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「アルベド!」
「じっとしてろ」
挑発は得意分野――いや、挑発が得意分野なんて意味わかんないけれど、明らかに、リースに対する言葉だった。なぜ、この瞬間、アルベドがその言葉を投げたか分からないが、何も覚えていないリースにとって、婚約者なんだから当然だろうと思われても仕方がない言葉。何のダメージも入らない言葉だと思った。
けれど、アルベドが離れるなというように、ぐっと腰を引き寄せるので、私は逃げることなどできずに、行く末を見守るしかなかった。どうせ、効果などない。この間と一緒だろうと思って、リースを見れば、ルビーの瞳が見開かれ、風で寂しく黄金の髪が揺れていた。まるで、大切な人をとられたかのような、そんな表情に、私の胸もドクンと脈打った。
(なんて顔してんの……リース)
鏡があったら、本人に見せたいくらい、私もその顔にドキッとした。嫌な意味で、胸が痛い意味で。
「……アルベド・レイ、貴様…………お前」
「何つー顔してんだよ。皇太子殿下。お前には、婚約者様がいるんだろ?なのに、そんな顔していいのか。これじゃあ、まるで、お前の大切なものを、俺が奪っちまったみてえじゃねえか」
「……っ」
リースは息をのみつつ、ハッとエトワール・ヴィアラッテアの方を見た。彼女の憤怒と嫉妬に塗れた表情を見た後、見なかったことにしようというような勢いでこちらを向く。さすがに、今の顔を忘れられるわけがないだろう。
「何なの!?何がしたいのよ、アンタは!」
と、声を上げたのは、もちろんエトワール・ヴィアラッテアだった。
リースの洗脳が解けかかっていることに気づいたのか、それとも、奪われると思ったのかどっちかは分からないが、彼女は、自分のものだと主張するように、腕を組んだ。さすがのリースも、少し困惑気味に、エトワール・ヴィアラッテアを見つめ、どうしたらいいか分からないような表情をしていた。自分の婚約者の本当の顔を見たようなそんな顔をしていた。
(ていっても、私も元々あの顔だったんだけどね!だから、すっごく嫌なんだけど!)
中に入っている人が違うと、あんなふうに、感情を引き出した顔になるのか、と少し不思議と驚きと、落胆を感じる。
今彼女の身体に戻って、私がやっていけるのだろうかっていう、そういう漠然とした不安。
「貴方様には聞いていないんですが?聖女様」
「……リース、もうやめましょうよ。この人たちが後ろめたいことしていて、話をそらそうとしているのはまるわかりじゃない。この反逆者!」
「……」
確かにそう見えるし、そう思われても仕方がない。だが、彼女の言葉に耳を貸す人はいなかった。すでに、崩落し始めているのだろうか、彼女の足元が。それとも、さすがに、それは暴論だと、根拠もなしに言っている彼女の言葉に耳を傾けていないだけだろうか。
エトワール・ヴィアラッテアは、悔しそうにこぶしを握り、もう片手でぐっとリースの腕をぎゅっと掴む。リースも少し痛そうな顔をして、私たちの方を見る。リースとて、私たちが何をしていたのか、反乱分子であるのなら取り除かなければならないと思っているのだろう。それは、そう、皇太子だから。
しかし、らちが明かないというのもその通りで、リースの優柔不断さが、場の混乱をさらに加速させていた。私たちが何を言っても、言い訳にしかならないのなら、誰かがそれを訂正しなければと……
(何か弁明……じゃなくて、協力を申し出るとか?辺境伯領の話をするとか……ほかに、手は)
アルベドがもたらした混乱、リースの歪み、そして、それに激怒するエトワール・ヴィアラッテア。混沌を極めた、この場を誰が納められるというのだろうか。三人の感情の中心にいるのが私であるから、私が何か言ってもさらに混乱と怒りを生むだけだと思った。
一人焦っていても仕方ないと思いながらも、何か、と思っていると、静まり返っていた騎士たちの中でスッと手を上げる人物がいた。
「――あの」
まら、それも感情のない声で、そして、感情の分からない顔で、じっとガラス玉のような翡翠の瞳が私たちを捉える。何をやっているんだと、少しの呆れと、好奇心のようなものがうかがえる、年下の騎士――グランツ・グロリアスは、この混乱の中唯一手を挙げたのだ。
「グランツ……」
「少し、質問というか、俺にも話を聞かせてほしいことがあるのですが」
と、口にしたが、おい、というように、後ろに控えていた騎士が彼の肩を掴む。彼の立場というのは、聖女であるエトワール・ヴィアラッテアがあって成り立っているものであり、そして、トワイライトが現れたら、彼女につくことになった騎士でもあって。久しぶりにそんな彼が護衛になってから、護衛を外れ、裏切り、戻ってきたまでのことを思い出した。
グランツは空気に溶け込んでいるものだから、すっかり、存在感を失っていた。攻略キャラの癖に、しゃべらないのも原因だと思う。立場もあるのは分かってはいても、その、無関心さが、目立つ。
「何だ、グランツ・グロリアス」
リースは助け船だは思っていないようだったが、グランツの発言には少し興味があるようだった。もしくは、自分のまとまらない感情をまとまらせるための時間稼ぎとして最適と思ったのかもしれない。
グランツがどう思っているかは、ここにいる誰にも分からない。
ただ、そのガラス玉の瞳に映っているのは、私たちだった。
「――では。我々の調査が漏れていたという可能性は、低いと考えていいと思います。アルベド・レイ公爵子息様は、そういった情報にたけているので。何処から、情報を得ているかはわかりませんが、漏れたという可能性は低いと考えていいでしょう」
「ほう……」
「そして、なぜ、聖女でもないステラ様が同行しているのかも、アルベド・レイ公爵子息様が連れ出した、唆したという可能性は低いでしょう」
グランツはそういっていきついだ。
珍しい、と、私は彼の方を見た。ばっちりと目が合ってしまった気がして、目をそらすが、彼はそれについては別に何とも思っていないような顔で、話を続けようとした。
(庇ってくれているってわけじゃない?それとも、庇ってくれている?)
どうなのだろうか、グランツのことはいつもよくわからないから、今回も分からない。ただ、事実を、自分の考えを、これまでの経験を踏まえたうえで言っているのは確かだった。
情報が洩れるなんて恐ろしいこと、まず考えたくもないだろうし。そして、私のことをわかっているような口ぶりだった。好感度はさほど高くないのに、私のことを……
「何故、そう言えるのだ。グランツ・グロリアス」
「……ステラ様のことをでしょうか」
「ああ。そんなにも、仲がいいようには思えないが。貴様も、エトワールにべったりじゃないか」
「護衛ですので」
「……まあ、いい。それで?ステラ嬢について、確信をもってそう言える根拠は何なのだ。肩入れしているわけでもあるまいな?」
「……肩入れというよりかは、俺が、ただ、ステラ様を他の人より知っていると言いますか」
「はあ!?」
耐えきれないというように、絞り出すアルベドの足を私は靴で踏みつけて、グランツが最後まで話しきれるようにと、視線を送る。また、彼のガラス玉の瞳と目があい、今度は、その目をそらさずに、グランツはもう一度言葉を紡いだ。
「彼女は、人が傷つくことを嫌い、人の苦しみに寄り添える人間です。辺境伯領で何があったかは知りませんが、そこで苦しんでいる人がいた。そして、今回も同じように苦しむ人がいるのでは以下と思ってここに来たのではないでしょうか。ステラ様は……とってもお人好しな方なので」