンを見ている。
俺は彼女とパンを交互に見、コレが欲しいのかと差し出してやる。すると彼女は貰えるのかと兎が跳ねるように俺に近づいてきたが、俺はサッとそれを彼女の前から下げた。彼女は途端に絶望したような、でも可愛らしく頬を膨らませた。それが本当に小動物みたいで可愛いとほんの一瞬思ってしまったのだ。
「何で!?」
「いや、これは、俺の昼飯だから」
「ううぅ、せっかく見つけたと思ったのに。もしかして、アンタもそのゲーム好きなの?」
「ゲーム? いや、知らないが……ただ、コンビニにあったからかっただけだ」
と、俺が言えば彼女はぐぎぎ……といった感じに奥歯をならしていた。
先ほどからころころと表情が変わると彼女を観察していれば、彼女はやはり俺ではなくパンに夢中なようで、何かを思いついたように口を開いた。今度は何を言い出すのだろうと予想がつかず、楽しいとさえ思った。
そして、彼女の口からでた言葉はあまりにも突拍子も無いものだった。
「分かった、分かった! じゃあ、私の弁当と交換しよ!」
「……たかがパンのために必死すぎるだろ」
「必死になるでしょ! アンタに今必要なのはそのパンじゃなくてもいい、昼ご飯でしょ!? なら、Win-Winじゃない?」
「……」
何がWin-Winなのか理解できなかったが、彼女はこれだという感じに俺に提案してくる。自信満々な自分の提案に酔っているのか、これなら俺が了承するだろうと思っているのか、俺の返答を待っているようだった。
俺は少し考えるふりをして、結局彼女にパンを渡すことにした。
正しくは俺が折れた。
(面白い奴……)
彼女は俺からパンを受け取ると、パッケージに描いてあるキャラクター? か何かを全力で拝んでいるようだった。俺には到底理解できないそれに、首を傾げつつも彼女が満面の笑みを浮べるので、まあどうでもイイかという感じになった。
すると、彼女は思い出したかのように手にさげていた弁当箱を俺に差し出した。俺が暫く受け取らないでいると、口をとがらかす彼女。
「何よ、受け取らないの?」
「……いや、さっきの話本当だったんだと思ってな」
「え、だって物々交換」
「物々交換って古くないか?」
そう言ってやれば、彼女は怒ったように頬を膨らます。
「古くない!」
そういって、彼女は俺の隣を通り過ぎて言ってしまった。あっけにとられて、つい名前を聞くのも、弁当箱をいつ返せばいいかなど彼女に何も聞けなかった。
(変わった女……)
俺はそう思いつつも、彼女からもらった弁当を食べきって、こんなに手作りの弁当は美味しいのかと感動した。灯華に彼女の事を教えてもらい、彼女の名とクラスを知ることができた。
天馬巡。それが彼女の名前だった。学年も同じで、クラスは隣、どうにか接点を持って、取り敢えずはこの弁当箱を返せたらと思っていた。
それからというものの、俺は校内で彼女を探すようになった。勿論、喋りかける勇気も灯華のアドバイスであまり頻繁に喋りかけにいくことも(あれ以来一度も喋れなかったが)せず、ただただ彼女を眺めていた。彼女はどうやら二次元オタクというものらしく、三次元の男には興味がないらしい。俺には理解できないものだったが、趣味に没頭している彼女は愛らしく、その笑顔を眺めているだけで幸せだった。
「にやけてんなあ」
「そうか? 自分では分からないが」
「お前、癖じゃないか? それ。口元、手で覆うの」
と、巡を見つけては頬が緩む俺に灯華はそんなことを言ってきた。確かに俺は無意識に口元を隠していることが多いかもしれない。癖というものは自分では気づかないものなのだと、改めて思った。灯華にその事について度々注意されるようになった。また、目で追うとか観察するとかはストーカーだぞとも言われた。
だが、やめられなかった。自分では抑えているつもりだったし、周りにもバレていないようだったからそれを半年以上続けていた。
けれど、それだけじゃ足りなくなって。彼女をずっと見ていて、彼女のことを知りたい、彼女に近づきたい。彼女が好きだと自覚し始めた。
初めはただの面白い奴という認識だったのに、いつの間にか彼女を探すことが、見ることが幸せになっていた。
これが、恋なのだと。
それから行動は早かった。人生初めての告白。されることはあってもする側になるとまた違うと初めて知った。俺に告白してきた女子達もこんな気持ちだったのかと、やはりもう少しやんわり断ることができていればと後悔もした。
だが、後悔しても過去が消えるわけではない。
俺は部活が押して下校時刻が遅れたある冬の日、自分の教室に向かう途中、別教室から飛び出してきた誰かにぶつかった。
それは俺の大好きな彼女だった。
ぶつかった申し訳なさと、怪我をしていないか心配になったが、この期を逃すことはできないと彼女の手を掴んだ。
「悪い、前を見ていなかった」
そう俺が謝れば、彼女は震えたように俺を見た。怖い顔にでもなっていたのだろうか。自覚はないが、好きな人の手を掴んでいるだけで心臓が痛いぐらいに煩かったのは確かだ。
「もしかして、怪我をしたんじゃ……」
「ごごごごごごっごめんなさいっ!」
挙動不審に謝りながら、彼女は俺の顔をじっと見た後声を上げる。
「あ、あさ、朝霧遥輝」
「俺の名前を知っていてくれたんだな」
自分の名前を知ってくれていたことに喜びを感じつつも、このままでは逃げられそうだと、どうにか彼女の退路を塞ごうとした。意地汚いというか、自分でも必死だったんだと思う。
それから、少しの間会話を挟んだ後、俺は告白の言葉を口にした。
これを逃せば次はないと思ったから。
「俺と付合ってくれ」
「へ?」
何の前触れもなしに言ったからか、彼女はとても驚いていた。理解が追いつかないとでも言うように、口をパクパクと動かして、俺を見る目は信じられないと言わんばかりに見開かれていた。
俺は断られても仕方ないと思いつつも、彼女から目を逸らすことはしなかった。
暫くして、彼女は恐る恐るという感じに口を開いた。俺は、彼女が何を言っても受け止めようと覚悟していた。
だが、意外にも彼女の返事は付合ってもイイだった。
その場で抱きしめたくなる衝動を何とか抑えつつ彼女を見る。ずっと恋い焦がれてきた彼女が自分の恋人になった瞬間。俺が彼女の彼氏になった瞬間だった。
しかし、彼女は校内では彼氏であると言うことをいわないで欲しいや、他にもいくつか条件を出してきた。俺はその条件をのんだ。彼女といられるだけで幸せだと思ったから。
その日彼女は、逃げるように俺の元を去って行った。恥ずかしかったのだろうかと思いつつ、口元を手で覆う。
「……これのことか、灯華の言っていた癖」
俺は無意識に口元を手で覆っていることに気づいたが、頬が引き締まることはその日なかった。
まさか、自分の初恋が実るなど思いもしていなかったから。
「付合うことになったんだ」
「マジか」
次の日だったか、灯華は休日に何のようだといいつつも俺の家に来てくれ、俺は昨日あった出来事について話した。
巡と付合うことになったこと、付き合っている事を内緒にして欲しいと言われたことなど。
灯華は最初は驚いたものの、すぐに納得したような表情を浮かべた。
そして、おめでとうと言ってくれた。
「いやーマジか。お前が」
「何だ、何か言いたいのか?」
「いやぁ、いつまで続くかなあと思って」
と、灯華は縁起でもないことを言う。
それは、俺が彼女に飽きるのか、彼女が俺に別れを告げるのかとかそういうことなのだろう。全く、減らない口をと呆れながらも俺は灯華の頭を撫でてやった。灯華は俺のその行動が予想外だったのか、固まってしまって、面白い顔になっていた。
「天馬さんって難しいと思うなあ」
「別に、嫌そうはしていなかったぞ」
「お前と趣味が合うかって話。お前は合わせるだろうけど、天馬さんがどうかなーって」
などと、灯華はよく分からないことを言う。
確かに趣味が違うのは問題かもしれないが、俺は彼女の趣味を否定しないつもりだった。
そうすれば、彼女とずっと居られると、俺はそう思っていた。
だから、俺と巡の関係が崩れることなど、考えてもいなかったのだ。
それからというものの、俺達は順調に交際を続けていた。毎日ではないが家が近いこともあって彼女に家には度々お邪魔した。彼女は家に上げることは別に何とも思っていない様子で、デートはしてくれないのに、家には上げてくれるという順番が逆のような気がしたが、まあいいかと思っていた。
そんな日々が続き四年目ぐらいだったか。
「……別れよ」
今までに聞いたことないぐらい冷たい彼女の声に俺は固まった。
一番聞きたくないと思っていた言葉、それを言われて目の前が真っ暗になった。
何故、何処で間違えたのか。
俺が破いたチケット、彼女は俺と顔を合わせようとしなかった。
「別れよう! 別れて! もうアンタなんて知らない、最低、最低ッ!」
「なっ、おい待て、いきなり何を言って―――」
「うるさい、黙れ、触るな、近寄るな、話しかけるな、今すぐ私の前から消えて!」
俺は必死になって彼女に弁解しようとしたのだが、彼女は泣きながら俺を罵倒した。
そして、俺を家から追い出して鍵をかけた。一瞬の出来事だった。未だに理解が追いついていない。
「巡……」
その日どうやって家に帰ったかは覚えていない。ただ、巡に言われた言葉だけが頭の中をまわっていた。
確かに俺も悪かったと思う。
灯華の言っていたとおり、趣味の違いというものは、価値観の違いというものは存在し、俺は彼女の地雷を踏んでしまった。地雷というよりかは、彼女の大切なチケットを破ってしまったのだ。それに彼女は激怒した。
少し考えれば分かったはずなのに。
だが、彼女が二次元のキャラクターと俺を比べて、「こんな彼氏がいればイイのに」と俺の目の前で言ったから。
感情的になってしまった。気づいたら彼女のチケットを破っていた。
俺は彼女にとって完璧な恋人ではなかったのかと。
受け入れられない現実。
それでも、付合っていた当時もう少しああすればよかったとか、もう少し近付いていれば手を繫ぎたかったとか、そういう後からあふれ出てきた欲に俺は絶望した。
付合っていた当時は抑えていたはずの欲が、別れてから嘘のようにわき出してくれるのだから。その欲望が留まることはなかった。
また彼女の隣に、恋人に。
彼女の笑顔を見たい。俺だけに見せて欲しいと。
彼女の幸せが俺の幸せだと思っていたが。
俺もまた、彼女に幸せにして欲しかったのだ。好きだといって欲しかった。
愛して欲しかった。
「……俺は、こんな人間だったのか」
それからだったか、彼女のことを理解しようとして始めたゲームの世界に転生とやらをしたのは。
もう二度と巡に会えない絶望感はあったが、灯華がいてくれたからどうにかやってこれた。そうして、運命とも言えるべく彼女もこの世界に転生してきた。
そして、俺の汚い欲望がまた顔を出したのだ。
自分でも抑えられないぐらい、彼女を欲している。
その事実に、俺は愕然としていた。