テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
#恋愛
ばたっちゅ
20,092
#誓い
耀聖(ようせい)
381
第九十六話 探している人
『あの人は、今も君を探している。』
その一文を、少年は何度も読み返した。
「……今も?」
彼女が隣から画面を見る。
「この人、どういう意味なんだろう」
「分からない」
少年はスマートフォンを握りしめた。
でも、胸の奥には一つだけ、
はっきりとした感覚があった。
――あの人は、自分を探している。
事故のあと。
自分が何も覚えていなくても。
約束を忘れてしまっても。
それでも。
「じゃあ……ずっと待ってたってこと?」
彼女の声に、少年は答えられなかった。
『戻る』
『待ってる』
以前から何度も出てきた言葉。
それはただの過去の約束じゃなかった。
今も続いている約束なのかもしれない。
少年は病院のファイルを閉じた。
「もう一度、最初の記録を見たい」
「事故の日の?」
「うん」
二人は事故直後の記録を確認する。
時間。
場所。
搬送された時刻。
そして――
事故の翌日に書かれた一文。
『面会者あり』
少年はその文字を指でなぞった。
「この人だ」
「青いリボンの人?」
「分からない。でも……」
以前見た写真が頭に浮かぶ。
病室の外。
青いリボンをつけた人。
そして箱を持った、もう一人。
「二人とも、来てたのかもしれない」
彼女が首を傾げる。
「でも、どうして名前が残ってないの?」
「それが問題なんだよ」
少年は記録をめくった。
面会者の欄だけが、不自然に空白になっている。
その下に、薄く鉛筆で書かれた跡があった。
『本人の希望により削除』
「……削除?」
彼女も気づく。
「名前を消してほしいって、本人が頼んだの?」
「たぶん」
少年は目を閉じた。
また記憶が浮かぶ。
病室。
誰かが立っている。
『名前は残さないで』
『でも……』
『お願い』
『どうして?』
『あなたが思い出すから』
その言葉に、少年の胸が締めつけられる。
『思い出したら、どうなるの?』
『……また、探しに行くでしょう?』
「……」
少年は目を開けた。
「やっぱり、俺は知ってた」
「何を?」
「その人を思い出したら、俺が探しに行くことを」
だから名前を消した。
写真を残さなかった。
記録にも残させなかった。
忘れることを選んだ。
全部、自分で決めたことだった。
でも。
少年はポケットから銀色のチャームを取り出す。
「それでも、これだけは残した」
彼女がチャームを見る。
「……どうして?」
「分からない」
そう答えた瞬間。
少年の中に、短い記憶が戻った。
病室で、誰かにチャームを握らせている。
『これは……残して』
『でも、忘れるんでしょう?』
『うん』
『じゃあ、どうして?』
少年は、その人に向かって言っていた。
『全部忘れても、これだけは忘れない気がするから』
その言葉に、相手が黙る。
そして、小さく笑った。
『……ずるいね』
そこで記憶が途切れた。
「……」
少年はチャームを握る。
「俺、分かってたんだ」
「何が?」
「全部忘れても……この人との約束だけは残るって」
彼女は少しだけ笑った。
「だから、今も見つけられたんだね」
少年は答えなかった。
そのとき、スマートフォンが震えた。
また知らない番号。
今度は写真が一枚だけ送られてきた。
二人は画面を覗き込む。
そこに写っていたのは――
事故から数か月後の駅。
古いベンチ。
誰もいない。
ただ、ベンチの端に小さな紙袋が置かれている。
写真の日付を見る。
少年が息を呑んだ。
「……事故のあとだ」
「何か入ってるのかな」
写真には、紙袋の中身までは写っていない。
その代わり、裏側に文字があった。
『あの人は、何度もここへ来た。』
少年は黙って写真を見つめる。
さらに、その下。
『君が戻ると約束した場所で。』
少年の指が震えた。
「……待ってたんだ」
事故のあとも。
自分が記憶を失ったあとも。
その人は、約束した場所に来ていた。
そして、今も――
探している。
「行こう」
少年が立ち上がる。
「駅?」
「うん」
彼女も立ち上がった。
けれど、病院を出る直前。
少年は一度だけ振り返った。
事故のあと、自分が忘れることを選んだ場所。
ここには、まだ知らない記録が残っている。
そして、その記録の中には――
自分が忘れた人の「名前」も、
どこかに残っているかもしれない。
少年はそう思いながら、病院をあとにした。
二人が向かう駅では、
すでに誰かが待っていることを知らずに。
コメント
1件
うおおおおお〜〜〜!!!😭💕✨ 第96話もエモすぎて泣いた……!! 「あの人は、今も君を探している。」この一文からもう心臓掴まれたよ…!自分で名前を消したって衝撃すぎるし、「全部忘れてもこれだけは忘れない気がする」ってチャーム残したの、ずるいよな?? それだけは覚えてたかったんだね…切なすぎる。 最後の駅の写真、そして「君が戻ると約束した場所で」の一文で完全にやられた……待ってる人がいるって尊いよ😭💕 行こうって立ち上がった少年の背中、推せる…!!次が気になりすぎる!!