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「それでも構いません」
彼は真剣な表情で続けた。
「ただ知ってほしくて。好きな人が目の前にいるだけで舞い上がっちゃうくらい、僕にとっては大事な人なんです」
胸の奥が痛いくらい締め付けられるような感覚に襲われた。
嬉しいけれど怖い。
踏み込んではいけない領域に足を突っ込んでしまったかもしれないという恐怖と同時に、心のどこかで望んでいた部分も少しずつ顔を覗かせてきた。
私は長い沈黙の後、ようやく言葉を選んで口にした。
「……た、高瀬くん、年下だし…私なんかもう30のオバサンだし…っ」
「年齢なんて関係ありません」
彼は即座に否定した。「見た目もそうですけど…中身が魅力的なんです。仕事してる時の真面目さとか一生懸命さとか……笑顔とか泣きそうな顔とか全部好きです」
「そんなこと言わないで……」
私の中で何かが崩れ落ちる音が聞こえた気がした。
認めたくなかった感情が押し寄せてくる。
もう逃げられないかも知れない——
そんな予感を感じながらも心は確かに揺れていた。
「と、とりあえずご飯作らない?今何か作ってる途中だったでしょ」
逃げるように話題を変えてしまった自分が情けないけど、
今はまだ答えられない。
少なくとも今日は。
高瀬くんは軽く微笑むと、「そうですね」と短く答えた。
そうして、また猛然と調理を再開した。
いつも強気な彼が動揺しているのを見て、私の胸の奥がくすぐったいような、不思議な感覚に包まれる。
「……何か、手伝おうか?」
「ダメです。先輩は座って、俺に甘やかされるのを待っててください」
「甘やかされる、って……」
「今日からここは、先輩の『避難所』兼『ご褒美ルーム』ですから」
出された夕食は、彩り豊かなパスタと温かいスープ。
会社では誰よりも早くデスクに向かい
昼食も片手間に済ませていた私が、こうして誰かの手料理をゆっくりと味わっている。
「……おいしい」
「……よかった。先輩、家だと全然、課長の顔じゃないっすよね。オフのときは会社よりもっと……可愛いです」
「か、可愛いって…あんまり大人をからかうんじゃないわよ…っ」
「俺、本気で思ってますよ。毎日、格好いいな、可愛いな、って。……今の、ウブな顔も」
至近距離で、いたずらっぽく笑う彼の瞳。
逃げ場のないソファの上で、不意に彼の手が私の頬に伸びた。
親指の腹が、食事で少し火照った私の肌を優しくなぞる。
「……凛さん。今はただの部下だと思っててもいいですけど、俺…凛さんのことそのうち絶対に振り向かせてみせますから」
耳元で囁かれた低い声。
シトラスの香りが濃くなり、視界が彼の逞しい胸元で覆われる。
安全なはずの「聖域」は
今、別の意味で私の理性を揺さぶる
甘くて危険な場所に変わろうとしていた。
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おまる