「いやどれだけ甘い物与えてたの……」
ラスィーテから帰ってきたミューゼ達は、夜にやってきたクリムと、結局最後まで手伝っていたネフテリア達を家に招く事になった。
そこまで大きくない家だというのに、最近は身分出身問わず来客が多い。
「だって、みんなで甘やかしてたらつい……」
「だからって甘い物ばっかりひたすら食べさせてたら、こんなになって当たり前でしょ」
アリエッタは現在、青い顔をしてネフテリアの膝枕で寝転がっている。甘い物と冷たい物を食べ過ぎたのが原因である。温い飲み物が置かれているが、それを口にする元気すら無い様子。
「う~……」(しばらくは甘い物は見たくないかも……まだ気持ち悪い……)
「アリエッタちゃんはわたくしが見てるから、ミューゼはそこの2人をベランダに連れてってあげてくれる?」
そこの2人とは、パルミラとラッチの事である。
突然家にやってきた事には驚いたが、護衛かと思っていたので、用事がある事にも驚いた。
「え? いいですけど、どうしてですか?」
「……ごめん、植物使ってパルミラの心を癒してあげて。ちゃんとお礼というかお詫びはするから」
「はぁ……」
目を逸らしながら言うネフテリアの頼みを聞き、3人でベランダへと向かっていった。
そして残ったネフテリアは、体勢を変えてソファに寝転がった。
「さて、わたくしはアリエッタちゃんと一緒に寝るとしますか」
チラリと部屋の隅を見ると、そこには悔しそうな顔をした首が3つ仲良く並んでいる。
「ぐっ……」
「羨ましいん……」
「わたしの新しい娘に何するの~」
ストレヴェリー一家の3人である。オスルェンシスの影に体を拘束され、床から頭だけを出して、晒し首にされているのだ。
いくらシーカーとはいえ、食器も食材も持たないラスィーテ人は一般人と変わらない。護衛を任される程の実力者であるオスルェンシスの拘束からは、絶対に逃れられない。
そんな3人の様子を見て、ネフテリアは閃いた。
「3人とも、アリエッタちゃんを寝かせるから静かにね。声出して驚かせちゃダメよ」
そう言い放ち、傍にいたクリムに目配せをした。そしてボソボソと指示を出す。
そして2人でアリエッタの頬にキスをした。
『!!』
驚愕で生首3つの目が同時に大きく開く。
そこに追い打ちをかけるように、ネフテリアとクリムが顔を向け、ニタリと笑った。
ギリィッ
流石母娘というべきか、3人は無言のまま顔を同じように歪ませるのだった。
リビングである種の拷問が始められた頃、ベランダにやってきたミューゼ達はというと、
「ほう……ここが神の楽園。神々しい草木が美しく飾られているリムな」
「いやただの家庭菜園だから。それにごちゃってるし」
広い窓と天窓で日当たりのいい中に置かれたティーテーブルセット。小さなパーティ程度なら可能なベランダは、ミューゼの自慢の部屋なのだ。
森のアリエッタの家から持ってきた野菜も育てている。
(そういえばあの種、どうなったかな?)
ふと思い出したミューゼは、ベランダの片隅へと目を向けた。
「……えっ」
思わぬ光景に、固まってしまう。
「どうしたの? おや、変わった果物?ですね?」
植物の知識がほとんど無いパルミラにも、それが変わっていると分かるようだ。
「えっと、うん。つい最近、種を植えたんだけど……」
2人の視線の先には、渦巻状の幹を持つ小さな木が生えていた。上部には赤・橙・黄・緑・青・藍・紫という7種類の葉が生い茂り、所々に小さなハート型の実が成っている。そして頂上には大きな星型の実が鎮座している。
「ナニコレ」
「フェリスクベル様が育てたんじゃないリムか?」
「育てたけど、アリエッタがどこからか持ってきた種だったの」
「アリエッタちゃんが?」
ミューゼですら知らない植物は、アリエッタによってもたらされた謎の種が成長したものだった。
「それが数日でこんなに……」
「木とは、この様に刹那とも言える時の流れで、成長を見せるリムか?」
「ううん。聞いた話だと、何十日もかかるらしいよ?」
「そんなに!?」
パルミラが知っているのは、花や野菜等の栽培期間。しかし目の前にあるのは、明らかに樹木である。人と同じ程度の太さと高さまで育つには、普通であれば数年かかる。それこそ魔法を使わない限りは。
ミューゼは育てる事を目的とする場合、直接植物を操作する魔法は使わない。あくまで自然の成長に任せるのである。そして今回も、ただ種を植えて水をやっただけなのだ。
「この実、もしかして食べれるのかな?」
ミューゼ達は知らない。アリエッタが持ってきた種は、本当はその場で作られた物だという事を。
作ったのは、もちろんアリエッタの母…実りと彩りを司る女神エルツァーレマイア。野菜や果実を創造するのは得意なのだ。
カラフルな葉と可愛い形の果実は、アリエッタの為だけに創った特製品。数十日かけてそんな植物を設計し、創り上げた。精神世界でその木についてアリエッタに教えた時は、「え、何この天然クリスマスツリー」と呆れられたという。
「アリエッタは知ってるかな? その前にパフィ達に聞いてみた方がいいか」
「うーん、これ石じゃないよね」
「そうね、食べられないわ」
(そりゃアンタらはね……)
クリエルテス人は基本的に無機物しか食べられないので、木の実は摂取対象外である。だからと言って、食べたら死ぬわけではない。
「ねぇ、もしあたし達と同じのを食べたら、クリエルテス人はどうなるの?」
「少しなら平気だけど、食べ過ぎるとお腹が痛くなっちゃうの」
「へ~……え? それだけ?」
「うん。まぁ無茶な量だと命に関わるけど」
石を食べると酷い事になるミューゼ達と、体質が真逆なだけである。
「石に草がついてた時とか、吐き出したり?」
「ううん、ちょっとした味付けになるからそのままたべるよ」
「味……」
まるで自分達の使う塩のような扱いに、とりあえずそんなものかと納得するしかなかった。
ひとまず、アリエッタの種から育った木については後回しにし、本来の目的に戻る事にしたミューゼ。パルミラには一旦自由にしてもらい、ラッチにこっそり事情を聞いてみた。
「実はディランおう──」
「あの変態王子のせいかぁ……」
「え…はい」
話始めた瞬間に、ミューゼは全てを理解してしまった。王子に対する嫌悪感は尋常ではない様子。
「まったく、王族って碌でも無い人しかいないのかしら」
良く思われていないのは、王子だけではなかったようだ。完全に嫌われているのは王子だけだが。
そういう事なら仕方がないと、ミューゼはパルミラが喜びそうな事をラッチに聞いた。ラッチがしてほしい『植物を使った贅沢』をすれば、パルミラも同じように喜ぶだろう。
「なーるほどね。それだったら……」
「ところでフェリスクベル様。あっちに見えるのは何ですか?」
「いやだから、あたしそんな偉くないから。……あーあれね」
希望を聞いたところで、ラッチがこの場所に来てから気になっていた事を質問した。それは家の裏にあるヴィーアンドクリームとフラウリージェの建設予定地だった。ベランダからはよく見えるのだ。
今は魔法で地面を安定させ、建物の外壁を作っているところで、本日の作業が終了している。
特に隠すような事でもないので、ミューゼはネフテリアによって強引に進められた事も含め、全て説明した。
「成る程。我らが神を崇拝する為のフェリスクベル神殿を……。ならば我が最強の守護者として──」
「そんな話してないから。勝手に変なモノ作らないでくれる?」
ラッチの中で、話の内容が都合の良いように変換されてしまっていた。しかも居座る気満々である。
「お任せください。我がいかなる人物であろうとも、絶対に入れぬよう、神殿を守り抜いてみせるリムよ」
「お願いだからやめて? お店なんだから、人が入れないと困るからね?」
ラッチの目は本気だった。しかし、元々そんなものを建てる予定は無いので、ツッコミを入れた後は一旦黙らせ、要望通りにパルミラを癒す作業をする事にした。
「それじゃ、やりますか」
ミューゼが杖を構えた。そしてパルミラとラッチが驚愕する。
「ミューゼ。パルミラの様子はどう?」
暫くして、ネフテリアがベランダへとやってきた。ストレヴェリー一家を弄んでいたが、休憩がてら様子を見に来たのだ。
「あぁ…はぁ…ああぁぁ……」
「らめぇ……こんなの知っちゃったらぁ…もう戻れないぃぃ……」
「…………へ?」
その光景を見たネフテリアが、思わず硬直した。赤い母娘2人が、恍惚とした甘い声を出しながら、完全に蕩けていたのだ。
「な、な、なに? ミューゼ? なんかやらしい事シてない?」
「してませんっ! ベッド作って寝かせただけですっ!」
パルミラとラッチは、ミューゼが植物魔法で作ったベッドの中で、幸せを心の底から堪能していた。
木と蔓と蔦で豪華な天蓋付きベッドを形作り、やわらかい葉を重ねてふわふわな布団にし、2人を優しく包み込んでいる。仕上げに周囲に草花を伸ばし、場を美しく飾り付けてある。
それはクリエルテス人にとって、楽園そのものと言って良い空間となった。クリエルテス人でなくとも、かなり贅沢に思える代物である。
「うわー、癒すどころか溶けてない?」
「まさかここまで喜ばれるとは思わなくて」(今度アリエッタにも作ってあげよっと)
ちなみにこのベッド、魔法で成長変形させた普通の植物なので、数日で萎え始める。ミューゼにしか作れない魔法のベッドなのだ。
「こうなったら仕方ないわね。ミューゼ、悪いんだけど、今夜はここに泊めてくれない? この2人はこのままで良いし、わたくしはミューゼと同じ布団で問題ないから」
「トイレ貸すんで、そこで寝ててください」
「すみません床で構いませんので、せめてお部屋までは何卒!」
「帰れっ!」
もう夜という事もあり、泊める事は問題無い。しかし身の危険を感じて、ミューゼはネフテリアと一緒に寝る事を拒否し続ける。
しかし、ネフテリアは諦めない。今回はミューゼを説得する為の切り札もあるのだ。
「クックック。こうなったら仕方ない。出来れば使いたくなかったけど、今回ばかりは命令とさせてもらうわよ。これは罰よ」
「罰?」
「アリエッタちゃんを甘いもの漬けにして苦しめた件よ」
「なっ! それはっ」
説得ではなく脅迫とも言う。ミューゼは悔しそうに顔を歪ませ、ネフテリアを睨み付けた。せめてアリエッタに何かされないように気を付けなければ……と考えを巡らせていると、
「それと、今日はクリムにアリエッタちゃん預けるから。これ以上甘いもの与えるわけにはいかないもの」
「いやあああああああああ!!」
今夜は部屋で2人きりで過ごす事が決定してしまった。ミューゼの運命やいかに!?
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