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会社に入って三か月。
正直に言って、僕はこの職場で浮いていた。
コピーは間違えるし、資料の数字はズレるし、電話対応では噛む。
「またか」「ちゃんと確認して」
そんな小さなため息や冷たい視線が、毎日胸に刺さっていた。
そんな中で――
たった一人、違った人がいた。
こったろ先輩だった。
営業部の先輩で、誰にでも頼られていて、仕事ができて、いつも落ち着いている。
困っている人がいれば自然に声をかけて、ミスをした人を責めることはない。
背が高くて、スーツが似合って、笑うと少しだけ目尻が下がる。
「大丈夫? ここ、一緒に確認しよっか」
ミスをした僕の隣に、当たり前みたいに座ってくれた人。
その優しさが、痛いくらい胸に残った。
ある日、また大きなミスをしてしまった。
取引先へのメールを、別の会社に送ってしまったのだ。
周りの空気が一気に冷たくなる。
課長の声も、同僚の視線も、全部怖かった。
「……すみません」
声が震えて、下を向いた僕の前に、先輩が立った。
「俺が一緒に謝ります。新人の確認不足です、すみません」
自分のせいじゃないのに。
僕をかばって、頭を下げてくれた。
その後、誰もいない給湯室で、僕は堪えきれずに泣いてしまった。
「……ごめんなさい、僕、役に立たなくて……」
先輩は黙って、少しだけ距離を詰めてきて、
そっと僕の頭に手を置いた。
「役に立たない人なんて、ここにはいないよ」
低くて、落ち着いた声。
「こえ君は一生懸命だし、ちゃんと成長してる。
それを見てない人が多いだけ」
その言葉で、胸の奥が熱くなった。
――この人の前では、弱くてもいいんだと思った。
それから、先輩と過ごす時間が増えた。
残業を手伝ってもらったり、昼休みに一緒にご飯を食べたり。
気づけば、視線はいつも先輩を追っていた。
でも、僕はただの後輩。
優しいのは、誰にでもだ。
そう思うたび、胸が少し苦しくなる。
ある雨の日、二人で残業をしていた。
オフィスには僕たちだけ。
静かな空間で、キーボードの音と雨音だけが響く。
「今日はここまでにしようか」
先輩がそう言って、パソコンを閉じた。
帰り支度をしていると、先輩が少し真剣な顔で言った。
「……少し、話してもいい?」
僕はうなずいた。
「こえ君のこと、後輩として見てない」
心臓が跳ねた。
「ずっと気になってた。
守りたいと思ったし、こえ君が笑うと嬉しくて、泣くと胸が痛かった」
息が、うまくできない。
「付き合ってほしい」
静かな声。
でも、まっすぐだった。
「……僕で、いいんですか?」
嫌われてる僕で。
ミスばかりの僕で。
先輩は少し笑って、僕の頬に手を伸ばした。
「こえ君がいい」
その瞬間、涙が溢れた。
「……はい」
それだけで、精一杯だった。
付き合い始めてから、先輩は変わらなかった。
優しくて、頼りがいがあって、でも二人きりのときは少し甘い。
その夜、先輩の家に行った。
緊張で手が震える僕を、先輩は抱き寄せてくれた。
「大丈夫。ゆっくりでいい」
キスは、想像よりずっと優しくて、
触れられるたびに、安心していく自分がいた。
先輩の腕の中で、僕は初めて、
「嫌われていない自分」を実感した。
詳しいことは、言葉にしなくてもいい。
ただ、あたたかくて、幸せで、胸がいっぱいだった。
翌朝、先輩の隣で目を覚ました。
「おはよう」
そう言って、頭を撫でられる。
会社ではまだ不器用な僕だけど、
この人の隣なら、頑張れる気がした。
先輩の背中は、
もう遠くなんかない。
僕の居場所は、ここにあった。
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