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あー、もう最高でした……!第60話、めちゃくちゃ好きです。 夢の中での天使と魔王とのやり取り、特に「プリンの賞味期限が今日だったから冷蔵庫に送った」っていう理由には笑っちゃいました(笑)あの力を持っててこのズレ感、魔王らしくて可愛いです。 そして阿部くんが「ここでやってみたい」って言ったところ、すごく良かった。逃げるための別世界じゃなくて、ちゃんと現実と向き合おうとしてる。その決意がじんわり伝わってきました。 最後の温泉とおやすみの空気感も優しくて、長い一日の終わりが温かく包まれる感じがして、読んでてほっとしました。 みらさんの丁寧な距離感の描き方、今回も染みました。続きが楽しみです🌷
60
旅館へ向かう車の中。
阿部は、目黒の隣に座っていた。
必要最低限の荷物だけを持ち、九人は何台かの車に分かれて移動している。
外はもう暗い。
窓の向こうを流れていく街の明かりを眺めていた阿部は、疲れてうとうとしていた。
「眠い?」
目黒が聞く。
「ちょっと」
ちょっと、と言ったものの。
今日一日のことを考えれば、当然だった。
夢から帰ってきたと思えば時間が戻っていて。
女優が家へ来て。
警察が来て。
夢の中のノートまで冷蔵庫から出てきた。
身体に傷はない。
それでも、ずっと緊張していた。
目黒が自分の肩を軽く叩く。
「寝ていいよ」
「でも、着いたら」
「起こす」
「……うん」
阿部は素直に目を閉じた。
車の揺れが心地いい。
隣には目黒がいる。
前の席からは、時々メンバーの声も聞こえる。
それを聞いているうちに、意識がゆっくり遠くなった。
次に目を開けると。
車の中ではなかった。
「……あれ?」
真っ白でもない。
夢の中で暮らしていた部屋でもない。
どこなのかよく分からない場所に、小さなテーブルが置かれている。
その前に。
天使と魔王がいた。
二人ともプリンを食べている。
「……何してんの?」
阿部が聞く。
天使がスプーンを口に入れたまま振り返った。
「あ、起きた」
魔王も。
「プリン食べてる」
「それは見れば分かる」
阿部は周囲を見回す。
「俺、旅館行く途中だったんだけど」
「寝たから来れたんだよ」
天使が当然のように言う。
「勝手に呼ばないでよ」
「ちょっとだけだから」
阿部は呆れながら、空いていた椅子へ座った。
すると天使が、少しだけ表情を変える。
「あの女優さん、怖かったね」
阿部は一瞬、黙った。
あの声。
玄関を叩く音。
鞄へ伸びた手。
外から聞こえた、刃物を置けという警察の声。
思い出すだけで、まだ胸がざわつく。
「……怖かった」
今度は迷わず言えた。
#❤️💙
みら

19,807
207
天使は頷いた。
「うん。あれは怖いよ」
魔王もプリンを食べながら。
「刃物持ってたしね」
「軽く言わないで」
「でも今回は刺されなかった」
「それはそうだけど」
阿部はため息をついた。
天使がスプーンを置く。
「早く引っ越した方がいいよ」
阿部が顔を上げる。
「……やっぱり?」
「うん」
天使は珍しく真面目だった。
「あの家、場所知られちゃってるでしょ」
「まあ」
「女優さんが捕まっても、家まで知られてたっていうのは変わらないし」
阿部は少し考える。
ずっと目黒と暮らしてきた家。
好きな場所だ。
今日も。
あそこはまだ自分たちの家だと思えた。
でも。
玄関を見るだけで身体が固まった。
インターホンの音にも、しばらくは怯えると思う。
「めめと相談する」
「そうして」
「勝手に新しい家作ったりしないでね」
魔王が顔を上げる。
「作れるよ?」
「いらない」
「魔王城みたいなの」
「絶対いらない」
天使が笑った。
「ソファは気に入ってたじゃん」
「見た目以外はね」
「じゃあ今度送ろうか?」
「送らなくていい」
阿部は即答した。
現実の家に、あの巨大な魔王ソファが突然届くところを想像する。
絶対に嫌だった。
阿部は二人を見ながら。
ふと思い出した。
「そうだ」
「何?」
魔王がプリンをすくう。
「ノート」
「うん」
「なんで持って来てくれたの?」
魔王は。
あっさり答えた。
「読んだらかわいかったから」
阿部が固まる。
「……読んだ?」
「読んだよ」
「全部?」
「全部」
「勝手に!?」
「だって置いてあったし」
「俺のノートだよ!」
魔王は全く悪びれない。
「最初の方とかかわいかったよ」
「やめて!」
阿部は顔を覆った。
何も分からなかった頃。
自分のことを一つずつ確認して。
目黒が気になるだとか。
みんなといる方が好きだとか。
色々書いた。
それを。
全部読まれたらしい。
「最悪……」
天使が横で笑っている。
「でも持ってきてほしかったでしょ?」
「それはそうだけど」
阿部は顔を上げる。
「ありがたかったけど」
少しだけ間を置いて。
「じゃあさ」
魔王を見る。
「なんで冷蔵庫だったの?」
天使も。
「あ、それ私も気になってた」
魔王はプリンを見た。
それから。
何でもないことのように言う。
「プリンの期限が今日だったから」
沈黙。
阿部が瞬きをする。
「……何?」
「だから」
魔王は空になりかけたプリンの容器を見せる。
「これ、今日までだったの」
「それとノートに何の関係があるの?」
「冷蔵庫開けたから、ついでに」
「ついで!?」
天使が吹き出す。
「ノートを冷やす必要ないじゃん!」
「でも同じ場所に送った方が楽だったし」
「ポストカードまで冷たかったんだけど!」
「あれも一緒」
阿部は頭を抱えた。
夢の中から。
時間まで戻して。
未来を変えて。
ノートを現実へ送れるほどの魔王なのに。
ノートの送り先を決めた理由が。
プリンの賞味期限。
「もっと普通にできなかったの?」
「例えば?」
「テーブルの上とか!」
「あー」
魔王は少し考えて。
「それでもよかったね」
「今気づいたの!?」
天使は完全に笑っている。
「魔王、こういうとこあるから」
「天使も同類だからね」
「私は冷蔵庫には送らないよ」
「次の世界行く?って書いたでしょ」
「楽しかったかなと思って」
「行かないって書いたから」
阿部が言うと。
天使が少しだけ口を尖らせた。
「本当に?」
「本当に」
「魔法の学校とか」
「行かない」
「神様の世界とか」
「行かない」
「コンビニ経営とか」
「なんで急に現実的なの?」
魔王が。
「面白そう」
と頷く。
「二人で勝手に行ってきてよ」
また二人が笑う。
しばらくして。
天使が阿部を見る。
「今の世界がいい?」
阿部は少し考えた。
今日。
怖かった。
これから事件が公になる。
仕事も休む。
家も引っ越すことになるかもしれない。
簡単な世界ではない。
それでも。
「うん」
阿部は頷いた。
「今のでいい」
「そっか」
「今度は逃げたいから別の世界に行くんじゃなくて」
言いながら。
少しだけ笑う。
「ここでやってみたい」
魔王がプリンの最後の一口を食べた。
「じゃあしばらく呼ばなくていい?」
「しばらくじゃなくていいよ」
「寂しいじゃん」
「知らないよ」
天使も空になった容器を重ねる。
「じゃあ、旅館楽しんできてね」
「遊びに行くわけじゃないから」
「でも温泉あるよ」
「なんで知ってるの?」
天使は笑うだけだった。
阿部は嫌な予感がする。
「……来ないよね?」
「何が?」
「旅館」
二人は顔を見合わせた。
阿部が身を乗り出す。
「絶対来ないでよ」
魔王が。
「プリンあったら行くかも」
「来ないで!」
叫んだところで。
急に景色が遠くなる。
天使の笑い声。
魔王の。
「またねー」
という声。
「あべちゃん」
肩を軽く揺らされた。
阿部は目を開ける。
今度こそ。
車の中だった。
隣に目黒がいる。
「着くよ」
「……めめ」
「ん?」
阿部はぼんやりしたまま。
しばらく目黒を見る。
「また天使と魔王いた」
目黒が少し笑う。
「何してたの?」
「プリン食べてた」
「……プリン?」
「期限今日だったんだって」
「何の話?」
「俺も分かんない」
阿部は座り直して。
窓の外を見る。
暗い道の先に。
旅館らしい明かりが見え始めていた。
「あと」
阿部は目黒を見る。
「引っ越した方がいいって言われた」
目黒の表情が少し真面目になる。
阿部は続けた。
「俺も、そう思う」
目黒は少しだけ考えてから。
「後で話そうか」
「うん」
阿部は頷いた。
現実に帰ってきたばかりなのに。
もう。
次の生活を考えている。
それが。
少しだけ嬉しかった。
旅館に着くと、すぐに案内された。
一般の客とは完全に離れた場所で、外からも九人が滞在しているとは分からないようになっているらしい。
マネージャーから簡単な説明を受ける。
使えるのは、二人部屋が三部屋。
三人部屋が一部屋。
それとは別に、九人全員で集まれる広い部屋が一部屋。
そして。
「全部屋に温泉ついてます」
その言葉に、佐久間が少しだけ顔を上げた。
「全部?」
「全部」
「すご」
ただし。
「大浴場は使わないでください」
一気に現実へ戻される。
「他のお客さんと接触する可能性があるので。食事も基本的には部屋へ運んでもらいます」
「分かりました」
岩本が代表して答えた。
その横で。
佐久間が小さな声で、
「大浴場……」
と呟く。
渡辺がすぐに言った。
「今それどころじゃないだろ」
「分かってるけど」
「部屋に温泉あるんだから十分じゃん」
「そうだけどさあ」
そんな会話をしながら。
みんな荷物を持つ。
でも。
さすがに今日は。
ほとんど全員、顔に疲れが出ていた。
夢から戻って。
時間が戻っていることに気づいて。
事務所で話し合って。
女優が来るのを待って。
警察が来て。
事件が公になることまで決まった。
そのまま旅館へ移動している。
一日が長すぎた。
岩本が全員を見回した。
「全部明日にしよ」
誰も反対しない。
「温泉入って寝よう」
深澤が、
「賛成」
と即答する。
岩本はそのまま深澤の手を取った。
「じゃ、おやすみ」
「おやすみー」
二人は迷うことなく、二人部屋の一つへ向かっていく。
阿部はその背中を見送りながら。
少しだけ笑った。
「部屋割り決めなくていいんだ」
「まあね」
目黒の声が隣から聞こえる。
振り向くと。
目黒もかなり疲れた顔をしていた。
きっと。
自分以上に。
今日ずっと張り詰めていた。
阿部は何も言わずに目黒を見る。
すると。
目黒が自然に手を差し出した。
「行こっか」
「うん」
阿部もその手を取る。
「おやすみ」
残っているみんなに声をかけて。
二人も別の二人部屋へ向かった。
残ったのは。
渡辺。
宮舘。
佐久間。
康二。
ラウール。
渡辺は当然のように、残っている二人部屋の扉へ向かう。
その背中を見て。
佐久間がすぐに声を上げた。
「えー!」
渡辺が振り返る。
「何」
「翔太、行っちゃうの?」
「行くけど」
康二まで乗っかる。
「寂しいやん」
「知らないよ」
「五人で三人部屋と二人部屋やろ?」
「だから何」
佐久間がさらに、
「翔太こっち来ようよー」
と言う。
渡辺の眉間に皺が寄る。
「なんでだよ」
「寂しいから」
「意味分かんない」
渡辺は明らかに不機嫌そうな顔をしながら。
扉を開ける。
「もう寝るから」
佐久間が最後に、
「翔太ー!」
と呼ぶ。
渡辺は振り返りもせず。
「うるさい」
と言って。
そのままドアを閉めた。
バタン。
一瞬。
静かになる。
そのあと。
佐久間と康二が同時に笑い出した。
「やっぱ怒った!」
「絶対こうなると思ったわ!」
ラウールが呆れた顔で二人を見る。
「部屋割りなんて考えなくても分かるでしょ」
「何が?」
佐久間が聞く。
ラウールは指を折る。
「岩本くんとふっかさん」
一部屋。
「めめとあべちゃん」
一部屋。
そして。
残った二人部屋の扉を見る。
「翔太くんと館さん」
佐久間が笑う。
「分かってるよ」
「じゃあなんで止めたの」
「翔太の反応面白いでしょ」
「やっぱり遊んでたじゃん」
康二も笑う。
「毎回ちゃんと怒ってくれるもんな」
「翔太くん可哀想」
「ラウも笑ってるじゃん!」
「ちょっとね」
三人で笑っていると。
宮舘が静かに自分の荷物を持った。
「じゃあ、俺も寝るね」
佐久間が振り返る。
「涼太も行くの?」
「うん」
「寂しいよー」
今度は宮舘にも言う。
でも。
宮舘は全く動じない。
「おやすみ」
「反応薄い!」
「翔太みたいに怒ってくれない!」
「じゃあね」
宮舘はそのまま。
渡辺が入った二人部屋へ向かう。
扉を開けると。
中からすぐに渡辺の声がした。
「遅い」
「ごめん」
「早く閉めて。うるさいから」
「はいはい」
宮舘が部屋へ入り。
扉が閉まる。
残された三人はしばらく静かに扉を見つめる。
ラウールが言った。
「やっぱ部屋割り決まってるじゃん」
康二が笑う。
「俺ら三人部屋やな」
「そういうこと」
佐久間が少し考えて。
「……ほんとだ」
「今気づいたの?」
「いや、知ってたけど!」
「絶対今気づいたじゃん」
「違うって!」
三人は。
残った三人部屋へ向かった。
「でもさ」
佐久間が言う。
「三人部屋って一番楽しそうじゃない?」
康二がすぐに頷く。
「修学旅行みたいやな」
ラウールが。
「今日はちゃんと寝ようよ」
と釘を刺す。
「分かってるって!」
「ゲームしよとか言わないでね」
「ちょっとだけなら」
「言ってるじゃん」
康二が笑う。
「温泉入ってから考えよ」
「寝るの」
「ラウ厳しいなあ」
そんな声が。
廊下の奥へ消えていった。
長い一日。
誰も。
もう何かを考える余裕はなかった。
事件のことも。
活動休止のことも。
これからのことも。
全部。
明日でいい。
今夜は。
九人全員がいる。
それだけを確認して。
温かいお湯に入って。
眠る。
夢の中で覚えた。
休むということを。
今度は。
現実でやる夜だった。