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みら

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翌朝。
阿部は、ゆっくり目を開けた。
見慣れない天井。
一瞬。
頭が止まる。
ここ、どこだっけ。
夢?
また別の世界?
そう思った瞬間。
隣から寝返りを打つ気配がした。
見る。
目黒が寝ている。
その顔を見て。
阿部は少しだけ息を吐いた。
「……めめ」
小さく呼ぶ。
目黒はまだ眠っている。
阿部は枕元に置いていたスマホを取った。
日付を見る。
昨日の次の日。
ちゃんと。
一日進んでいる。
時間も戻っていない。
「よかった……」
声に出したところで。
目黒が目を開けた。
「あべちゃん?」
「起こした?」
「んー……大丈夫」
目黒はまだ眠そうなまま、阿部を見る。
「どうしたの?」
「いや」
阿部はスマホを見せる。
「日付進んでるなと思って」
目黒も画面を見る。
それから。
少し笑った。
「進んでるね」
「もう戻らないよね」
「多分」
「多分?」
「魔王のことだから」
「それ言われると怖い」
二人で少し笑う。
それだけで。
胸の奥に残っていた緊張が少し薄れた。
阿部は布団の中で伸びをする。
身体は重い。
でも。
昨日ほどではない。
「寝れた?」
目黒が聞く。
「結構」
「俺も」
「温泉のおかげかな」
「かもね」
阿部は部屋の奥を見る。
昨日は疲れすぎて。
温泉に入って。
少し話して。
そのまま寝た。
何も考えられなかった。
でも。
それでよかった。
朝食は、九人で使える広い部屋に用意されていた。
阿部と目黒が入ると。
すでに何人か来ている。
岩本と深澤。
宮舘と渡辺。
少し遅れて。
佐久間、康二、ラウールの三人も入ってきた。
三人とも。
明らかに眠そうだった。
渡辺が見る。
「寝た?」
ラウールが即答する。
「俺は寝た」
佐久間は目を逸らす。
康二も。
「まあ……」
「ゲームしたでしょ」
渡辺が言う。
佐久間が。
「ちょっとだけ!」
「何時まで?」
「……二時」
「ちょっとじゃないじゃん」
ラウールが溜息をつく。
「だから寝ようって言ったのに」
康二が笑う。
「でも楽しかったやろ?」
「楽しかったけど」
深澤が。
「修学旅行じゃん」
と言って笑った。
阿部も。
そのやり取りを聞きながら笑う。
夢の中でも。
九人で朝を迎えた。
でも。
今は。
ちゃんと現実。
戻る方法を考えなくていい。
魔王を待たなくていい。
天使に質問されることもない。
ただ。
朝ご飯を食べるだけ。
それが。
不思議なくらい嬉しかった。
阿部の前には。
他のみんなより少し量を減らした朝食が置かれていた。
お粥。
焼き魚。
少しの煮物。
果物。
宮舘が阿部を見る。
「どう?」
「食べれそう」
「無理しないでね」
「うん」
渡辺も。
何か言いそうな顔をしている。
阿部が先に見る。
「確認一回までね」
「まだ何も言ってない」
「顔に書いてある」
「食べたら言う」
「それもう確認じゃん」
目黒が横で笑った。
阿部は。
お粥を一口食べる。
昨日より。
少し楽に入る。
焼き魚も。
一口だけ。
煮物も。
食べられそうなものを選ぶ。
全部食べなくていい。
食べられるものだけ。
自分で決める。
夢の中で。
それも覚えた。
「これ美味しい」
阿部が煮物を指す。
宮舘が見る。
「じゃあもう少し食べる?」
「うん」
渡辺が。
「ちゃんと食べてる」
と言う。
阿部は笑った。
「一回目ね」
「そう」
「もう終わりだからね」
「分かってる」
佐久間が。
「何そのルール」
と聞く。
「翔太ルール」
「俺が作ったんじゃない」
「作ってたじゃん」
朝から。
くだらない会話が続く。
食事の途中。
佐久間がふと思い出したように言った。
「そういえばさ」
「何?」
阿部が見る。
「夢で言ってたよね」
「何を?」
「帰ったら、九人で本当の温泉行きたいって」
阿部の手が止まる。
深澤も。
「あ」
と声を出した。
康二が笑う。
「ほんまや」
ラウールも周りを見る。
「もう来てる」
渡辺が。
「理由は最悪だけどね」
と現実的なことを言う。
「それはそう」
阿部も苦笑する。
でも。
ノートに書いた。
確かに。
『帰ったら、九人で本当の温泉にも行きたい。』
そう書いた。
それが。
帰ってきた翌日に叶っている。
「早すぎない?」
阿部が言う。
深澤が笑う。
「展開早いよね」
「しかも大浴場入れないけど」
佐久間がまだ少し不満そうに言う。
「部屋に温泉あるんだからいいじゃん」
渡辺が返す。
阿部は。
夢から持ち帰ったノートを思い出した。
あとで書こう。
そう思う。
『九人で本当の温泉に来た。』
その下に。
『思ってたより早かった。』
きっと。
そう書く。
朝食が終わったあと。
九人はそのまま広い部屋に残った。
誰も。
すぐに何かをしようとはしない。
岩本が畳に座ったまま言う。
「今日は本当に何もしない日にしよ」
深澤がすぐ頷く。
「賛成」
ラウールも。
「寝たい」
佐久間が。
「ゲーム」
渡辺が見る。
「寝ろ」
康二が笑う。
「温泉入ってから昼寝しよ」
宮舘は。
「昼ご飯どうする?」
と言う。
岩本が。
「館さんも休んで」
と返す。
「旅館の人に任せよう」
宮舘は少し迷ったあと。
「分かった」
と頷いた。
それを見て。
阿部は少し笑った。
みんな。
ちゃんと休もうとしている。
夢の中で。
九人全員が覚えたこと。
何もしない。
誰か一人だけが頑張らない。
今度は。
現実でそれをやる。
昼前。
阿部は部屋に戻り。
夢から持ち帰ったノートを開いた。
昨日。
現実で書き足したページ。
『帰ってきた。』
『刺されなかった。』
『九人いる。』
『次の世界には行かない。』
その下に。
新しく書く。
『九人で本当の温泉に来た。』
少し考えて。
『思ってたより早かった。』
そして。
最後に。
『今日は何もしない。』
書いてから。
阿部は少し笑った。
夢の中では。
何もしないことが。
あんなに難しかった。
今は。
少しずつできるようになっている。
その少しあと。
九人で集まっていた部屋に。
マネージャーから連絡が入った。
岩本のスマホ。
全員が自然と見る。
岩本が画面を確認する。
「事務所から」
電話ではなく。
メッセージだった。
正式な発表文。
「来た」
岩本が言う。
空気が少し変わる。
深澤が。
「読む?」
と聞く。
岩本が頷く。
「みんなで見よう」
スマホの画面をテレビへ映す。
そこに。
事務所の発表文が表示された。
内容は。
昨日聞いていた通り。
メンバーへの継続的な付きまとい行為。
自宅への押しかけ。
刃物の所持。
警察への相談と捜査への協力。
安全確保のため。
グループ九人全員の活動を一時休止すること。
そして。
これまで一部で報じられていた目黒と女優の写真についても。
事実ではない。
加工されたものだった。
そう。
はっきり書かれていた。
阿部は。
画面を見つめる。
これで。
世の中に出る。
自分たちのことが。
また。
知らない人たちに話される。
記事になる。
憶測も。
きっと出る。
胸が。
少しだけ苦しくなる。
スマホが震えた。
自分のもの。
画面を見る。
通知。
たくさん。
もう。
発表が出たらしい。
阿部は。
反射的にスマホを開こうとする。
何を言われているか。
見た方がいい。
知らないと。
そう思う。
でも。
指が止まった。
夢の中で。
何度も。
自分が疲れているのに。
それでも。
見ようとした。
考えようとした。
何でも自分で処理しようとした。
阿部は。
スマホを伏せた。
「……今は見ない」
目黒が隣を見る。
「うん」
それだけ。
渡辺も。
「それでいい」
と言う。
誰も。
大丈夫だから見ればいい。
気にしなくていい。
そんなことは言わなかった。
阿部は。
それがありがたかった。
「後で見れる時に見る」
「見たくなかったら見なくてもいいよ」
ラウールが言う。
阿部は頷く。
「うん」
自分で決めていい。
それも。
少しずつ分かってきた。
ニュースは。
すぐにテレビでも流れ始めた。
画面の下に。
活動休止。
という文字。
九人の写真。
事務所のコメント。
それを見た瞬間。
阿部の胸に。
いつもの言葉が浮かぶ。
俺のせいで。
九人の仕事が止まった。
みんなの予定が。
ファンが。
スタッフが。
たくさんの人が。
「……俺のせ」
そこまで言って。
止まった。
自分で。
口を閉じる。
深澤がすぐに気づいた。
「あ」
阿部が見る。
深澤は。
少しだけ笑っている。
「今止めたね」
阿部は。
数秒黙って。
それから。
苦笑した。
「……危なかった」
佐久間が。
「何が?」
と聞く。
渡辺が先に答える。
「俺のせいでって言おうとしたんでしょ」
「うん」
阿部は正直に頷く。
岩本がテレビを消した。
「活動休止は阿部が決めたことじゃない」
「うん」
「事務所が安全のために決めたこと」
「うん」
「それに」
岩本は全員を見る。
「九人で休むって、昨日みんなで納得したでしょ」
深澤も。
「そうそう」
ラウールも。
「俺、普通に休みたいし」
佐久間が笑う。
「俺も!」
渡辺が。
「お前らは休み喜びすぎ」
と言う。
康二も。
「でもまあ、無理して仕事するよりええやん」
宮舘も静かに頷く。
「今は安全の方が大事」
阿部は。
一人ずつ見る。
誰も。
阿部のために仕方なく休んでいる顔をしていない。
自分たちで。
休むと決めている。
「……そっか」
目黒が隣から聞く。
「何?」
「俺」
少し考える。
「また全部自分のせいにしそうになった」
「うん」
「でも途中で気づいた」
深澤が笑う。
「進歩じゃん」
「そうなのかな」
「そうでしょ」
岩本も。
「十分」
と言う。
阿部は。
少しだけ照れたように笑った。
「じゃあ」
深澤を見る。
「褒めて」
「え?」
「進歩なんでしょ?」
深澤が吹き出す。
「めんどくさ!」
佐久間がすぐに。
「俺が褒める!」
と手を挙げる。
「あべちゃん偉い!」
「それはそれで恥ずかしい」
「何で!」
また。
みんなが笑う。
阿部も笑った。
活動休止。
事件の公表。
怖いことは。
まだ続いている。
でも。
その中で。
自分の口から出そうになった言葉を。
自分で止められた。
全部。
自分の責任にしなくていい。
そのことを。
夢の中だけではなく。
現実でも。
少しずつ覚え始めていた。
コメント
2件
ああ、めっちゃ良かった……「今止めたね」のところ、胸がじんわりしました。阿部くんが無意識に「俺のせいで」って言いかけて、自分で止められた。その一瞬の成長が、読んでるこっちにも伝わってきて。それを見逃さずに深澤くんがフォローするのも、佐久間くんが「俺が褒める!」って入ってくるのも、この九人の空気感が本当に愛おしい。現実に戻ってきて、ゆっくり日常を取り戻している感じが、読んでいてすごく温かくなりました。